ハナの記録⑫ ホログラムのサクラの下で
今日から、共用スペースに新しいおもちゃが追加された。
3Dホログラムでデータ上の植物や動物などを投影できるというものだ——
小さな投影機が部屋の隅に1つずつ、そして真ん中に大きい投影機がドンッと置かれていた。
「近頃、問題行為が多発している。環境改善の試みとして、ストレス解消に繋がる設備を置く」
これが主任の説明だった。
”ストレス”というのは難しくてまだ理解できていないけれど、話の概要はなんとなく分かる。
つまり、みんながもっと楽しめるようにしたよってことだ。
どんなものなのか、私も楽しみだった——
……
休憩時間になると、ホログラム投影機の周りには早速みんなが集まっていた。
部屋の真ん中には大きな木のホログラムが投影されている——
木には薄いピンク色の花がいっぱいで、素直に綺麗だなと思った。
弾薬を詰める箱もこんな色だったらいいのに…
「サクラ…」
薄ピンクの弾薬箱のことを考えていると、側から声が聞こえた——
振り返ると、真っ白な髪のコイ先輩が木を指差している。
コイ先輩は、今の作業場で一番番号が若い先輩だ。
身体の軽い不具合なら調整してくれる凄い先輩で、いつもハロがお世話になっていた。
本当はコイ先輩の前に50番のコオ先輩がいるが、長いこと休止している。
「コイ先輩?」
「キ…サクラ…」
「この木がサクラってことですか…?」
コイ先輩はコクリと頷き、ホログラムに視線を戻した。
なるほど…この木の名前を教えてくれたのか。
相変わらずミステリアスな先輩だ。
コイ先輩に限らず、50番台の先輩達は流暢には話せない。
でも、周りの状況やこちらの言葉はちゃんと理解していて、このように意思疎通も問題ない。
ちなみに、40番台の先輩達は文字盤に言葉が表示される仕様だ。
……
ホログラムのサクラはたまに揺れたり、ひらひらと花弁を落としたりしていた——
その様子をぼんやり眺めていると、いつもより穏やかな気分になった。
もしかすると、これが主任の言っていたストレス解消なのかもしれない…
私がストレスについて、あと少しで理解できそうになった時、突然辺りが騒がしくなった———
「どうしよう…?!」
「私、主任呼んでくる…!!」
どうしたんだろう…?
明らかに焦った事が聞こえ、誰かが共用スペースを出ていった——
前の方を覗き込むと、ひどく狼狽した様子のロナさんが見えた。
床にはミミ先輩がいた…
近くで見てた子に話を聞くと、浮いていたミミ先輩が急に床に落ちて動かなくなったらしい…。
なるほど、ロナさんの”ミミ先輩愛”を考えたら、目の前でそんなことがあれば狼狽してもおかしくはない…。
ミミ先輩もロナさんも大丈夫だろうか…?
……
すぐに主任が到着し、ミミ先輩の状態確認と情報の聞き取りを行った。
こういう時の主任は、本当に頼りになる…。
聞き取りが終わると、ミミ先輩は整備室に運ばれていった。
ロナさんは遠くなる主任の背中を呆然と眺めていた——
しばらくして、立ち尽くすロナさんをロコ先輩が支えながらゆっくりと連れていった。
私は、ロナさんの様子に動揺して、何もできなかった…。
…その日の午後、ロナさんは作業を休んだ。
……
次の朝、共用スペースにいるロナさんを見かけた。
部屋の隅にある投影機を使っているようで、気になったので近付いてみた。
肩越しに見てみると、そこにはミミ先輩のホログラムが映っていた。
ロナさんは、そのホログラムと話をしている…
「ロナさん、今日の作業は…」
「ごめんねハナちゃん、今日もお休みするよ。ミミ先輩も治るまで不安だろうから、そばにいてあげないといけないんだー。」
「えっと……わかりました。」
ロナさんは…ホログラムのミミ先輩を本物だと思ってるのだろうか…?
何か言おうとしたが、どう話していいか分からない。
結局、私はその場を後にした…。
作業場に着くと、コイ先輩とロコ先輩にありのままを伝えた。
主任なら、どう返答していたんだろう…?
……
その次の日も、ロナさんは1日のほとんどを投影機の前で過ごしていた——
部屋の真ん中には、変わらずにホログラムのサクラが映っていて、ひらひらと綺麗な花びらが降っていた。
けれど、その景色も最初に目にした時の綺麗さとは違うものを感じる…
遠くから見ると、まるでサクラの木の下でロナさんとミミ先輩が話してるように見えた。
……
3日目の朝——
共用スペースに行くと、ロナさんが投影機をカタカタと操作していた。
様子を見に近付くと、顔には焦りが見える…。
「ロナさん…何かあったんですか?」
「うん…ちょっとね、ミミ先輩が映らなくなっちゃって。おかしいな…どうしたんだろう?」
詳しく話を聞くと、今朝、データ一覧からミミ先輩の名前が無くなっていたらしい。
そういえば疑問に思っていなかったけど、どうしてホログラムに投影できるデータの中にミミ先輩のデータがあったんだろう…?
しばらくすると、ロナさんは手を止めた——
何かに思い至ったのか、ぱっと立ち上がり歩き始める…
段々早足になり、共用スペースを出る頃には走り出していた——
何も分からないまま、私も慌てて追いかける。
……
着いた先は整備室だった——
ロナさんは扉の前で背伸びをして、中を覗こうとしている…
心配して声をかけようとした時、目の前の扉が開いた——
なんと…整備室からフヨフヨとミミ先輩が出てきた。
相変わらず白い三角錐ボディで、小さな目も元気そうだ。
ロナさんは飛んできたミミ先輩を抱きしめる…。
扉の奥では、主任が困惑した顔で立っていた。
ロナさんはまだミミ先輩から離れそうにないので、代わりに事情を説明する…。
「…なるほど。修理の際、ミミの意識データを一時的に工場のサーバーに移した」
「つまり…?」
「ロナが話していたホログラムのミミは本物と言っても差し支えない」
それを聞いた私は、思わず脱力してしまった——
そっか…ロナさんはショックでおかしくなったわけじゃなかったのか…
ここ数日の不安が一気に抜けたように感じる。
「よかった……」
ホログラムのミミ先輩は、ちゃんとミミ先輩で、ロナさんも無事だった。
なんかもう、本当によかったという気持ちでいっぱいだった…
……
後日、ミミ先輩とロナさんは無事に復帰した。
ロナさんは、ほんの少しミミ先輩の言葉が理解できるようになったようだ。
でも、前みたいにミミ先輩の前で不用意にはしゃいだり、もてはやすようなことはしなくなった。
そして驚くことに、ミミ先輩の方からロナさんに近付くことが増えた。
さっきも、ミミ先輩が「ピーピー」と話すと、ロナさんはしっかり目を見て頷いていた。
それを見て、ホログラムのサクラの下でロナさんとミミ先輩が話している姿を思い出した——
あの数日間、投影機を通してどんな話をしていたんだろう…?
それは分からないけど、きっとお互いに理解しあえたのかな。
そう思うと、ちょっと羨ましい気がした。




