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暖炉の前で、ジニーがダレンに紅茶を注いでいるのを、リリーは黙って見つめていた。
まるで女主人のような、しっかりとしたジニーの手付きに感慨深いものを感じる。
お茶会は、いわば女性たちの交流の場だ。
幼かったジニーも、お茶会を開くほど立派なレディーに成長したのだと思うと、本当に嬉しかった。
とは言うものの、ダレンがいる時点で、これは正式なお茶会ではない。
どちらかと言うと、家庭的な、身内用のものだ。
リリーのことを親密な対象として扱ってくれるジニーに、内心で笑みを溢していると、当のジニーがこちらを向いた。
「良かったら、もう一杯いかがですか?」
「ありがとう。じゃあ、お願いするわ」
ダージリンの爽やかな香りに包まれる。
まさに至福の時だ。
「今日は来てくださってありがとうございました。急なお誘いだったのに」
「気にしないでちょうだい。そのおかげで、好物のスコーンにありつけるんですもの。これ以上の幸せはないわ」
「ふふ。じゃあ、たくさん召し上がってくださいね」
そこまで言って、ジニーはハッとしたように口元を押さえた。
「いけない!クロテッドクリームがもうないわ」
「え?ああ、でも構わないわ」
「そうはいきません!わたし、取って来ます!」
呼び止める間もなく、部屋を出て行ってしまったジニーに、リリーは首を傾げた。
使用人に頼めば済むことなのにと、ぼんやり考えていると、ダレンが苦笑した。
「騒がしい娘で申し訳ない。今日はずっとあの調子で」
「何かあったのですか?」
「ええ。でも、わたしが言うとあの子はへそを曲げてしまうから。自分で直接言いたいんだと思います。だから、もう少しだけ待ってやってください」
「それは構いませんが」
「ありがとうございます」
ダレンの様子から良い知らせなのだろうなと、リリーは思った。
であれば、待つのは苦ではない。
ジニーにとっての幸せは、リリーの幸せでもあったから。
「ところで、その……」
リリーはチラリと傍に控える使用人たちに視線をやった。
それだけで、ダレンはすぐに察したらしい。
穏やかな口調で、言った。
「レイチェルのことでしたら、心配ありませんよ。そうだろう?」
最後のセリフは年配の家令に発せられたものだ。
家庭教師時代、リリーもお世話になった人で、ダレン同様、穏やかな人物として印象に残っている。
その家令は、ダレンの問いに対し、丁寧に頷いた。
「こちらの仕事にも慣れたようで、毎日よく働いてくれていると、家政婦からは聞いております。他の使用人からの評判も良いようですし、わたくし共も大変助かっております」
リリーは思わず安堵した。
ここの家政婦とも面識があるが、彼女が大丈夫だと請け合ってくれるなら、心配することはないのだろうと悟って。
「もしかして、レイチェルのお話ですか?」
尋ねられ、振り向く。
そこには、ジニーが立っていた。
クロテッドクリームを携えていない辺り、使用人に任せるべきだと、途中で気付いたのだろう。
内心で微笑みながら、でもそのことには触れず、リリーはただ頷いた。
「やっぱり!わたしはレイチェルが来てくれて、とても嬉しいです。明るくてお喋り上手だから、毎日が楽しくて。いつも沢山お話をするんですよ」
「お前が、レディー・リリーの話をせがむからだろう」
「わ、わたしですか?」
唐突に、自分の名があがり戸惑っていると、ジニーが悪戯を見つかった子どものように唇をすがめた。
「だって、レイチェルはわたしの知らないレディー・リリーのことを沢山知っているんですもの。訊きたくなって当然だわ。あ、もちろん、個人的なことは答えてくれませんよ?でも、わたしが刺繍を失敗して落ち込んでいると、レディー・リリーはこういう風に針を動かすと上手に出来ると言っていましたよってアドバイスをくれるんです」
「レイチェルが?」
「はい。レイチェルは、きっとレディー・リリーのことが大好きなんですよ。だって、あなたのことを話している時、いつも嬉しそうに笑っているんですから」
