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すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~  作者: 水川サキ


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56、それぞれのその後

 それから数年が経った。

 私はあれから父にも叔母にも会っていない。


 噂によると、父のスレイド伯爵は賭博にのめり込み、大金を失ったようだ。

 さらに手を出した投資もことごとく失敗し、かつて私の絵で荒稼ぎして得た収入もなくしてしまったという。

 伯爵家の財産は底をつき、領民や使用人たちも次々と去っていった。


 失墜を挽回しようと試みたようだけど、彼はいくつもの家に助けを求めたがすでに信用は地に落ち、誰も手を差し伸べてくれなかった。


 そんな中、妹であるセリスの母と金銭をめぐって争いが起こる。

 かつては互いに利用し合っていた兄妹の関係も、次第に険悪さを増していった。

 さらに娘のセリスが罪を犯したことで、叔母は社交界からも冷たく見放される。

 鬱積した怒りの矛先は、やがて兄であるスレイド伯爵へと向かった。


 ふたりの仲は修復不能となり、罵り合いは暴力に変わった。

 やがて、どちらが先に手を下すとも知れない殺し合いのような醜い争いを繰り返すようになる。


 スレイド伯爵家は没落し、居場所を失って闇の世界へと身を投じる。

 その後、犯罪者集団の中で姿を見かけたという噂を最後に、彼の行方を知る者はいなかった。


 一方、叔母は幾度も男を騙して金を巻き上げていたようだけど、それがやがて自らの破滅を招いた。

 暗い地下室で彼女の遺体が発見されたのは、死後数日が経った頃のことだと風の噂で耳にした。



 あまりに凄惨な結末に、私は複雑な胸中だった。

 けれど、同情するような気持ちにはなれなかった。



 セリスは刑期を終え、自由の身となった。

 しかし、彼女は自らの意思で修道院へ入ったという。


 その後の暮らしを知る者は、私を含め誰ひとりいない。

 ただ、あるとき偶然彼女の姿を見たという者がいた。


 修道服をまとったセリスは貧しい人々に食事を分け与える奉仕活動をおこなっていたという。

 その姿を見た者が言うには、彼女はまるで人が変わったように、穏やかな笑顔を浮かべていたようだ。



 アベリオはあのあと、二度の結婚と二度の離婚を繰り返した。

 一度目の妻は、子を授からないことを責め立てられ、耐えきれずに家を出ていったという。

 二度目の妻は、姑との折り合いが悪く、わずか半年で離婚となった。

 今の彼は、懸命に縁談を持ちかけているらしいが、どうにも思うようにいかないようだ。


 いつだったか、パーティーの隅でアベリオがひとり、ぼんやりと立ち尽くしているのを見かけた。

 頬はこけ、かつての華やかさはすっかり失われ、実年齢よりもずっと老けて見えた。


 私たちは形式的な挨拶を交わしたが、彼の反応は鈍く、言葉も続かなかった。

 気づくと彼は静かにその場を立ち去り、それ以来、社交の場で姿を見かけることはほとんどなくなった。



 そしてノルディーン公爵家では――


 春の風が吹き抜ける午後の庭園で、私とエリオスは並んでベンチに腰かけ、穏やかに語り合っていた。


 エリオスは視力を取り戻した代わりに、人の心や気配を感じとることができなくなったという。

 そのことを、少しだけ名残惜しそうに話した。


「以前は、君が屋敷のどこにいるのかも、気配で悟ることができた。けれど今は、それができない」

「それが普通のことなのよ。みんな、そうやって暮らしているの」

「近づいてくる人が、善意を持っているのか悪意を抱いているのかも、今では見極めるのが難しいんだ」

「その目で見て、話して、感じとっていくの。みんなそうやって生きているわ」

「ああ、そうだな」


 エリオスは納得するように微笑んだ。


 そのとき、使用人に手を引かれた小さな男の子が、嬉しそうに駆けてきた。

 エリオスはとっさに立ち上がり、彼を抱き上げる。

 黒髪にトパーズの瞳を持つエリオスにそっくりな男の子だ。

 彼が満面の笑みで私に声をかけてきた。


「ねえ、お母さま。おうまさんの絵をかいて!」

「ふふ、いいわよ。じゃあ、お部屋に戻ろうか」

「うん!」


 エリオスが彼を抱きかかえ、私はそのとなりに寄り添う。

 3人で絵の話をしながら、春の光に包まれた庭園をゆっくりと歩いて戻った。


 色とりどりの花々が咲き誇り、やわらかい風が吹き抜けていく。


 私の右手は、息子の絵を描けるほどに、快復していた――



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