13. お嬢様
4月の始め。
穏やかな春の日差しがあたしを包み込む。
そよそよと流れる風が頬をくすぐる。
今日は入学式。
あたしは、お父さんと一緒に学園までの道を歩く。
一歩一歩、足を進めるたび、どきどきが強くなる。ずっとこの日を夢見てた。
「これが姉さんの通ってた学園……」
正門までやって来ると、お父さんが眩しいものでも見るように目を細めながら呟いた。
広大な敷地をぐるっと取り囲む塀。
正門は見るものを圧倒する。白亜の門柱。繊細華美な装飾。
そこを抜けると、名前は知らないけど綺麗な石が敷き詰められた道が真っ直ぐ続く。周りは手入れの行き届いた芝生。
木陰を作りだす木々。季節の花々。所々にある東屋のような休憩所。
シスターの案内に従い、入学式の行われる大講堂へと向かう。
(いいこ先生は見当たらないな……)
専属の庭師に整備されているのであろう、目に楽しい景色を堪能しつつ知った顔を捜してみた。成果はなかったけど。まあ、会える機会はいくらでもあるか。
「それじゃあ、ここで一旦お別れだね」
お父さんは保護者用、あたしは生徒用の待機場所へと向かった。
別のシスターについていく。
ピイピイピイ……
どこからか鳥の囀りが聞こえてくる。
うふふ、綺麗な声……心が洗われるようですわ……。
ヒューイヒューイ……
あら? 良く分からない珍しい鳴き声も聞こえてきますわ。さすがは金持ち学園ですわね。
ギイィ……ギイィ……、オンギスチョン、ア、アー……
「なんの生き物!?」
さすがにこれはツッコまざるを得ないだろ!
せっかく雰囲気に浸ってたのに台無しだよ!
「この学園には不思議な生き物もいますから」
案内を務めるシスターがにっこりと笑う。
…………。ふ、不思議な生き物もいっぱいいるんだなあ。
アアー! ヤッター! ジユウダー!
「喋った!?」
不思議すぎるだろ!?
「それは、この学園には人間もいますから……」
シスターが苦笑する。
あ、何だ。そりゃあそうだよ。流れで謎の生き物かと思っちゃった。
恥ずかしー! かかんでもいい恥をかいてしまった。
その後は無言で待機室へと向かい、シスターと別れて中へと入る。
大きな部屋に、ぽつんと四人の人間が思い思いの場所にいた。あ、えーちゃんがいる。
あたしはえーちゃんに近づいて――
「叫びの内容!?」
「うわ!? いきなりどうした!?」
今更、さっきの雄叫びの不穏さに気付いてツッコんでしまった。
「叫びの内容と言いながら叫ぶ……新ネタか? 内容が無いようともかけてんのか?」
「いや、そんな考察しないで。単にツッコミが遅れただけだから」
「よく分からんがツッコミって遅れるとボケになるんだな」
無駄に感心するえーちゃん。
「この学園ってなんか……思ってたのと違う気が……」
あたしの学園生活に早くも陰りを感じてしまう。
「ああ……確かにここ、やべぇぜ……」
彼女はあたしの耳に顔を寄せて囁いた。
何だろ?
「見ろよあそこ、忍びの者がいるぜ」
「ぷっ、いくら何でもそれは――いたあ!!」
きぐるみが!
彼女が声を潜めつつ視線で示した部屋の隅、置物に隠れるように忍者のきぐるみを着た人が立ってた。
「バッ! おま、気づかれたらどうすんだよ――」
「あ、ごめん。既に手遅れみたい。こっち向かってくる」
あたしの叫びに反応したか、忍者きぐるみがヨタヨタとやって来る。
「ああー……面倒くさいことになりそう」
同感。あたしのせいだけど。
どうでも良いけど、あたしを含めて六人だったのか。これで特別入学者全員だ。
ちなみに他の三人は、ぼーっと立って窓の外を眺める女子、座って本を読むいかにも勉強できますって感じの男子、別の机で突っ伏して眠っている男子。
あと、この部屋について。内装の豪華さは他と変わらない。大きな窓に、金の飾りで縁取りされた暗めの赤いカーテンがかかっている。四つの大きな机に、囲むように椅子が並ぶ。黒板はない。所々に良く分からない像や置物が置いてある。
何を目的とした部屋なのかいまいち分かり辛い。美術室か? でもそれらしい道具が見当たらないし……。
えっと……あとは――
「遅い!!」
あたしが叫ぶと、少し速度を上げた忍者きぐるみがようやく到着した。
えーちゃんはこっそり離れた位置に移動してた。薄情者め!