リリーは思わず涙を堪えた。
解雇して以来、レイチェルには恨まれているかもしれないと思っていた。
が、レイチェルは新しい職場で元気に働いていて、リリーの話もしていると言う。
ーーあの子ならきっとわかってくれます。
アンがそう言ってくれたことを、ふと思い出し、リリーの表情は自然と明るくなるのだった。
それから小一時間ほど経った頃だろうか。
ジニーが見てほしいものがあると言い出したので、リリーは久しぶりにジニーの私室へと足を踏み入れた。
入ってすぐに、リリーの視線はそれに向けられた。
「まあ、素敵なドレスね」
白色を基調としたハイ・ウエストのワンピースドレスに、思わずため息が漏れる。
上等な品だとすぐにわかるそれを、ジニーは嬉しそうに見せてくれた。
「とあるデザイナーに作ってもらったんです。世界に一つだけの、わたしのドレスなんですよ」
「わかるわ。白だけれど、あなたの肌や髪の色に合うように、淡い色合いにしているもの。もう袖は通したのかしら」
「先日お披露目しました。特別な出来事があったので」
「特別?」
「はい。今日、あなたをお呼びしたのも、それに関係があるんです」
「大事なお話みたいね。聞かせてくれる?」
「もちろんです。実は、わたし、婚約が成立しました」
リリーは、ハッとしたようにジニーを見つめた。
恥ずかしそうにはにかむ姿が可愛い。
「まぁ、ジニー!本当におめでとう!」
ジニーの手を取り祝福すると、ジニーは破顔した。
「レディー・リリーには、真っ先に伝えたかったんです」
「光栄だわ。本当に良かったわね。今日はなんておめでたい日なのかしら」
「ありがとうございます」
社交界シーズンが始まって間もない頃、結婚に悩んでいたジニーを知っているだけに、リリーとしても大変、嬉しかった。
やはりお相手は、あの好青年のライリー子爵だろうか。
ダンスをしているジニーと子爵は、傍から見ていても大変似合いの二人だった。
「社交界デビューの時のダンスパーティーを覚えていますか?彼と出会ったのは、その時なんです。これを見てください」
差し出されたのは、いわゆるダンスカードだった。
ダンス相手を記入する予約帳みたいなもので、リリーも若い頃、使ったことがある。
ーーあ、Reillyって書いてあるわ。
カードを見るに、子爵とは二度ほど踊っているようだ。
リリーが見たのは最初のダンスだけだったが、よほど楽しかったのだろう。
子爵とはその後も二度ほど踊っているようだ。
ーーあら?この最後に名前があるCollinsって、仮面舞踏会の時にサイラスに紹介された人よね。確か、お医者様の。
彼もジニーとダンスを踊っていたとは知らなかったが、優しく聡明な感じの青年だったので、ジニーとも気があったのかもしれない。
「で、この中のどなたがあなたの将来の旦那様なのかしら?」
「それは……」
「お嬢様!」
ジニーのことばを遮るように入ってきたのは、使用人の一人だった。
切羽詰まった様子から、ただならぬ気配を感じ取る。
「お話中、申し訳ありませんが、旦那様がお呼びです。お急ぎください」
「何かあったの?」
「それが……」
「あの、わたしは席を外しましょうか」
リリーが咄嗟に立ち去ろうとすると、ジニーが首を振った。
「いえ、居てくれて構いません。むしろ居て欲しいです」
「あなたがそう言うなら」
「ありがとうございます。で、何があったの?」
後半は使用人に向けての問いだったが、使用人がそれに答える前に割って入る声があった。
「わたしから伝えるよ」
そう言って顔を覗かせたのはダレンだった。
思わず、ジニーと顔を見合わす。
ダレンの表情に憂いを感じ取ったからだ。
「お父様、一体何なの?早く教えて」
「落ち着いて聞きなさい、ジニー。実は、今しがた兄さんが……いや、お前の伯父さんが亡くなったんだ」
ダレンの声は若干震えていて。
そんな彼を見るのは初めてだと、リリーは思った。
奇しくも、リリーの屋敷ではスノードロップが咲いたばかりだった。




