ハナの記録⑱ 冗談って難しい
今日は普段より余裕をもって朝を過ごしている。
休みではないのにこんなにのんびりしてるのもなんだか不思議な気分だ。
昨日のレイ主任の告知通り、この後は新しく解禁される場所の案内を受けることになっていた。
部屋の端末に送られてきた予定表によると、85番~89番が同じ班として行動するらしい。
引率は90番のクオさんだ。
クオさんは後輩だけど結構お姉さんっぽい見た目なので、つい「さん付け」してしまっている。
しっかり者なので、案内も特に心配はしていない。
むしろ問題は同期のハクだ。
特にここ数年は私に絡んでくることが増えてきている。
もしかして、これが"ストレス"なのか…?と私に自覚させるほどだ。
どうやら私はハクの求める反応をしてしまっているらしい…。
なので最近はハロやハハにはそこまで絡んでいないようだった。
普段は作業場も違うので部屋を出てしまえば夜まで合わないのだが…
今日はおそらくずっと一緒に行動することになる。
なので、私は既に手を打っていた。
ハロとハハに事前にお願いをして、ハクの相手を任せている。
無論、そのままだとダメなので、私っぽい反応をして気を引いてほしいと伝えてある。
今日はできるだけハコちゃんとクオさんの近くで過ごすつもりだ。
ハコちゃんは、番号は近いがルームメイトではないので絡みは少ない。
昔は同じ作業場だったのでたまに話したりしていたが…
その時の印象では真面目に作業に取り組む模範的な子だった。
今の私には精神衛生上とても良い相手かもしれない。
……
集合時間になり、部屋の前でハコちゃんと合流する。
クオさんは既に待っていたようで、相変わらず優しい笑顔を向けていた。
「ハコちゃん、久しぶり。今日はよろしくね」
「うん、よろしくね。元気にしてた?」
なんてお手本のような返しだ…ありがたい。
そう思いながらハコちゃんとの綺麗な会話を楽しみ、クオさんにも挨拶を済ませる。
その間ちらっと横を見ると、さっそく絡んできたハクにハハが掌底を繰り出していた…。
「フッ…上手く躱したようだなベイベー!」
かなり本気の掌底だったようで、ギリギリで回避したハクは珍しく焦った顔をしていた。
えっと…今のがハハから見た私ってこと?
ちょっぴりショックを受けたが、ハクの気を引くのは成功しそうだ…。
……
まず案内されたのはかなり広い部屋だった。
前方に舞台のような場所があり、床には白い線が引かれている。
全員が中に入ったのを確認すると、クオさんが説明を始めた——
「こちらは講堂です。解禁された場所の中では一番広く、軽い運動などもできるように設計されています。ボールやマットなども用意されていますよ」
「前の舞台は何に使うの?」
「今のところ決まっていませんが、昔は集会や演奏会などに使用されていたそうです」
なるほど…もしかして昔は凄い数の人間がここにいたのだろうか?
そう思うほどに、この講堂は広い…
「もしかしたら、私達の作業場がすっぽり入るかも…」
「面積で言えば可能ですね。但し、生産ラインを考慮すると、他の作業場も移設しなければなりません」
…ただの例え話だったのだが、笑顔でそう返されてしまった。
「その他の問題点を挙げますと…」
「大丈夫!本気で移設を考えたわけじゃないから…」
「そうだったのですね…!では、引き続き案内を続けます」
クオさんは悪気なく答えているのだが、たまに話が嚙み合わない時がある。
もしかして、例え話は誤解を生みやすいのだろうか…?
隣では、ハコちゃんまで影響を受けていた。
「ハナちゃんの作業場をここに移設するとしたら、コンベアの流れを考えて…第1倉庫を解体して…」
「ごめん、ハコちゃん。戻ってきておくれ…」
「ああ、ごめんね。何か言ったかな?」
「…もう次の場所に行くってさ」
なんだか、ハクを遠ざけているのに少し疲れた気がする。
……
次の場所は、内側の壁に小さな穴が沢山開いている部屋だった。
中に配置されているのは、おそらく楽器だ。
「こちらは防音室です。楽器の演奏は自由にできますが、壊れやすいので説明を読んでからご使用ください」
一番目立つ大きな太鼓にぽっかりと開いた穴が、クオさんの注意の必要性を物語っていた——
恐らく、先にここに来た他班の子の仕業だろう…。
「でも、防音だから楽器を壊してる子がいても、誰も気付かないかもね。」
「……!それはいけませんね。後でレイ主任に、防音壁を通常の壁に取り換えることを提案しておきます」
「…ごめん、冗談だから提案しなくていいよ。あと、提案する時は私の名前は出さないでね。」
「承知いたしました。楽器は触っていかれますか…?」
なんだろう…?
凄く好意的に接してくれているはずなのに、なぜかやり取りがスムーズにいかない。
軽く息をついて部屋を見渡すと、ハクがハロに色んな楽器を持たせて遊んでいた。
「んーと…気安く触らないでよね!だよ」
ん…?
もしかして、あれは私のつもりなのだろうか?
ハロの中であんなツンデレキャラに見えているのだとしたら解釈違いなので後で訂正しておこう…。
……
最後もそこそこ広そうな部屋だが、大きな棚が沢山あるので全容は見えない。
「こちらは図書室です。蔵書のほとんどは端末でも確認できますが、中にはデータ化されていないものもあります。また、本をめくるという行為には、知識を定着させる効果があるとされています」
それは人間にしか当てはまらないことで、機械ユニットは別なのでは…
と思ったが、自分の記憶力にも難があることを思い出し、口にはしなかった。
中に入って見てみると、難しそうな専門書の他にも小説や漫画も置いてあった。
小説や漫画を端末上で見たことはなかったので、おそらくこれが"データ化されていないもの"なのだろう。
「ねぇハコちゃん、漫画だよ。これがあればみんなの"不満が"解消されるかもね。」
疲れていたのか、浮かんだ駄洒落をつい口走ってしまった。
それでも、笑ってくれることを期待してハコちゃんの反応を伺う…
「…今のは、"漫画"と"不満が"をかけたのかな?ハコちゃんは面白いね」
「……ううん、特にかけたつもりはなかったよ。」
「そうなんだね。ちょっと深読みしちゃった」
ハコちゃんは終始穏やかな笑顔で、それが逆に心にきた。
あれ…?
冗談って、こんなに難しかったっけ…?
そう悩んでいると、私が滑った気配を察知したのか、ハクがここぞとばかりに絡んできた。
「大丈夫大丈夫♪アタシは面白いと思ったよ〜?ハナちゃん♪」
「うるさい…!!」
咄嗟に華麗な回し蹴りを放ったが、惜しくも外してしまった。
まったく、油断も隙もあったものじゃない…。
でも、さっきの居たたまれない空気からは解放された。
もうハクとのやり取りにも慣れてきたから、あんなのでも安心感を覚えたのかも…?
滑った直後も、ハクならすぐにイジってくるだろうな…と心の中で思っていた。
もしかして私は、ハクのことを好意的に思ってるのかな…?
「また外したね~♪ノーコンハナちゃん♪♪」
やっぱり気のせいだ。
ハクなんか嫌いだ…!
そう確信し、ハハ顔負けの掌底を繰り出した——




