宿敵
エルヴィスはなんとか半分まで飲み進めたアオジルの残りに目を落として、ふと空気に魔力が満ちたことに気が付いた。顔を上げれば周囲の物や人々は静止していた。
「うわぁ」
久しぶりに珍しい魔法を見て呑気に感心したエルヴィスだが、前方から多量の魔力の持ち主がやってくることに気付いて顔を伏せた。
魔王に対するために作られた性質上、精霊には魔法が通用しない。とは言え魔法使いに強いかと言われればそうではない。聖火の鏡を除いて人間を傷付けないのも精霊の性質のひとつだ。精霊が強いのはあくまでも魔力に対してなのだ。
仮に相手が周囲の人間全てを巻き込んだ大規模な魔法で大勢の死傷者を出そうが、精霊に人間を殺す力はない。もし相手を止めるのであれば聖者の金杯ではなくエルヴィスとして、肉体と弓一本で戦うしかないのだ。なるべく敵対したくないので魔法にかかっている振りをした。
エルヴィスはこんなことをやってのけた人物が悪人でないことを願った。しかしその魔力には覚えがあり、案の定道の向こうから現れたのはエルヴィスにとっての善人ではなかった。見知らぬ髪の短い女性の隣にいるのは見覚えのある魔力の持ち主のセルゲイだった。
「セルゲイさん、ここですか」
「はい。ほら、あの赤毛の彼です」
「そうですか……」
「ぼーっしないでくださいね」
「あ、はい」
無気力そうな表情と焦点の合っていない目で空を見上げた女性は、セルゲイに注意されて視線を下げた。
エルヴィスは彼女に危険は感じなかった。アルヴィンとウィツィもそうしているように魔法とは頭で使うものだ。だと言うのに女性は意思や目的を持って使っているようには見えない。彼女の魔法はうまく使えれば強力だが、少し気を乱されたりぼんやりすれば簡単に解けてしまうものだろうと判断した。問題はセルゲイだ。
「本当は1人や2人くらい殺して欲しかったんですけど、この際致し方ないですかね」
セルゲイがつかつかとアルヴィンに歩み寄りその手を伸ばした時、エルヴィスは魔法にかかった振りを止めた。セルゲイの手首を掴み思い切り突き飛ばした。
「な!?」
「こんにちはセルゲイさん、久しぶりだね」
当然停止していると思った人物に攻撃されたのだ、大層驚いたようでセルゲイは目を丸くして無愛想な顔を歪めた。
「僕のこと分かる?」
「エルヴィスさんですよね。なんだか印象が変わりましたが。不思議な人だとは思っていましたがまさか時間停止が効いていないとは驚きです」
「セルゲイさんはなんか顔に大きな傷ができてるね。というか、本当にアルヴィン狙ってたんだね。しかも未だに」
「やはりレナルドに吹き込まれましたか」
セルゲイは舌打ちしてエルヴィスを睨み付けた。彼の指先で雷が散ったので、エルヴィスは腰のナイフに手を掛けた。採取用のナイフで刃渡りは短いがこの距離で弓を構えているだけの時間はない。
「やっぱり魔法使いだったんだね」
「やっぱり、ですか。あなたがいなければもう少しうまくやれたのですが。最初から勘が鋭過ぎる人だと思っていました」
「そうでしょ。僕がいて良かったよ、アルヴィンって悪意とかに鈍いから」
「……邪魔ですね」
「だったら? 時間を止める魔法が効いてない僕に、その雷が通じると思ってる?」
エルヴィスが周囲の気配を探った限りでは、他に大きな魔力の持ち主はいない。短髪の女性からは敵意が感じられずセルゲイ自身も雷以外の武器は短剣のみだ。エルヴィスに魔法が通じないのは想定外で、手早く用事を済ませて撤退するつもりだったのだろう。
「あなたに通じなかったからと言ってそれがなんだと言うんです? 人質を」
「とったところで傷付けられるの? 人の時間も止まってるのに傷はできて出血もするのかな。人質とるならそういうこと言ってる間にとればいいと思うんだけど」
「……本当に可愛くない」
「セルゲイさんは可愛いよ、アルヴィンのためにわざわざ強力な魔法使いまで連れてくるひたむきさとか。ごめんね、危害が及ぶのが僕だけなら引っ掛かってあげてもいいんだけど」
セルゲイの目蓋がぴくぴくと動く。多くを見透かしているようなエルヴィスとの会話は彼の心をこの上なく逆立てた。実年齢はともかくとして外見は未成年だ、そんな彼に可愛いなどと言われるのはセルゲイにとっては軽侮だ。
「あれ、もしかして他に仲間いる?」
「は?」
「違うの? 停止してない人が3人いるみたいなんだけど。1人はなんかウロウロしてるけど、2人は一緒にいてこっちに向かってきてるよ」
「何の話ですか」
