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アオジル

「お兄さんどこから来たの? 弓持ってるってことはもしかして魔物退治の人?」


「うん、コルマトンから来たんだ」


「えっ、ちょっと待ってその団章って聖火の鏡じゃん! えっやだすごーい!」


「そこの2人もそうだよ。一緒にパーティを組んでるんだ」


「へー」


ファレーゼはプラヴィアルの東西南北に加え外国の文化をも取り入れた街だ。建築物、書物、食文化、服飾品。様々な場所から人々が集まる国内でも特に活発な都市のひとつだ。そんな街で昼食をとるために入った店で、エルヴィスは隣の席の見知らぬ女性たちに言い寄られていた。


「よければ案内するよぉ? ファレーゼって広いから慣れないうちは大変だし」


「ありがとお姉さん。またの機会にお願いしたいな」


「その人たちも一緒でいいからさぁ」


「ごめんね、僕たち観光じゃなくて仕事で来たんだ。この後待ち合わせもあるし」


エルヴィスが女性たちを相手にしている間、アルヴィンとカサネは隣を気に留めることなく食べ進めた。カサネが生まれた地域では珍しいものではなかったが、アルヴィンは食べ方が分からずフォークに麺を巻き付けた。


「俺これ初めてです。香ばしい匂いがしますね、この麺。汁は結構塩気強いですね……もうちょっと薄い方が飲みやすいかも」


「アルヴィンそれ飲むんじゃなくてつけるやつ」


「この緑色のやつはナッツのペーストか何かですかね」


「アルヴィンそれそのまま食べたらやばいやつ」


「ちゃんとした食べ方があるんですね、これ、この……ソービャでしたっけ」


「惜しい惜しい、ソバね、ソバ」


食べ方自体は知っているものの、カサネも箸の使い方は拙い。6歳の時にアケカゼ領を離れてから使う機会がなかったからだ。しばらく格闘していたが結局アルヴィンと同じようにフォークで平らげた。


「それじゃあそろそろ……エルヴィスお前、まだ食べてないのか」


「あはは、ごめんすぐ食べるよ」


「お兄さんエルヴィスっていうんだねぇ、ごめんね話し過ぎちゃって」


「というかちょっと待って……あたしらも戻んなきゃだわ!」


「えっなんで……あーそっか今日の実演の時間って変更なんだっけ! じゃあねぇエルヴィス、次会ったら楽しいことしようねぇ」


ぱたぱたと慌てて駆けていく女性らを見送って、エルヴィスは勢いよく麺を啜った。1人だけ大盛りの麺を片付けるのには少々時間がかかりそうなので、カサネは再び品書きを手に取った。


「なんか甘いの食べよっかなー、アルヴィンは?」


「そうですね、俺もたまには食べようかな」


「あっ僕も!」


「まずそれ食べ終わってからな」


極東の地方の料理が並んでいるが、カサネは然程自身の生まれた地について詳しくない。甘味に至ってはほとんど知らない。とりあえず、と頼んだゼンザイを口に入れて首を傾げた。


「んー、私これあんまりかも」


「じゃあ俺のと交換します? このえっと……アンミツと」


「んーん、あんね、この小豆が微妙っぽいんよね。普通にマフィンとかガレットとかの方が好きだわ」


「あー、俺のにも乗ってますもんね」


「じゃあそのゼンザイは僕が食べるよ」


「だからお前はソバを食べ終わってから、って早いな」


カサネは新しくダンゴを注文した。7種類の内ひとつがまた小豆を使ったものだったため、エルヴィスはゼンザイだけでなくそれも有り難くいただくことにした。


「そういえばさっきの子たちさー、あれラガラウェスの学生的な感じよね」


「そうみたいですね。ラガラウェスって、あんまり詳しくないんですけど誰でも勉強できる場でしたっけ」


「そうそう」


ラガラウェス学院ではウィーガルを払えば誰でも自由に学ぶことができる。科目によっては講義だけでなく演習や実習がある。全て終えた後の試験に合格すれば修了証とコインが与えられ、それらは時に仕事や生活の中で活きる。雇われにしてもコインがある方が重宝される。


「魔物退治とかって歳とっても続けんのつらたんじゃん? 若い時だけ必死にやって稼いで、それでラガラウェスでコイン貰って別の仕事をするって人も割りかしいるよ。てか魔物退治の冒険者って大体そうするか死ぬかだかんね」


「てことは聖火の鏡の人たちもいずれはそうするんでしょうか」


「んーん、どーだろ。うちは魔物退治が一番向いてるって人ばっかだし。ライアンさんはコイン何枚も持ってんのに結局戻ってきたしねー」


「カサネさんもそんな感じがします」


「そーね、まあ精霊樹に枝貰っちゃうくらいだし。ところでそろそろ出よっか? エルヴィスも食べ終わったみたいだし」


追加のデザート3人前を綺麗に平らげたエルヴィスは、満足気に口を拭いて煎茶を啜った。アルヴィンがいつの間に頼んでいたのかと呆れ半分で眺めていると、カサネが当然のように注文用紙を手に取った。


「あっちょっとカサネさん! それください、俺が払いますから」


「いいっていいって」


「ダメですって、半分はエルヴィスが食べた分ですし。さすがに申し訳ないです」


「余裕だって、子どもは奢られておきなって」


「いえ、お願いですから払わせてください」


「えー? なしてよ、気にしなくていいんだって」


「ダメです。奢って貰ってばっかりで、そういうのは対等じゃないです」


いつも意地でも払おうとするカサネに対してさてどう言ったものかと、アルヴィンは次の返しを考えたがカサネはぴたりと口を閉ざした。しかしアルヴィンが不思議に思いながら用紙を奪い取ろうとすると、やはりカサネは背中にそれを隠した。


