11. お受験
「ハンカチ持った?」
「うん」
お父さんが心配げに尋ねてくる。
「お守りは? 受験票は?」
「それも大丈夫」
反対に、あたしは自信に漲っている。
「場所はちゃんと分かってる?」
「……うん。それも大丈夫」
“今回”は。
昨日、ろっちーと一通りの話し合いが終わった後、あることに思い至ったあたしは歓喜した。
『もう一回、試験を受けられる!』
ドン!
そう。ろっちーとの出会いは学園の入学試験直前。つまり、お受験をやり直せるのだ! しかも、試験の内容が分かった状態で!!
なんだか一年が失われた衝撃でらしくもなくネガってたけど、それに気付いたらテンション上がったね。アゲアゲだね。思わずろっちーも持ち上げて、高い高いして怒られるくらいに。
実際に試験を受けてから試験前に時間遡行。これ以上無いくらいに効果的で、誰にもバレないカンニングだ。
いやあ、あたしもさ? 本当は、こんなズルはいけないと思う。できることなら実力のみで勝負したい。
でも、あたしの意志じゃないからどうしようもない。くふっ。
「それじゃあ、そろそろ行ってきます」
「行ってらっしゃい! 気をつけてね!」
お父さんに見送られて、あたしは学園目指して旅立った。
電車に揺られること数時間。車掌さんの独特な声で目的の駅を確認したあたしは、ドア付近に立つ。
プシュウ
開くと同時に降り立ったその駅。実家近くのものとは違う洗練された構内。忙しなく歩く人々。前回見たものと同じだけど、あたしの気分は違う。不安や緊張もなく、ゆったりと進む。こうやって周りを見渡す余裕もあるしね。
「……あれ?」
あそこにいるのってまさか……。
そこに向かって近づいていくと、声が聞こえてくる。
「……という感じで、試験会場で出会った美少女と新生活を送ることになる訳だよ」
いや、まさかも何もないな。確定だ。
「……落ちたらどうするんだ?」
「なるほど盲点だな。だけど、それはそれでアリだぞ。落ちた美少女に俺は優しく――」
「いや、落ちる方はお前を想定してたんだが」
「落ちねえよ! やめろよ縁起でもない」
「二人とも、気をつけた方が良いよ。この時期にそんな単語を出しちゃダメでしょ。周りにも受験生がいるかもしれないし」
「マコトの言う通りだよ」
「先に言いだしたのはリヒトだろ……って誰!?」
あたしが自然に会話に混ざると、ソウジが仰天して叫ぶ。
うん、全然自然じゃなかった。
「やっほ~」
あたしが手をヒラヒラさせると、まずリヒトが気付いた。
「お前……ゆんか?」
「ウソ、ゆんちゃん!?」
「え、ゆん!?」
おお。懐かしいな~その反応。
「久し振り~」
「軽い!? 久し振りって……そうだけど、久し振り過ぎるだろ!!」
「ふっ。変わらないな、ゆん。元気そうで何よりだ」
「うわあ、こんな所で会うなんて思わなかった! また会えて嬉しいよ、ゆんちゃん」
その後、駅近くのホテルに向かいながら男子ーズとお喋りに興じる。
「へ~。明日の高校受験のために、一日早く来てホテルに泊まるんだ」
あたしの確認に、リヒトが答える。
「ああ。もしかして、ゆんもその為に?」
「え、もしそうなら高校は一緒になるかも!」
花が咲くような笑みを浮かべるマコト。
あたしも、マコトと通えたら良かったんだけど……。ソウジはどうでもいい。
「うん。まあ本命は別にあるから、残念ながら一緒の高校には通えないね」
「随分自信があるじゃねーか。それで、その試験はいつ何だ?」
「今日」
「「「今日!?」」」
ソウジの問いに答えると、みんなに驚愕で返される。
「あ、もう終わったのか」
「ううん、今から」
「「「今から!?」」」
……あたしもさ、前日から来るべきだとは思ったんだよ。でも、二泊もするのはホテル代が勿体無いと思っちゃって……。それで落ちてりゃ世話ないけどさ。
「余裕ぶっこき過ぎだろ!?」
大丈夫、受かるから。もう受かる気しかしねぇぜ!!
