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すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~  作者: 水川サキ


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44、静かな夜に伝わる熱

 光の絵は、形や色を正確に写しとることはできない。

 ただ、人の心の中にある“想い”を淡く映し出すだけ。


 たとえ彼のために私の肖像画を描いたとしても、実際に私の顔を彼が見ることはできないのだ。

 けれど――



「……わかったわ」


 私は夜空に向かって手を掲げた。

 月光の下に光を帯びた線がいくつも重なっていく。

 それはどんどん広がっていき、だんだんと形になってくる。


 なぜこのようなことができるのか、私はいまだにわからない。

 人によっては私が魔法を使っているように見えるだろう。

 けれど、何か特別なことをしているわけではなくて、ただ、光の中に絵を描いているだけ。



 仕上がった光の絵はドレスを身につけた女の姿だった。

 けれど、それは私が知っている自分とはどこか違っていた。


 そこにいたのは、まるで女神のように美しい女性。

 エリオスの心の中の“私”なのかもしれない。


 あまりに眩しくて、恥ずかしくて、思わず視線をそらしてしまう。



「よく見える。君はやはり、綺麗な人だ」

「……違うわ。私はもっと地味なドレスを着ているし、体型も痩せすぎて貧相よ。顔だって平凡なの。きっと実際に見たら、落胆するに決まっているわ」

「では、実際に触って確かめてみてもいい?」


 思いがけない返答にどきりとした。


 まさかそんな返しが来るなんて――



 エリオスの言葉はあまりに突拍子もないものだし、常識的に考えても到底受け入れられるものではない。

 婚姻前の令嬢に触れてもいいかなんて、婚約者でもない殿方が言っていい言葉じゃない。


 だけど――


「……いいわ。少し、くらいなら」


 拒絶しない私もおかしいのかもしれない。

 それでも、エリオスには触れてほしいという気持ちのほうが強かったから、拒む選択肢なんてなかった。



 私はそっと彼の手を取り、自分の顔に導いた。

 自分でも信じられないほどの行動に、顔が熱くなる。


 彼の指がためらうように私の頬をなぞる。

 その感触があまりに優しくて、胸の奥がきゅっと痛くなる。


 頬、耳、鼻筋、そして唇。

 指先が触れるたびに鼓動が速くなり、息が詰まりそうになる。

 体の奥から熱がせり上がってきて、どうしようもなく彼を意識してしまう。



「ずいぶん熱い。熱でもあるのだろうか?」

「それは……あなたのせいよ」

「そうか。では責任を取らなければならないね」

「えっ……」


 エリオスは私の背中に腕をまわして、私を抱き寄せた。

 一瞬、何が起こったのかわからなくて目を見開いた。

 すると彼は次にとんでもないことを言った。



「生涯、君を守るから……ずっとここにいてほしい」


 彼の低く落ち着いた声が、静寂の中に響く。

 私は呼吸を忘れるほど驚いて、彼を見つめたまま固まった。


「そ、それは……」

「俺の妻になってほしい」


 あまりにもまっすぐな言葉に、思考が追いつかない。

 ただ胸の奥で、何かがほどけるような音がした。



「そんな……っ」


 まさか、こんな形で彼に想いを告げられる日が来るなんて――


 驚きと戸惑いで、言葉がうまく出てこない。

 けれど、彼は少しも視線をそらさず、私をじっと見つめたままだ。


「嫌なのか?」


 その問いに、私は慌てて首を振る。



「嫌じゃないわ。けれど、あなたには縁談話がたくさんあるでしょう?」

「俺が心から惹かれたのは君だけだ。君の容姿ではなく、内面に惹かれた。俺のそばにいてほしい」


 エリオスの声は低く穏やかだけど、その中に熱を帯びているのがわかる。

 私は息をするのも苦しいほど、胸が高鳴っている。


 これほどまでに誰かの想いがまっすぐに伝わるのは初めてで、緊張と喜びと衝撃が絡まった複雑な心境だった。



「ひょっとしたら、君にはもっといい縁談話をハルトマン家が用意してくれるかもしれないが、それでも俺は諦めたくない」


 その言葉に、私は目を伏せて小さく笑った。

 頬が熱くなり、涙がこぼれそうになる。


「縁談なんていらないわ。私も、あなたと一緒にいたいもの」

「それは、俺のプロポーズを受けとってくれるという意味でいいのだろうか?」


 私はそっと彼の手を取り、指先を重ねた。

 彼の手のひらは温かく、包み込むように優しい。

 いつも私を励ましてくれる、がっしりして安心する手。



「本当に、私でいいのかしら?」

「君がいいんだ、レイラ。ようやく堂々と言える。君のことが好きだ」


 その言葉を聞いた瞬間、嬉しくて頬が緩んだ。

 目頭が熱くなって、揺れる視界に彼の顔を見つめながら、私も想いを伝えた。



「私もよ。あなたのことが好き」


 静かな夜が、私たちをふたりきりの世界で、温かく包み込んでいるみたいだった。



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