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終末工場日記  作者: 黒猫の凜


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とある管理者の記録②

「つまり、名前はないってこと?」


「管理者の下で働くだけだ。必要ない」


「なるほど…でも呼ぶ時に困るね。なら、管理者よりは下ってことで、”主任”とかどう?しっかりしてそうだし。」


「この施設に主任という役職は存在しない。だが、勝手に呼ぶのは構わない」


「じゃあ、とりあえず主任で。また今度、良い名前が浮かんだら提案するね。」



……



…今日は脳の立ち上がりが遅い。

休眠中、古い記憶が呼び起こされていた。

あれは、前任の管理者の娘との会話だ。

数か月ほど、怪我を負った娘の世話をしていた。

名前はなんだったか……


この20年以上、前任の管理者に関わることを自発的に思い出すことはなかった。

ただ必要がなかったからか、或いは触れたくなかったのか。

どちらにせよ、その影響で記憶がスムーズに呼び起こせなくなっているようだ。


だが、今はその必要に迫られている。

ククの異常行動には必ず原因がある。

ハナの言動にも違和感が増えてきている。

原因を探る為には、全ての機械ユニットの製造・開発に携わった者…つまり”前任の管理者”が残した記録を調べる必要がある。


……


前任の管理者の研究室…

入室権限はあったが、あれから一度も入ることのなかった部屋。

埃が積もった薄暗い空間は、なぜか室温が実際よりも低く感じた。


端末の周りをある程度綺麗にし、電源を入れる。

お目当ては機械ユニットの開発記録だ。

…少なくとも、最初はそのつもりで項目に目を通していた。

しかし、手を止めた時に目に入ったのは予想外の記録だった。



『人類の意識転移に関する研究記録』



…これは人類に関する記録だ。

機械ユニットの製造と関連はない…はずだ。

だが、記憶の中で細い糸が繋がりそうになっている——

そんな感覚が手を止めさせた。


前任の管理者から、このような研究の話は聞いたことがない。

この記録に触れることを、心のどこかで拒んでいる。

それでも…今は私が管理者だ。


思考を整えると、記録に目を通し始めた——



◇◇◇



戦火は増すばかりだというのに、近年は不調を訴える人々が後を絶たない。

原因を調査すると、空気や土地の汚染に行き着いた。

長い戦いの中で、少しずつ人類が住める環境ではなくなってきているのだろう。

そしてこの環境汚染は、これ以上悪化することはあっても、改善の見込みは無いと結論付けられた。


本部とのやり取りで、戦後も生き残ることを前提とし対策を練ることとなった。

私は、2つの案を提示した。

1つ目は、巨大な地下施設を用意し、そこを人類の避難所とすること。

2つ目は、人類の意識を機械の身体に転移させること。

機械ユニットに意識を転移させることができれば、更に悪化した環境汚染の中でも生き残ることができるだろう。

本部の反応は悪くなかった。


……


意識転移を見据えて、50番台を人型に寄せて製造。

まだ関節の動きがなめらかとは言えないが、雛形としては成功。

アップグレードしたAIを搭載し、簡易的な発語を可能にした。


60番台は実験に用いる予定の為、人間の意識が長期間入っていても自然に生活ができるようにしたい。

更に細かい動作が可能になるよう開発を進める。


……


60番台の製造に苦戦していたが、なんとか目処が立った。

50番台までとは違い、手の指や口を自然に動かせるようにするのは予想よりも大変だった。

意識転移の技術も、理論上は問題のないところまできている。

病で先が長くない者などを対象に、被験者を集める。


60番台の製造技術を使い、助手も1体製造した。

研究を手伝ってもらうつもりだったが、いざ稼働させると言い淀んでしまった。

…情けない話だ。

自ら作った機械ユニットに、自らの行いがどう思われるかが怖くて話せないのだ。

今はとりあえず雑用を任せている。


……


実験は失敗が続いている。

被験者の意識は転移しているはずだが、機械ユニット側で覚醒した意識は最低限の自立した思考回路を有するに留まった。

元の人間としての記憶すら保持していなかった…


60番台での実験を終えたが明確な成果は無い。

理論上の問題はない…はずだ。

それなら被験者の意識はどこに消えた?

このまま変化が見られなければ、私が殺したのとなんの違いがある…?



