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終末工場日記  作者: 黒猫の凜


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37/42

ハナの記録㉞ 私が生きる理由

上下の感覚もない暗闇を、意識が漂っているような感覚………



ゆっくりと、ゆっくりと落ちていく———



たまに脳内に、理解不能なノイズが走っては、跡形もなく消えていく——



それがなんなのか考えようとしても、思考が霧散していく——



底まで落ちたらどうなるのかな……?



底は、あるのかな……?





———やがて、意識が何かに掬い上げられたように感じた。


なんだか、とても安心する………



少し、眠ろうかな……………








………








———目を開けると、白い光が飛び込んできた。


眩しくて、思わず開けたばかりの目を細める。



ここは、どこだろうか……?

いつもより抵抗を感じるけど、なんとか首を左右に振ることはできそうだ。

もう眩しくならないように、慎重に辺りを確認する——



白い部屋に、白いベッド……

周りにはいくつかの機械が配置されていた。


前に見た夢の中の光景と重なる——

あの夢では、主任と“呼び名”について話してたんだっけ……





「………………」





……意識を失う前のことを思い出す。


ゆっくりと、何かを確かめるように腕を使って身体を起こす———







「—————そっか…そうだよね。」







本当は、身体を起こそうとする前から分かっていた。

胸元から下に薄い布団のようなものが掛けられていたが、本来、脚があるはずの場所に膨らみが無かったからだ……。





「—————ごめんなさい」





誰に言ったのかは分からない。

誰に言ったわけでもないのかもしれない。


ただ、口から言葉が溢れた———






………






自身の状況を受け入れた頃、静かに扉が開いた——



主任は、私が起きていることを確認すると、ベッド脇の椅子に腰掛けた。

観察しているのか、何かを待っているのか、ただこちらを静かに見つめている———




「——ごめんなさい」



「……なにがだ?」



「私…もう何もかもどうでも良くなって……


……ダメなのに、外に出ました。


外が怖いって感じてたはずなのに、それも忘れて……」



「そうか……私にも非がある。お前の様子がおかしいことは分かっていたのに、目を離してしまった。」



「あの、ハクは…………」



「既に修理は済んでいる。」



「それも、ごめんなさい……。


ハクは多分、様子がおかしかった私を見て、彼女なりに元気付けようとしただけなのに。


冷静になれば、そんなの分かったはずなのに……」



「そうだな…あいつもそう言っていた。心配していたと…」



「……ここ数日、頭の中がドロドロしてて。

ずっと理由が分からなかったんですけど……


多分…私は焦ってたのかなって。

焦って、自分を追い詰めてたのかもしれません。


みんながどんどん感情豊かになってきて、自分だけ置いていかれたような気がして…。


それで、みんなの為に何かすれば、自分も何かを見つけられると思って……」



「…………」



「……元々、そんな性分じゃないのに、張り切ってみんなと交流してみたりして。


みんなに頼りにされる存在にならないとって、そればっかり考えて……


いつの間にか、自分でも中身が分からないような感情が、一気に爆発して……」



「そうか……」



「だから、ごめんなさい。ハクは悪くないです。


私が…私の心をコントロールできませんでした……」




「———だそうだ。聞いていたな?」




自分の中で整理しながら話していた私は、一瞬、なんのことか分からなかった。

思考を止めて顔を上げ、主任の視線の先を追う——


そこに、ハクが立っていた。

扉の近くで、少し気まずそうにしている。




「えっと〜、ごめんねハナちゃん。

私、心配で……ちょっと変なからかい方しちゃったかも。」



「ううん…私こそ、ごめんなさい。もう、絶対にあんな殴り方しない。」



「ぷっ…なにそれ?

いつもの殴り方はするってこと…?