「…………」
膝に手をついて、しばらく休憩してからきぐるみは背中に手を回し……
ジイイイイ……
「あ、正体見せるんだ」
きぐるみから現れたのは――忍者のコスプレをした男子。
「ハァー……フフフ、隠形を見破られれば仕方アリマセーン。アア、暑かった……」
「単に暑くて脱ぐタイミング窺ってただけでしょ!」
おそらく外国人だと思われる、浅黒く濃ゆい顔立ちの忍者にツッコミをいれる。
「イエイエ、拙者これでも妊婦。決して――」
「性別の壁越えちゃった!」
あたしのツッコミで自分のミスに気がついたか、忍者は言い直す。
「人魚……?」
「種族の壁越えちゃった!」
「人参……?」
「もはや動物ですら無い! でも音は近い!」
「NINJA!」
「……う、うん」
今まで発音ほぼ完璧だったのに……まあいいか。
「ツッコんで下さいヨ! 今まで発音ほぼ完璧だったのにっテ!」
「ツッコミ待ちか!!」
「私は叫ぶ!!」
えーちゃんがいきなり強引に割って入ってきた!! 何だ、寂しくなったのか?
「それは言わなくても分かりマース!!」「あたしのネタをパクるな!!」
やべ、ツッコミが被った。
「やっぱネタじゃん!!」
えーちゃんまでツッコミに参戦。加熱するボケとツッコミの応酬。
と、その時――
「う る さ い !!」
あたし達の叫びを切り裂くほどの音声が轟いた。
見れば眼鏡君が青筋を立ててこちらを睨みつけている。
あちゃあ、騒ぎすぎたか。
「全く、君たちは本当に厳しい選抜試験をくぐり抜けた、栄えある特待生なのか?」
言われてみれば……あたしを除いた他の人たちでもそんな感じ全然しないね。それっぽいのは眼鏡君だけだね。
「勉強しろとは言わない。だが、せめてそれに励む者の邪魔は止めてくれないか。君たちなら勉学の大切さはわざわざ教授するまでも無いだろう?」
「「「ごめんなさい」」」
「……いや、こちらも怒鳴ってしまって済まない」
あたし達が素直に謝ると、眼鏡君も矛を収めてくれた。
「僕は愛日努。君たちは?」
「あたしは柵菖葉弓」
「オレは悪凌叡智」
「拙者はヒ・ミ・ツ♡」
「柵菖に悪凌……! 何故特別枠に?」
驚く眼鏡君改めツトム君。
「え? 柵菖の名前知ってんの?」
悪凌は知っててもおかしくないけど。
「家マニア?」
「どんなマニアだ! そうじゃない! 柵菖は次歴と同数の歴史を誇る知る人ぞ知る名家で、悪凌は富豪だろう。わざわざ苦労しなくとも良いのでは? 挑戦する姿勢には敬意を表するが」
知る人ぞ知るって言っちゃった。それってマニアじゃないの? まあいいや。
「うちはお金ないし……」
「オレは、養子だからあんま家に負担かけたくないし」
「そ、それは失礼した」
「いや、気にすること無いって」
謝るツトム君に、今まで寝ていた男子が横から声をかけた。って――
「あんたの台詞じゃないでしょ!」
「んお? おう。俺は沖輝男」
「この流れで自己紹介!?」
「はは、お前、面白いな」
テルオ君はそう言うと、再び眠りについた。
ええ……?
