時間停止
ラガラウェス学院で学ぶ者は、所定の金額を払えば宿舎を借りることができる。多少値の張る広く設備の充実した部屋は、それでもバーウェアの屋敷には遠く及ばない。しかし実際に過ごしてみると十分快適でレナルドは満足している。最初こそ芸術品を好きなように置けないことを悲しんでいたが、いざ置かないと飲み込んでしまえばもっと狭い部屋でも十分だと思ったくらいだ。実際バーウェアの屋敷のレナルドの部屋は芸術品と自作の食器が3分の1を占めている。だがそれはそれとして、新しくできた友人たちと集まることができるので今の部屋を借りたままにしている。
広くて羨ましい、自分もこの部屋を借りたい、だがそこまでの余裕はない。友人たちは皆そのようなことを言う。レナルドは友人たちがそうしているように所持金が残りいくらかあまり気にしたことはない。ファレーゼに来てから消費が減り、それでも変わらず送られてくる仕送りは積もっていた。
「ついに使う時がきた! 私の言う人物を見付けてきてくれた者にはなんと10万ウィーガルを――」
「いやなにしてんのお前」
スパァァン、とレナルドの後頭部で高らかな打撃音が響く。友人からの平手打ちを受けてレナルドは大袈裟に頭を摩った。
「なんだねいきなり、暴力には断固として反対するぞ!」
「教育的指導みたいなもんだろ。お前がそうやって触れ回ってるおかげでどいつもこいつも探し回ってるぞ」
「それの何がいけないのかね」
「先生まで探し始めて時間を忘れて第二試験の開始が遅れた」
「それは……たしかにダメだな。やはり撤回して自分で探すべきか」
「それはもう手遅れだろうけどなんか面白そうだから俺も行く」
友人の青年はレナルドが探す人物に興味が湧いた。聞いた話では美形の男らしいが本人は美女だと言い張っていて、美女ならば是非一目見てみたいと思ったのだ。実の所、レナルドとその友人たちは似通った部分があるためか揃いも揃って異性にモテるとは言い難い。特技もあり容姿も性格も特に悪いわけではないが、残念ながら周囲の女性には魅力的に映らないらしい。
「君……なにか企んでいるだろう」
「えっなんで?」
「先に言っておくがエルヴィスさんに相応しいのは、家柄が良く知的で芸術の才があり見目麗しい私のような人間だぞ!」
「えっ、うん、エルヴィス? それってつまり男……いや、お前の恋に口出しする気はないけど」
「なんて失礼なことを言うんだ。たしかに男性的な名前だが実に美しい女性さ。それだけじゃない、聡明で行動力があり前向きで心優しくまるで天使のような輝きの」
「お、おお、分かった分かった、素晴らしい女性……なんだな、うん」
男性的というか完全に男の名前なんだよなあ……とぼやく友人の声は耳に届いていないらしい、レナルドは手鏡を見ながら髪を整えて意気揚々と跳ねるように門へ向かった。友人はとりあえず考えるのをやめて着いていくことにした。
「しっかしまさかファレーゼ全体をしらみ潰しに探そうってんじゃないよな?」
「ふふふ……実はエルヴィスさんは食べることが好きで、特に甘いものに目がないんだ」
「はあ」
「つまり! 評判の良い菓子店や喫茶を絞って探せば遭遇する可能性は上がる!」
「めっちゃ雑」
「とりあえずは例のタルトの店だ! あそこの看板商品はリドゥベリーをふんだんに使っているからエルヴィスさんの目にも魅力的に映るはずさ!」
「あまりに雑」
恐らく美女などいないのだと悟った友人は、しかし旺盛な野次馬根性に引っ張られてレナルドの横についた。
舌の肥えたレナルドが通う喫茶店のタルトはたしかに評判が良い。しかしレナルドの目当てはタルトよりも彫刻だ。店主が彫った木製のフクロウを見て目を輝かせ、譲ってもらえないかとしつこく通っては断られているのだ。
他の客が見向きもしないフクロウを見初められたことが誇らしいのか、店主は口では悪態を吐きながらいつもどこか嬉しそうにレナルドを叩き返している。なお店主の妻はあんなものいくらでもあげればいいじゃないと呆れている。
「レナルドって実家にいた頃は芸術品ばっか集めてたんだろ? 逆に今よくそんなもんで済んでるよな」