……いや、やり過ぎるとなんかフラグ立ちそうだからやめよう。
「それはまあ良いが……ホテルに荷物を預けてからそのまま向かうのか?」
「うん、リヒト達とは別のホテルだけどね」
かなり近くにあるみたいだけど。
「同行者は?」
「いないけど?」
「何!? 女一人で出歩くつもりか!?」
訊けば、今は何やら事件が続いてヤマト中が不穏な空気に包まれてるらしい。二十年くらい前にヤマトの治安が急激に良くなった時期もあったらしいけど。
「それでなくとも防犯意識は高くもった方がいい」
「ウチの近辺は長閑な田舎でそういうの気にしたことなかったな~」
「ダメだよ、ゆんちゃん! 女の子なんだから気をつけないと」
優しいな~、マコト。
「ああ。ゆんが断ってもその高校まで付いていくからな」
紳士的やな~。このイケメンが!
あの一年、他の女子にもこんな感じで接してたことを思い出す。親しい間柄だったりイケメンじゃなければ、同じことしても評価がストーカーに変わりそうだけど。
まあ断る気もなかったので、それぞれのホテルに荷物を預けてから学園へ向かうことに。
「え!? ゆんが目指してるのってあの学園かよ!! お嬢様に会えるかもしれないな~、楽しみだぜ!!」
ソウジ……。
「にしても、長いこと会ってなかった気がしないよな~」
「幼馴染ってそういうもんなんじゃない? ……と、そろそろ着くね」
話しながら歩いている内に、学園が見えてくる。
今回はそいねちゃんには会わなかった。時間が違うし、一応道も変えたしね。
「それじゃあ、終わった頃にまた迎えに来るからな」
「バイバイ! 試験、がんばって!」
「ちょ! 俺まだお嬢様に会ってな……ああ!!」
ソウジがリヒトに引きずられつつ、男子ーズが去って行った。
「うし!」
それを見送ってから、気合を入れて学園に足を踏み入れると……。
「受験者の方ですか?」
キタ――――(゜∀゜)――――!!
ちっちゃいシスターさん、いや、いいこ先生!
「はい! 会場の案内をお願いします、先生!」
あたしが“先生”を強調して叫ぶと、いいこ先生はにっこりと笑みを浮かべ――
「ご案内します」
……あれ?
「いいこいいこ」イベントが起きない? 何でじゃ! 他にも条件があるのか?
そうこうしてる内に目的の会場へと着きそうに。
「……あの、先生」
「何でしょう?」
「こんなことお願いするのは、自分でも変かと思いますが……試験前で不安なので抱き締めてもらえませんか」
「まあ!」
先生はくりくりと大きな目を更に大きくする。
やっちまったか?
「ふふ、いいですよ」
にっこり。
おっしゃ!
「生徒の不安を取り除くのは先生の務めですから。それに、先生を抱き締めるのではなく、先生に抱き締めさせるのはぐっどです。ぎゅってしてあげましょう」
きゅ
先生の手があたしの背中……ではなくお尻の下辺りに回され、頭がお腹に埋められる。
癒される~。
ちょうど手を置きやすい位置にある先生の頭を撫でたくて仕方ないけど、我慢だ。怒ると思うから。
「ありがとうございます! 自分、今気力に満ちてます!」
うおォン!
「それは何よりです」
先生に見送られ、会場に入る。
さあ、やったろうじゃないか!
「手応え充分!」
まあ問題も解答例も知ってるからね。記述式だから少し苦労したけど、まず間違いなく合格だろう。
「ラストのきゅ……あれが効いたな」
いいこ先生には、なんか母性を感じるんだよね。
…………いやいやいや、駄目だろあたし!? いくら実母がいないからって、あんな小さい子に母性とか感じてちゃ!!