「この学園、やべぇぜ」
呟くえーちゃん。
「いや、特待生だけだよ……多分、きっと」
自然と残りのみんなの視線が窓に向く。最後の一人に……。
彼女はまだ窓の外を見ている。ああ、何か駄目そう。変人枠っぽい。
儚げな雰囲気を纏った、横顔でも分かるほどの美少女ではあるけど……。
「…………」
そのまま無言で見つめていると、みんなの視線がいつの間にかあたしに集まってた。
「……え? あたしが話しかけろって?」
こくり
みんなの動きが揃う。
「何で!? ツトム君がやればいいじゃん! なんかリーダーっぽいし!」
「その評価は嬉しいが、あいにく僕は女性に話しかけるのが苦手なんだ」
ああ? けんか売ってんのかてめー。こらー。
ま、仕方ない。ちょっくら行ってこよう。
あたしは窓の側に立ってぼーっと空を見上げる女の子に話しかける。
「あの……」
「はい!?」
「うわっ!」
彼女が急にビクンッ! ってなったから、あたしもビクンッ! ってなった。
「あ、すみません、誰かが傍にいたとは気づかず……」
彼女は申し訳なさそうに軽く頭を下げる。
あれ? 案外普通――
「空の声を聴くのに夢中になっていたもので……」
あ、やっぱ駄目かー。
「あの、お名前は……」
さっさと用件を済ませよう。
「越尾希来です」
「そうですか、ありがとうございます。頑張ってください(?)」
「はい、ガンバります。応援ありがとうございます♪」
適当に声をかけて退散しようとすると、彼女は微笑みながら小さくガッツポーズした。
可愛いんだけどな~。
その後、彼女が再び「空の声を聴く」作業に戻ったことを確認してからみんなの下へ。
「……特大級のアレだったな。まあ、とにかくこれで全員の自己紹介は済んだんだ」
神妙な顔で呟くえーちゃん。
「そうだね……」
頷くあたし。
「拙者は……?」
嘆く忍者。
あ、ガチでスルーしてた。流石忍者。
「新入生代表、春瀬院六日ですわ!」
広い大講堂に、高い声が響く。
マイクが無くてもいいんじゃないかと思わせるくらい、良く通る。
「皆様、ご入学おめでとうございます! この学園に入学するということで、期待や希望に胸を膨らませていることと思いますが……まず、言っておかねばなりません。わたくしは、特段優れた家柄の出でも無ければ、突出した頭脳の持ち主でもありません。ですが、ここに新入生代表として立っています。何故だと思われますか?」
壇上の彼女が聴衆に呼びかけた。
え、何でだろう。
「わたくしが新入生の中で一番持っているからですわ」
何を?
「お金を!!」
ええー!!
「世の中、結局お金ですわ! どんなに歴史ある家よりも古くから存在し、どんなに美しい女性よりも魅惑的な輝きを放ち、どんなに優れた賢者よりも雄弁に物を言う。お金こそ力! 貧乏人……おっと失礼、特待生の皆様方は、この学園に入学しただけで人生の成功が約束されたとお思いかもしれませんが――」
彼女はこちら、特待生のいる場に向けて厭味ったらしい視線を向けながら、表情に嘲弄を忍ばせる。
「それは全くの勘違いですわ! お金を持つ者が上に立ち、持たない者が飼われるという構図は並大抵のことでは変えられませんことよ! その能力を、その人生を、我らのために活かして尽くして搾り取られて下さいませ。お~ほっほっほ!!」
バッと広げた扇子で口元を覆いながら高らかに笑う。
「ですが――」
ピシャッと扇子を閉じ、射るような視線で見つめる。
「わたくしの父はこの学園の元特待生。卒業後、己の才覚のみで一代で財を成し、何の才覚も持たぬ娘を代表にさせる程の力を得ました。まあ、精々夢を見てお励み遊ばせ」
その後、視線を正面に戻して全体に向けた演説へ――。
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