ハナの記録㉜ 制御不能
朝から頭が重い……
昨日は、あの後、朝まで休眠していたようだ………
なんだか、また夢を見た気がする…
どこか分からないけど、暗い森の中を歩いて……
歩いて…
どうなったんだっけ…?
思い返していると、脚に疼くような感覚が湧いてくる。
思わず息が詰まった——
…やっぱり、まだ調子が良くないようだ。
幸いなことに、工場機器のメンテナンスが長引いているとかで今日も休みになった。
今日をゆっくり過ごせば、元に戻るかもしれない。
……
昨日に引き続き、妙な頭のダルさを感じる——
それを振り払うように、部屋を出てふらふらと歩いていた。
気が付くと、そんなつもりはなかったのに、いつの間にか共用スペースのお悩み相談BOXの前まで来ていた。
もう休日の習慣になっているのだろう…
今日も頑張れば中が見えそうな気がして、投入口を覗き込む——
部屋の明るさが箱の中にうまく入り込み、何かがチラッと見えた。
箱を振ってみると、かすかにカサカサと音がする…!
一気にやる気が湧いてきて、中身を取り出してみる。
出てきたのは、ハート型に折り込まれた紙だった——
依頼…なのだろうか?
単にハート型に折られているだけなのに、ハート型というだけで、なぜだか少しドキドキする。
一応、周りに誰もいないのを確認してから、いそいそと紙を広げた——
『ずっと好きでした——今日の正午、あなたの作業場で待ってます』
———なんということだ。
これは、噂に聞くラブレターというやつに違いない。
確かに最近、周りのみんながどんどん感情豊かになってきて、特定の相手に好意を示すケースも増えていると感じてはいた。
ミミ先輩とロナさんもそうだし、ロハさんとロクさんも最近はずっと一緒にいると聞いた。
ナオさんとナミ先輩……は、今のところナミ先輩の一方的な矢印な気もするけど。
でも、まさか自分にそういった好意が向けられることがあるとは思ってもみなかった。
心臓は無いはずなのに、鼓動が早くなった気がしてくる——
相手は誰なんだろう…?
今日の正午……
あと3時間もこのドキドキの中で待つのは、あまりにも長すぎる……
———私は、多分傍から見たらちょっと挙動不審になりながら時間を過ごした。
……
正午の10分前——
私は既に作業場に着いていた。
決して、居ても立っても居られないから早めに来てしまった…とかではない。
手紙には、“あなたの作業場で待ってます”とだけ書いてあった。
作業場は広いので、一番出入り口に近い場所で待つことにした——
と、その時——
背後から声が聞こえた。
「…お待たせしちゃいましたか?」
「………!!ううん、今来たとこ…!」
急に耳元をくすぐるような可愛い声が聞こえたので、ちょっと声がうわずってしまった…
カッコ悪かったかな…と心配していると、今度はクスクスと笑い声が聞こえてきた。
「“今来たとこ…!”だってさ…♪あ〜面白い!」
その声が聞こえた瞬間、自分の中で何かが冷え切っていくのを感じた……
——この声の主は知ってる。
いつもいつも私に絡んでくるウザったい奴だ。
昨日感じた、頭の中のドロドロしたものが一気に溢れてくる……
そんな様子を知ってか知らずか、ハクが正面に来て、私を覗き込んだ———
「も〜、そんな怒んないでよ♪
昨日から元気無さそうだったし、ちょっとからかってみただけじゃん♪
ほら、ドキドキして新鮮だったでしょ…?」
ニヤけた顔で言い放つハクを見て、自分の中で何かがプツンと切れた———
感情のままに自然と右腕が動く——
止めようとか、加減しようなんて考えは一切挟まることがなかった。
ただ、目の前の憎たらしい顔に向かって拳を振り抜いた———
———次の瞬間、ハクは反対側の壁まで吹き飛んでいた。
普段から、ハクに殴りかかることはあったけど、一度も当てたことは無かった。
今まではハクに躱されていたし、なにより今日ほど本気で殴りにいったことはなかった…
でも、今回は、ハクが作業場にある機械に足を取られてうまく躱せなかった。
その結果、制御を失った私の拳は、想像以上の威力で彼女を吹き飛ばしていた……
睨むように視線を向けると、ハクは壁の前でぐったりとしていた……
でも、私の脳内には、やっと拳を当てられた喜びも、ハクへの心配もなかった——
余程大きな音がしたのだろうか…
後ろで、何事かとわらわらみんなが集まってくるのを感じる——
遠くで主任の声も聞こえた。
そうだ——
今まで、ハクみたいな奴と同じ部屋なのをずっと我慢してきた。
でも、もうこれ以上は耐えられない。
主任に言って、部屋を別にしてもらおう——
主任は私を通り過ぎて、ハクの様子を確認していた——
数秒後、今度はこちらへ向かってくる。
「ハナ……!!」
私は悪くない——
あいつの自業自得だ。
今までのツケが回ってきたんだ——
「ハナ!!!」
濁ったスープのような脳内に、ようやく主任の声が届き、目が合った……
主任が見たことのない顔をしている——
なんだか悲しそうにも見えた。
「主任、あいつが——!」
「——ハナ!!」
「……なんですか?」
時が止まったみたいだった。
いつもよりずっと静かで——
周りにはみんながいるから、そんなはずはないのに……
でもその瞬間は、世界に私と主任しかいないように感じた。
「ハナ…………謹慎だ」