「まあ、小さい頃は美術品に囲まれていたわけではなかったのでね。最近はなんだか宿舎の飾り気のないもの寂しさに懐かしささえ感じるのさ」
「それがどうしてこんな理解ふの……情熱的な芸術品好きに」
「そうあれは14年前……当時7歳だった私に衝撃的な出会いが訪れた!」
「あ、いいですいいです」
両腕を勢いよく広げたレナルドだったが、友人に面倒臭そうに首を横に振られ不服そうに腕を下ろした。そうこうしているうちに目当ての店に到着して、レナルドはそわそわと視線をあちらこちらに散らせながら店内に入った。
「いらっしゃ……ああ、レナルドちゃんね。あんた、レナルドちゃん来たわよ!」
「本日は確かめたいことがあってやってきたのだよ、主人!」
「ケッ、なんだなんだ、どうせどうすればフクロウを譲ってもらえるかとかだろ。言っておくがこれは俺の震える魂を表した唯一無二の芸術だ! 例え金塊だろうと霊薬だろうと――」
「美女が来なかったかね? 絹のような金髪に宝石のような青い瞳の、それはもう同じ人間とは思えないほど美しい女性なんだが!」
「へ?」
「ん? もしや見覚えが?」
「いや、え、フクロウは?」
「フクロウ? ああいや、今日はそれよりもエルヴィス・ネイサンという美女を探しているんだが」
「えっ……フク、ロウ……は?」
店主の妻が吹き出した。レナルドがそれを見て不思議そうにしているのを見て、接客していた息子までもが笑い出した。
「出てけお前! 出禁! お前なんか出禁だ!」
涙目の店主に叩き出され、レナルドは何が起こったのか分からず目を瞬かせた。友人はなんだか切なくなった。
「なんなんだ一体、まったく失礼じゃないか!」
「いやそうだろうけど店主さんもちょっと可哀想な気もしなくないような」
「ふん、まあいいさ。気を取り直して次だ! 他に評判の良い菓子店は知らないかい?」
レナルドは勢いよく立ち上がった。しかし友人からの言葉が返ってこないので訝しんで振り向くと、彼は呆れた表情で固まっていた。
「なんだねその顔は」
またしても返事はない。レナルドはそこで違和感に気が付いた。彼は瞬きひとつしていないのだ。そして賑やかなはずの街は静まり返っている。
「……へっ? いやいやいや、私は冷静かつ知的な男、どんな時でも取り乱しはしない!」
レナルドは辺りを見渡して何が起こっているのか考えた。転びかけて体勢が傾いている子ども、爪先で地面を蹴り出している者。不安定な姿勢の人々がそのままの状態を保っている。極め付けに宙を舞う木の葉が流されることも落ちることもなく浮いたままだ。
「時間が止まっている……?」
到底自然には起こり得ない不可思議な現象。そしてレナルド自身には効かない。そこから割り出せる答えはひとつだけだった。
「魔法か」
雷ではないのでセルゲイの仕業でないことは分かるが、この魔法の持ち主が味方である保証はない。何と言っても今この街にはエルヴィスがいる、つまりアルヴィンも一緒にいるのだろう。セルゲイに仲間がいる可能性もあり、一時的に逃れてもう安心だとはならないはずだ。少なくともレナルドはそう考えている。
「失礼、後で返しにくるのでね。拝借するよ」
ファレーゼは文化と知識の都だ、武具は取り寄せでもしない限り簡単には手に入らない。レナルドが剣術を練習する時も木製刀、真剣も徹底的に刃引きしてあって人を斬ることはない。
この街で常に武器を携帯しているのは自警団くらいだ。たまたま近くにいたひと回り近く歳上の男性の腰から剣を抜き取りはしたものの、レナルドがそれを使いこなせるかというと否だ。とは言えこの状況で丸腰で動き回るわけにはいかない。この空間で動けるのは恐らく自分だけであって迷う余地はないのだと、レナルドは急いで駆け出した。
途中で気付いたんだけども、章の名前がアケカゼ領編になってたので直しました。アケカゼはこの次だったよてへぺろ
ちょっと仕事がガチのマジで立て込んでいるので、元々ハイパー遅い更新ペースが、1月くらいまで更に落ちるやもしれないです。仕事早く終わったらまた書けるから頑張って終わらします。