「対等?」


目を瞬かせたカサネが、居心地の悪そうな顔で下唇を噛んだ。その隙を狙ってエルヴィスが横から用紙を奪い取りアルヴィンに手渡した。


「あ」


「少しは払わせてください。ご馳走して貰うのが当たり前の年齢差でもないんですから」


「そうそう、ここはお願いって言ってくれるくらいでいいんだよね」


「言っとくけどエルヴィスはもうちょっと抑えろよ。なんだお前デザート4人分て」


用紙を奪い返そうとはしないが、カサネは不服そうな表情のままだ。アルヴィンはそれを見て、出発の数日前にルクフェルの言っていたことを思い出した。


カサネは実力があるし十分立派にやってるだろ。だからだろうな、自分の子どもっぽいところを自覚していないんだ。いくら君たちを気に入っているとはいえ、急に着いて行くなどと言い出して困っただろう。カサネはあれで結構寂しがりやだし存外に頼りないだろうがよろしく頼むよ。


「それじゃあさ、ここのお会計は僕らで、露店で売ってたジュースおねだりさせてよ。美容と健康に良いって謳ってて女の人に人気っぽかったなあ」


「マ? それもう行くっきゃないじゃん!」


「健康か……俺も興味あるな。どんなだろうな」


「なんか緑色だったなあ。名前はたしかえーと、アオジルだったかな」


「アオジル? 初めて聞いたな。カサネさん、俺もおねだりしていいですか」


「おけおけ。やば、それ飲んで絶世の美女になるわ」


ふにゃりと口元を緩めたカサネが首を縦に振った。かくして3人は本来の目的そっちのけでアオジルを飲みに向かい、揃って渋い顔で啜る結果になった。


一方ラガラウェス学院の庭園では、女性たちがクッキーを摘みながら芝生の上で寛いでいた。顔見知りが気ままに過ごすのを見たレナルドは不機嫌そうに目を細めた。


「君たち、いつも言っているがそれはだらしないじゃないか」


「うわうるさいのが来た」


「うるさくない! 普段の私はそれはそれは寛大で思慮深く懐が深いじゃないか、つまり君たちが目に余るということさ!」


「いやめっちゃうるさ……あーあ、本当ろくな男いないんだから。今日見かけた子とも遊べなかったし」


「ねー、あれ逃したくなかったよね。名前なんだっけ、エルヴィスだっけ?」


「え?」


レナルドは目を瞬かせた。しかしいやまさかと首を振った。同じ名前の人間などよくいるものだ。


「いやもうさ、あんな綺麗な顔した人間初めて見たわ」


「エルヴィスさんだ!」


「ねー、超イケメンだったよね、あんな男が彼氏だったらめっちゃアガるわ」


「なんだ男か、エルヴィスさんじゃないな」


「やーでも逆に隣歩きたくないわ。あのサラッサラの金髪見た後に自分の枝毛とか見付けたらなんか落ち込みそう」


「やはりエルヴィスさんだ!」


「いやでもやっぱり1回くらいあんなのと付き合ってみたいよ。しかもさあ、体格がめっちゃ私好みだったし。肩と背中のゴリゴリじゃないけど普通よりちょっと出来上がってる感じ」


「可憐じゃないのか、それはエルヴィスさんじゃないな」


「あー、弓持ってたもんね、結構背中使うらしいよね。魔物退治って言ってたしね」


「エルヴィスさんじゃないか!」


「ねえちょっとなんなのさっきからマジでうるさい! 何食べて育てばそんなウザくなるの!」


レナルドは罵倒を気に留めず小さく笑い出した。なんか悪口言われて笑ってんだけど気持ち悪っ……と重ねて言われたが、彼の耳には入っていない。


「その人は一体どこで見かけたのかな」


「えーと、ローデ区の3番通りのソバ屋だけど。というか今行ってももういないでしょ。知り合いかなんか?」


「まさかバーウェア領を離れて再び巡り会うとは……これこそ運命! あの時の失恋は過程でしかなかったのだ、今こそ実る時! ありがとう君たち!」


「えぇー……?」


レナルドは元気に駆け出した。突っ込みどころが多く咄嗟に反応できなかった彼女らは、その後ろ姿を見送りつつ顔を見合わせて再びクッキーを齧り出した。気の移ろいやすいもので、別の話題が始まり盛り上がるまで然程時間はかからなかった。

おふざけでミル◯ボーイ風のやり取り入れてみました。


アルヴィンとエルヴィスはそれぞれ月に1200ウィーガルのお小遣いで、それ以外は基本的に財布は一緒です。別々にしたらエルヴィスは食費で大部分が消えるので。


ラガラウェスで貰えるコインには名前や講義名や取得した日が彫って貰えて、偽造防止のために色違いの2枚にそれぞれ番号がついてます。雇った人が不審に思ってラガラウェスに問い合わせれば確認してもらえます。さすがにそこまでは描写してないですが。


ちなみにカサネの食べたダンゴの中に味噌ダレを塗ったものがありますが、大豆よりも小鳥豆の方が栽培が簡単なことからこの世界では小鳥豆の方が普及していて、本場は大豆の味噌ですが他の地方では小鳥豆の味噌が一般的という、くっそどうでもいい設定があります(大豆は虫対策が大変なので)。カサネが食べたやつも小鳥豆の味噌です。

ファンタジー世界の料理とか漫画飯とかめちゃくちゃ好きなんですよ……。無駄に考えたくなります。

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