まぁ、その方が私も気が楽だけど♪」



「………」



お互いに、不器用に言葉を交わす……

正しい謝り方も分からないし、相手が望んでいる言葉も分からない。

ただ、あんな事があっても、ハクが私との交流を望んでいることが伝わってきて…

それがありがたくて、何度も“ごめんなさい”と“ありがとう”を繰り返した———




………




その後、ハクは先に部屋に返された。

まだしばらくは、様子を見るために休養するらしい。



部屋は再び、主任と私だけになった——

夢で見た光景と、全く同じ……


いや——

なんとなく、あれは夢じゃないという確信が強まっていた。



地面に崩れ落ちた時に感じた痛みと、流れる血——

あまりにもリアルで、どれも機械の私が体験するはずのないもの……




私の中には、私じゃない誰かの経験、あるいは記憶がある———




「レイ主任……」



「なんだ?」



「1つだけ…聞いてもいいですか?」



「ああ…」



「私と主任って、ずっと昔も、こうしてベッドで話していましたよね…?」



「…………」



「……否定、しないんですね。

………私って、なんなんでしょう?」



「……お前はハナだ」



「……そうですね。

それで、あなたは“主任”


………私がそう呼び始めた。」




「…………」




——しばらく沈黙が続いた。


それでも、私は何も言わずに待った。


主任は、躊躇うように何度も口元を開閉させていた。




どれくらいの時が経っただろうか……

やがて、主任と目が合った——

お互いの顔が、無機質な瞳に映し出される。


そのまま、私の目を見て、

ぽつり、ぽつりと語り出した———





それは、地雷で足を失い、

運び込まれてきた少女の話…


前任の管理者の娘…


自分が世話を任され、会話をするうちに、初めて人間に興味を持ったこと…



その少女から、“主任”という呼び名を貰ったこと…



その少女が日に日に弱っていき、ある時から、もう世話は必要ないと言われたこと…


そして、ククちゃんの異変を探る為に前任者の端末を調べ、真実を知ったこと…




———私は、その少女の意識が転移した機械ユニットであるということ。





「私は……その女の子なんでしょうか?


断片的な記憶はあります。

でも、人間だった実感は……ありません。


記憶が混ざってるだけの、別人なんでしょうか……?」



話を聞き終わった時、私は、自分の存在が不確かなものに感じた。

なんとなく予想はできていたはずなのに、いざ答えを知ると、とらえどころの無い不安に襲われる……


そんな私に、レイ主任は、しっかりと目を見て話した———




「——お前はハナだ。


それが、人間だったハナか、機械ユニットのハナかは重要ではない。


私は…今ここにいるお前をハナとして見ている」




「………」



「それに、例え意識転移の話が無かったとしても、自分が何者かなんてことは、誰にとっても難しい問いだ」



「————そうですね。

うん、確かに……そうかもしれません。」



「………」



「ありがとうございます……ちゃんと話してくれて。


——私、もっと生きてみます。


この工場で……

今の私を受け入れてくれた、みんながいるこの場所で。」



「ああ…分かった。」




———再び、部屋に静かな時が流れた。



レイ主任は、隣で静かに目を閉じていた。



私は、みんなに頼られる存在を目指してたけど…

多分、主任みたいになろうとしてたんだと思う。


でも、はっきりとは分からないけど…

多分、主任は頼られる存在でいようとしているわけではないし、使命感で動いているわけでもない。


ただ、みんなを守りたい———

これまでの関わりを通して、そんな気持ちが伝わってきていた。



何になりたいのかよりも、なぜなりたいのか、その理由の方がずっと大事なのかもしれない——




視界には、まだ少しノイズが残っていて、

足元は何も無いことを証明するかのように“ぺたん”としている。




これからも、私は馬鹿をやらかすかもしれない。


でも、そうならないように、ちゃんと理由を思い出せるようにしておきたい。





“私は、87番のハナという存在を受け入れてくれたこの場所が好きだ”———


“だから、何かしたいと思える”———

“だから、頼ってもらいたくなる”———

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