ハナの記録⑦ ロナさんと隣の作業場
今日は、作業の開始時間になっても弾薬が流れてこなかった…。
コンベアが動く気配すらない。
みんなで顔を見合わせ、首を傾げる——
前にも、こういうことはあった。
その時は、すぐにミミ先輩がお知らせに来てくれたのだが…
今日は天使…いや、鳥のミミ先輩はやってくるだろうか?
ちょっと期待をしながら、背伸びをして隣の作業場を覗く…
すると、予想通りミミ先輩がフヨフヨと浮かびながらやってきた。
「ピーピー、ピポピ!」
相変わらず、鳥のような音を発している。
ツルツルした白い三角錐のボディを眺めながら、昨日のロナさんの発言を思い出す…
よかった、まだミミ先輩にウィッグは着けられていないようだ。
ほっと安堵のため息をつき、ロナさんを見る——
するとその手には、作成したであろうゴム製のウィッグが握られていた。
なんてこった。本当に被せようとしていたとは…。
私はさりげなくロナさんとミミ先輩の間に身体を移動させ、ガードの体制に入った。
……
そういえば、ククちゃんが来てからは初めてのミミ先輩の登場だ。
どうして急にそう思ったかというと、ククちゃんがミミ先輩の真下で両手を広げていたからである。
高度が下がったら受け止めようとしているのだろうか…?
まぁ、いきなりミミ先輩を鷲掴みにするとかじゃないだけ、まだマシな方だろう。
「ピーピー、ピポピ!ピポピ!」
ミミ先輩は言葉を話せない。
代わりに、お知らせ事項に合わせて色んな音を出してくれるのだが…
今日の音は初めて聞くものだった。
どういうお知らせなのか、他のみんなにも分からないらしい。
ロナさんはブツブツ言いながらミミ先輩が伝えたいことを感じ取ろうとしているが、あまり期待はできない。
どうするべきかと思案していると、ロコ先輩が提案してくれた——
「みんなで隣の作業場、見に行ってみましょうか」
さすが、野次馬先輩である。
しかしそれ以外に解決策が浮かばないのも事実だ。
ミミ先輩は意図を察すると、みんなを案内するようにフヨフヨと動き始めた——
……
隣の作業場というのは、私が元々いた場所でもある。
70番台と80番台のほとんどは隣の作業場だ。
ちなみに、"ほとんど"というのは私とハロがもういないからだ。
扉を開け、何年も足を踏み入れていなかった空間に入る——
なんだか懐かしいような、そうでもないような…
私はこの場所で、今の作業場の3倍以上の時間を過ごしたはずなのに…
なぜか、ここ数年の方が長いように感じた。
記憶は、過去になるほど短くなっていくのだろうか…?
……
中の様子を見ると、なぜか誰も持ち場に着いていなかった。
どうやら、総出で何かを探しているようだ…
奥の方では、主任が何やら指示を飛ばして対応している。
私達がやってきたのを発見すると、同室のハハが手を振って駆け寄ってきた。
なにごとかと聞くと、特に意味のない身ぶり手ぶりを交えながら状況を話してくれた。
それによると、コンベアのベルトが古くなったから交換する予定だったらしい——
しかし、今朝見ると交換用の新しいベルトが無くなっていたそうだ。
コンベア…ベルト……
私の脳内で、昨日の記憶が走馬灯のように流れる——
誰かが、ベルトを割いていたような…
"上手くできたらミミ先輩にも着けるんだ〜♪"
みんなも同じ光景を思い出していたのか、ほぼ同じタイミングでロナさんに視線を向ける——
その手には、まだゴム製のウィッグが握られていた。
ゴムの輝きようからして、どうみても古いものだとは思えない…。
「ロナさん……」
「や、やだなぁ~そんな見つめないでよ……内緒にして!お願い!!」
しかし、そんな私達の視線の動きを主任が見逃すわけもなく…
何かを察して、無言で向かってきた——
ロナさんは、観念して数秒目を閉じる。
そして息を吐くと、近くにいた私にゴム製のウィッグを手渡してきた。
そんな、想いを託す感じで渡されても困る…
そう思ったが、既にロナさんは首根っこを掴まれていた。
さすが主任だ…もう全容を把握したらしい。
ロナさんは私を見て、「任せた…!」という表情のまま連れていかれた——。
託されたゴム製のウィッグを見つめる…
限界まで細く割かれたそれは、ロナさんの努力の跡が窺える。
ロナさん…ミミ先輩の為に頑張ったんだね…。
私は共用スペースに行くと、
ゴミ箱の上でそっとウィッグを手放した。