気を静めて、待ち合わせ場所の正面玄関付近まで行く。
「男子ーズは……まだか」
女子を待たせるとはらしくないな。まあソウジが何かしたんだろ。
携帯は持ってないから呼べないし、大人しく待つか。
幸いお弁当がある。お父さんのお手製だ。試験の間の昼食はチョコレートと缶コーヒーだけにした。朝は焼き魚に納豆にお味噌汁といった和食をしっかり食べて来たけど。消化にエネルギーを使って脳の活動を妨げないようにね。
近くのベンチに座って膝の上にお弁当を広げる。これが楽しみだったんだよね~。昨日今日と久し振りのお父さんの料理を堪能したけど、お弁当はまた別。
ウエットティッシュで手を拭いて、いざ。
今回のお弁当は、シンプルにおにぎりとたくあんだけ。
二個のおにぎり。
白くつやつやと輝くお米が、俵型に握られている。その身を包む、しっとりとした海苔。
海苔の衣を切り裂くと、いい塩梅の力加減で握られたお米がほろほろと口の中で解ける。
(一つ目は、鮭……)
あたしが一番好きな具だ。
噛むほどに広がる、お米の優しい甘みと鮭の旨み。鮭のこの味、脂を含む食感は、市販のフレークのものではない。
(わざわざ焼いてくれたのか……)
塩加減も実にいい。あたし好みの薄目だ。お米や具の味を引き立てる程度に収まる。
あっという間に平らげると、水筒のお茶でほっと一息。
たくあんに箸を伸ばす。
ぽりぽり
この音。たくあんの味の一種といっても過言ではないだろう。それくらい“美味しい音”だ。
色は黄色。だが着色料によるものではない。分解された辛味成分が他の成分と結合したことにより生まれる色。熟成の証。
これも自家製。ろっちーも虜にした味だ。
最後のおにぎりに手を伸ばす。
(二つ目は、梅干し。なるほど王道だな……)
梅の酸味が刺激的に響く。
甘みが目立つたくあんとは対照的だが、美味しさは変わらない。
これもあっという間に胃袋に収まる。
(しまったな……一つ目は梅から行きたかった)
もうこれでお終いなのに食欲が増進されてしまった。
男子ーズと一緒にどこか飯を食いに行くか。
そんなことを考えた時――
「悪い! 待たせたか?」
「ゆんちゃんごめんね!」
ドタドタという足音とともにに男子ーズが駆け込んできた。
「ううん。ちょうどいいくらい。何かあったの?」
説明を求めると、ソウジが喜々として語りだす。
「それがさあ! 俺たち、結構前から待ってたんだけど、いかにもなお嬢様とトラブルになって……」
「え!? 大丈夫だったの?」
トラブルをそんな嬉しそうに語るなよ! そんなにそのお嬢様が気に入ったんか! ソウジなら気に入りそうだけど……。
「いやいや大丈夫! 最終的にリヒトがそのお嬢様を助けることに……」
「へ~」
帰路につきながら話を聞くと、そのお嬢様が謎の集団に攫われそうになったところをリヒトが助けたらしい。主人公か!
そのゴタゴタで来るのが遅れたとのこと。
「明日の試験も受けるんだろ? だったら明日も一緒に行こうぜ!」
「明日は……うん、分かった」
一瞬えーちゃんも一緒に誘おうかと思ったけど、やめておいた。衝撃でソウジの頭から知識が吹っ飛びそうだから。
試験が終わるまでは秘密にしとこう。
あたしもえーちゃんと一緒に受けたかったけど、一人じゃないと集中できないからって断られたんだよね。一緒に泊まればホテル代も浮くのに……。まあ、えーちゃんの家はお金持ってるからね。
とにかく衝撃の対面は明日の試験後まで待ってもらおっと。