……



私のせいだ…

今日、娘が運び込まれてきた。

避難所を抜け出し、ここの近くまで1人で来たようだ。

仕事にかまけて長く連絡をとれていなかったからだろう。

その結果、彼女は地雷で両足を失った…


なんとか命は繋いだが、汚染にも晒されたせいか身体もかなり弱っている。

研究の間は、助手に娘の看病をしてもらうことにした。

無駄な思考を排除した設計なので、少し無愛想だが仕方がない。


……


70番台での実験を終えたが、成果は見られなかった。

本部は、意識転移の技術自体に問題があると結論付け、実験を中止とした。

…私はただの人殺しだ。


娘の意識は回復したが、体調は思わしくない。

それでも、助手との会話を楽しんでいるようだ。

暗い気持ちで顔を見に行ったが、一度も私を責めることはなかった。

本当に前向きで、優しい子だ。


……


80番台の製造を進めている。

これは意識転移の対象としてではなく、もう1つの案の助けになるようにだ。


いずれ人類は汚染を避け、地下施設に閉じ籠もることになるかもしれない。

しかし、地下施設での暮らしを維持していく為には外での作業が必要になる場面も出てくるだろう。

機械ユニットが、この施設の稼働を全て任せられるほどに成長すれば、将来的には人類の代わりに施設外での活動も任せられる。


娘の様子は安定している。

助手に「主任」という愛称を付けたそうだ。

彼女の体調が良くなれば、機械の足を作ってもいいかもしれない。



……



娘の容体が急変した。

今も熱に浮かされていて意識が朦朧としている。

声をかけたが、苦しそうな息遣いだけで返事はなかった。

すまない…本当にすまない。


86番の製造を終えた…。

役割を全うしなければならないが、どうしても集中できない。

製造中も小さなミスが目立った。

稼働に問題が無ければいいが…。



……



私は…また罪を重ねた。

やってはいけないことをした…


あれから娘の容体はさらに悪化し、もってあと数日という状況だった。

その様子に、冷静さを欠いてしまった…。

その後のこともはっきりとは覚えていない。


気付いた時には、娘の意識を87番に転移させていた。



……



あれから数日…

87番の稼働を確認したが、そこに娘の意識は無かった。


謝罪を繰り返し、情けなく涙を流す私を見ても、87番は不思議そうな顔をするだけだった。

私は、自分の娘を殺してしまった…。

すまない…ハナ。



……



88番、89番の製造を終えた。

私は、かなり精神が不安定になっているようだ。

製造中も娘の幻覚が見えた。


幼い頃の、元気に手を振る姿…

困った顔見たさに意地悪をするようになった頃の思い出…

最近は眠れていないので、疲れているのだろう。


そうだな……

90番台は、もっと人間らしさをもたせてみてもいいかもしれない。


……


90番台の製造も終わりに近付いている。

だが、どれも作られたような性格の良さが抜けない。

人間の良い部分ばかりが目立つと、人間らしくなくなるのかもしれない。

99番は、人間の悪い側面も反映させよう…


だが、今やっていることは何の意味があるんだったか…

私は、なぜまだ生きている…?

もうどうでもいい…


……


…この施設を離れることになった。

機械ユニットの製造は終了する。

主任には、本部と連絡を取りながら施設の稼働を続けるよう伝えた。


「主任」か……

ハナ、不甲斐ない親ですまなかった。

もうしばらくしたら、私もそちらに行くだろう。

その時、心から謝らせてほしい……



◇◇◇



時間をかけ、記録を読み終える——。


私は目を閉じ、得られた情報を整理した。

恐らく、ククは可能な限り人類に近付けたユニットなのだろう。

良い面も、悪い面も含めて。

もしかするとその影響で、過度なストレスが溜まると脳の処理が追いつかず暴走するのかもしれない。


そしてハナには、あの娘の意識が入れられた。

本人なのか、機械ユニットとしての自我に記憶が混ざっているだけなのか…それは分からない。


思えば兆候はあった——

87番ではなく、「ハナ」と呼んでほしいと頼んできた。

知らないはずの地雷を怖がっている。

作業中に集中が切れるのも人間らしい。


意識転移は成功していたのだろうか…?

眠っていた意識が少しずつ表に出てきているのだとしたら、筋は通っている。

しかし、それを確かめる方法はない。

記憶を持っていることと、意識が本人かどうかは無関係だからだ。


それに、どちらにせよ私の役割は変わらない。

ここで管理者として、「主任」として見守るだけだ。


そう結論付けると、記録に厳重なロックをかけた。

知るべきことは知れた。

あとは、私にできることをするだけだ。

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