どうやらセルゲイの味方ではないらしい。エルヴィスが感知した内、3人中2人はごく僅かな魔力しかないので少なくとも魔法使いではない。魔法が通用しないと言えば精霊だが、だとすれば魔力があるはずがない。
「まあ、そっちの仲間だとして問題はないけど」
「随分強気ですね」
「僕にも仲間はいるしね」
「あなたの後ろで固まっている2人のことですか?」
「そうだよ。特にこの女の人はすごく強いからね」
「置物に頼るとは頭がおかしいようで安心しました」
エルヴィスはカサネを一瞥してセルゲイに向き直った。こうなればやることはひとつ、時間稼ぎだ。
「セルゲイさんさ、ちょっと訊きたいんだけど。どうしてアルヴィンのこと狙ってるの?」
「あなたには関係のないことです」
「そんなこと言わないでよ。もしかしたら助けられるかもしれないでしょ」
「助けられる?」
「セルゲイさんの目的ってアルヴィンそのものではないでしょ。その先になにかやりたいことがあって、アルヴィン自体は手段に過ぎないんじゃない? だからその目的を教えてよ。僕だってアルヴィンに害がないならこんなに頑張って邪魔する必要ないんだからさ。なんなら協力だってできるかもよ」
セルゲイはエルヴィスを嘲るように笑った。賢いように振る舞いながら口から出る言葉はあまりに楽観的で、セルゲイに所詮まだまだ子どもなのだと油断させた。
「強力な魔法の持ち主全てが私の標的です。目の前にいるのにわざわざ逃すという選択肢はありません。残念ながらあなたの提案は受け入れられません」
「そっかあ、なら仕方ないよね」
セルゲイは躊躇いなくエルヴィスに雷を放った。しかし案の定それはエルヴィスに届いた途端に四散していった。
「ごめんね、セルゲイさんももちろん可愛いんだけどさ。アルヴィンの方がずっと大事なんだ」
鞘から取り出された銀色の刀身が輝いた。魔法が通じないエルヴィスに対してセルゲイは圧倒的に不利だ。しかも魔法使いを探す活動ばかりしていて訓練もしばらく受けていない彼の身体能力は、当然現役の冒険者より劣る。それでもアルヴィンを諦めたくないセルゲイはエルヴィスを睨み、その向こう側からやってくる人物に気が付いた。
「……ふふ」
「あ、誰か来た」
「ええ、私の知人です。残念ながらあなたの味方ではありませんね」
「そっかあ、挟まれちゃったなあ」
エルヴィスはセルゲイに背を向けることはなくナイフを向けたままだ。やってきた2人はそんなエルヴィスを背後から攻撃することはなく、むしろ気にも留めていない。
「久しぶりだなセルゲイ。アリサまで連れてきて、まだこんなことやってんのか」
「え、セルゲイさんいるの?」
現れたのはロディオンとパウロスだ。呆れたような、しかしどこか切なそうな幼馴染の表情は相変わらずで、セルゲイは鼻で笑ってやりたくなった。
「あんたも会うのは久々っすよね」
「うん、偶然だなセルゲイさん! 今何してるの? というかなんか急に周りが静かになったけど、セルゲイさんこれ何か分かる?」
「……は?」
セルゲイは目を丸くした。パウロスは最後に会った時とまるで様子が変わっていないのだ。まさかロディオンは何も教えていないのかと驚愕したが、ならば都合良く使ってやろうかと声を張り上げた。
「パウロスさん、後で教えるので協力してくれませんか」
「セルゲイ」
「えっ、なになに?」
「ロディオンのことは気にしなくて構わないので。とりあえずこちらに来ていただきたいのですが」
「セルゲイ!」
パウロスは突然のロディオンの大声に肩を跳ねさせた。彼らが自身に攻撃する気はないと判断したエルヴィスはひとまず安堵した。そして先程のロディオンの大声でこちらの居場所に気付いたらしいもう1人が向かってきて、その魔力に覚えがあることに気が付いた。以前よりも随分小さくなっていたためすぐに気付けなかったが親しみのある魔力だった。
「我が憎き宿敵の名を叫んだのは誰だね!」
エルヴィスが見据えるセルゲイの向こう側の曲がり角から現れたレナルドは、剣に手をかけながら高らかに叫んだ。
どうして私は所謂長文タイトルを考えるのが苦手なのか考えてみたのですが、そういえば私タイトル思い付いてから内容考えるタイプでした。
あと登場人物によるタイトルコールが好きなんですよね。長文タイトルだとそれができないですからねー、読者さんからすると長文タイトルの方が内容分かりやすいんでしょうけど。
できることと言えばせいぜいサブタイトルつけるくらいだけど、言うても魔術師の慚愧、魔王の安息って大して内容伝わらない気もする。ファンタジーってことくらいは伝わるかな。




