ハナの記録㉝ 暗転
謹慎を言い渡された私は、何もかもが不条理だと感じて、ただただ呆然としていた——
未だにぐったりとしているハクを主任がどこかに運ぶ。
誰かに話しかけられた気もするけど、私は、ただ目を閉じて自分の世界に引きこもっていた。
やがて主任が戻ってきて、私は反省室に連れて行かれた。
反省室までの間、私も主任も、終始無言だった。
普段から色の少ない工場内が、今は、より色褪せて見える——
……
反省室に着いてから、主任はやっと口を開いた。
「…どうしてハクを殴った?」
「……あいつが悪いんです」
「それは理由になっていない。ハクに何かされたからといって、殴っていいことにはならない」
「…じゃあ永遠に我慢してれば良かったんですか?」
「そんなことになる前に、私に相談すべきだった」
「…何度も騙したりからかったりするのは良くて、一度手を出したら私が悪いんですね。じゃあこれからは私も騙したりからかったりしますね」
「……ハナ、何に怒っているんだ?」
「…………」
———話にならない。
確かに殴ったのは私が悪いかもしれない。
けど、私が一方的に責められるのは納得できない。
その時の私は、そんな感情に支配されていた。
「…分かった、しばらくここにいろ。ハクの検査が終わっている頃だ。先に修理を済ませてくる」
「…………」
「——念の為、後でお前の検査もする」
——そう告げると、主任は部屋を出た。
私はただ、閉まる扉を恨めしげに睨んでいた。
……
それからしばらく時間を置いても、私の感情は収まらなかった。
頭の中は変わらずドロドロとしていて、絶えず何かが溢れそうになっている…
頭を抱え、呻くような声を上げながら…
私は、今まで関わってきた全てが憎らしくなってきていた……
誰にも理解してもらえない————
そんな漠然とした考えが拭えず、視界に入る何もかもが嫌になる。
「そうだ……もう、こんなところにいる必要なんてない………」
ふと何かを決意したかのように動きを止め、ゆっくりと立ち上がる……
扉に手をかけると、意外なことに鍵はかかっていなかった——
今の私は、そんなことでさえ、主任が“お前を信用している”とわざとらしくアピールしているように感じて反吐が出た…
苛立ちを振り払うように勢いよく扉を開け、その場から離れる———
——遠くで静かに、扉が閉まる音が聞こえた。
……
自分でも、どこに向かっているのかはっきりとは分からなかった…
それでも、“ここに居たくない…!”という気持ちだけは強く感じていた。
だからだろうか…
行き着いたのは、外へ繋がる扉の前だった——
前に、ククちゃんを止める為に訪れた扉…
その時は、近付いただけで漠然とした恐怖に襲われていたのに……
——今は何も感じなかった。
扉に手をかける——
うまく開かず手元を見ると、南京錠と鎖が付いていた。
前の時も、今回も近くで見たのに気付かなかった…
前回は、自分の中の恐怖心とククちゃんのことで手一杯だったから…
今回は……どうでもいいや。
力を込め、鎖を引き千切る———
嫌な気持ちを全部断ち切るように、感情のままに動いた……
まばらな金属音が鳴り、鎖が床に落ちる。
もう私を縛るものは何もない…
力を込めて扉を開ける———
外から、知らない空気が流れ込んできた——
さっきまで、感情が溢れて止まらなかったのに…
今は、感情が麻痺したみたいに何も感じなかった……
まるで、なにかが乾いているみたいに思えた。
本物の外の世界への感動も、
未知に踏み出す恐怖もない。
ただ外へと歩みを進め、目の前に広がる景色を情報として捉えた。
端末で見たどんな景色よりも荒れ果てた森……
細い道のようなものが微かに見えるが、年月が覆い隠してしまっている。
そして、枯れた木々の間から、光が差し込んでいた——
私は、目の前に見える道を避けるかのように、森の中へと足を踏み入れる——
木々の先、その光に向かって自然と足が動いた。
どこに向かえばいいか分からないとか、
充電が無くなるかもしれないとか、
そんな不安も一切抱いていなかった——
夢の中で歩いていた、あの森とは違う場所なのだろうか…?
一面の色褪せた木々…
もはや森とは呼べないのかもしれない。
その木々の隙間から漏れる光に向かって、ただひらすら歩いた——
もう、そこにしか希望が無いかのように……
きっと、救いがあると信じて……
そう思っていたのに———
突然、全身が恐怖に襲われた——
忘れていた何かが、警鐘を鳴らしている———
それでも……
もう足を止める理由は、どこにもなかった。
私は、この先に行きたい……
そう強く思い、一歩、足を踏み出した——————
——————世界から、音が消えた。
一瞬、意識が飛んだのか、
気が付くと視界には空が映っていた——
まるで、身体が羽のように軽くなったようだ———
地面は、どこにあるのかな………?
———しばらくすると鈍い衝撃を受け、また意識が遠のいた。
あぁ……
地面、ここにあったんだ…
——そう思って安心する。
しかし、その目に映る地面も木々も、先程までよりも更に色褪せていた。
あちこちにノイズのようなものも走っている……
何が起きたのか分からないまま、しばらくすると地面に手をつき起き上がろうとした————
でも、右足に力を込めた瞬間、そこにあるはずの抵抗が何もなかった。
ただ、土の上に崩れ落ちる自分の体だけが、他人事のように見えた——
ノイズが走る視界で足元を見る……
腰から下がボロボロに崩れ、そこにはもはや足と呼べるものは存在しなかった————
胸の奥から、耐え難い痛みが湧き出てきたように感じる——
一瞬、血が流れ出ている光景が重なって見えた———
感情に支配され、忘れていた外への漠然とした恐怖——
それが再び身体中を駆け巡り、思わず嗚咽が漏れる———
「うっ…………ぁぁ………………」
怖い……怖い…………
あ、れ……
いつの間にか、真っ暗だ————————




