10. 条件
「ところでろっちーって人じゃなければ何なの?」
間違いなくそれはこの事態を引き起こした要因の一つだろう。
「そこまではまだ思い出せぬが……この異常事態の源になったのは妾の力……ハユミの力と言い換えても良いが、それによるものであろうな」
「どゆこと?」
あたしの力?
「まず言っておかねばならぬが、ハユミは最初に出会った時、妾の血を口にしたな? そして妾もお主の血を含んだ。それによって、妾とハユミの間に“血の繋がり”が生まれたのじゃ」
「血の繋がり……ある種の家族になったってこと?」
「その通りじゃ。そしてそれは、字面以上の効力を齎す。人の世で血の繋がりと言えば遺伝的な繋がり、つまり肉体における関連を指す。しかし妾のようなモノとのそれは、妾の肉体と相手の霊体との繋がりを意味する」
「霊体……あたし、オカルト方面に明るくないんだけど」
話が怪しい方面に向かってるなあ。
まあ時間遡行なんてものに比べれば可愛いもんだ。
「うむ。それは妾とて同じこと。何しろ今は記憶の大部分が暇を出されてしまっておるからの。時が来ればまた戻ってくるじゃろうが……。それは良い。重要なのは、ハユミが妾の血族になったこと。妾の血がお主の霊体と繋がることで間接的に世界に影響を及ぼしておるのじゃ」
なるほど分からん。
とりあえず、あたしとろっちーが文字通りの意味で傷を舐め合ったことが、時間遡行の主要な原因であると。
それにしても……。
「世界に影響って……幾ら何でもろっちーの力は強大過ぎない?」
「うむ……。それは妾としても不可思議じゃ。訴える感覚に拠れば、妾のようなモノの齎す力で時間遡行など起きようはずもないのじゃが……」
「と、言うと?」
「世界規模の干渉とは言うても、対象範囲が広い代わりにその影響は小さいもののはずじゃ。本来はな。運命の小さな手をやんわり引いて緩く誘導する程度、あるいはその者の肉体に何らかの祝福を授ける程度じゃ。健康にしたりの」
ということは、ろっちーの血以外にも原因があるってことね。
「その原因については――」
「分からぬ」
だよねえ。
「そもそも時間遡行では無いのかもしれぬぞ。未来視とは考えられぬか?」
「未来視? つまり、あたしたちが経験した一年はあたしたちの頭の中だけに存在するものってこと? それは無いね」
あたしはきっぱりと否定する。
「何故じゃ?」
「だって、その一年にもちゃんと現実感があるし」
「現実感のある夢を見せるくらい、世界を丸ごと遠い時間まで誘拐するよりは易いことじゃと思わぬか? 正しさは数に保証されるものじゃ」
「それはそうだけど、関係ないよ。あたしにしか見えないものがあれば他人からはあたしがおかしくなったように見えるんだろうけど、あたしにとっては他人がおかしいだけだもん。あたしの世界が他人のそれと同一であるかになんて拘らないし。そもそも正しさの話なんてしてないし、したくないし、するべき場面でもない」
正しさって、相手をやり込めるために使われる場合がほとんどな気がする。
「それは世界の在り方が――」
ろっちーは何か反論をしようとしたけど、少し間を置いてから続けた。
「いや、そうじゃのう。この事態を解決に導く為に求めた正しさじゃったが言われてみれば歪んでおったわ。これ以上は推測に推測を重ねるだけで無駄じゃな。ふむ、人間の考え方はためになるの」
「ちょい待ち」
あたしはその言葉を看過できなかった。
「“人間の”考え方って何よ。人間じゃなくて、“あたしの”考え方。あたしは普段自分が人間であることなんて意識しない。ろっちーも自分が人間じゃないなんて意識しないで。少なくともあたしはろっちーのことはろっちーとしてしか認識してやんないから」
「ふむ。気をつけよう。しかし“ハユミの”考え方は分かったが、それを言うなら“妾の”考え方もある。なるべくお主の意に沿いたいとは思うが、ハユミにもある程度の妥協はしてもらうぞ」
あたしがやや険を込めて放った言葉は、同じように少量の棘を含んだ言葉に返された。
「むっ!」
ろっちーを想って言ったのに、何か反抗的ね!
……何だか二周目に入ってからこっち、彼女が少し変わったような。記憶のせい?
「というよりも親密度が上がった?」
あたしも以前に比べて遠慮がなくなった気がするし。
「ああ、それについては血族の特徴じゃの。血で繋がった者同士の信頼感といったものが増すのじゃ。繋がりの深さによるがの」
「ふ~ん。じゃあ、時間遡行したことで、ちょっと繋がりが深くなったんだ。それって繰り返すほどに深まるの?」
「どうじゃろうな……それは『次』があればはっきりするじゃろうが、はっきりさせたいとは思わぬな」
それについては全く同意だ。
「話が逸れちゃったね。原因についてはもう良いでしょ? 次に考えなくちゃいけないのは条件だよね」
時間遡行の条件が分からなければ、下手すりゃ無限ループに陥りかねない。さすがにそれはあたしも想像したくないぞ。
恐らく“出発地点”はあたしの十七歳の誕生日。より正確に言えばその直前かな。そして、“到着地点”があたしとろっちーの血が繋がった瞬間。
「他に思い出したことはある?」
「……一つある。妾の力の性質じゃ。恐らく、それが鍵になるじゃろう。妾の力は恋愛に関するもの」
「れ、恋愛?」
「何じゃ? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしおって。そんなに意外かの?」
「別にそういう訳じゃ……」
ただ、時間遡行と恋愛って何かミスマッチというか、ジャンルが違うというか……。
「それで、具体的なことは分かる?」
「そうじゃな……」
彼女はそう言うと、左手で右腕の肘を抑えつつ、右の拳に顎を乗せる。その状態でうんうん唸りながら部屋を歩き回り……虚空に向かって腰を下ろした。
とすんっ
「痛い!」
そして床にお尻を打ち付けて涙目になった。
「……え? 何してんの? 衝撃で記憶を取り戻そうとしたの? Mなの?」
「違う! 妾の部屋にはここに椅子があったのじゃ……それ故につい……」
お尻をさすりさすり立ち上がった彼女は続けて言った。
「じゃが、詳しい内容は思い出したぞ」
まじで!?
「運命の人……赤い糸で結ばれた人物と言えば分かりやすいか。そのような人物を引き寄せ、結び、愛で満たされた幸せな結婚生活を導くのじゃ!」
ドヤ~ン
腰に手を当ててドヤ顔でのたまう彼女。
いや、そんな顔されても……。
「……なんかふんわりした表現だね。端的に言うと、あたしと運命の人とを結びつける力ってことね」
「う、うむ。お主、女子の割に反応が薄いの」
ということは……。
「あたしがその運命の人と結ばれるようにループしたの……? 結ばれればループを抜けるの……?」
「分からぬが……今はそうとしか言えぬの……」
うーん……。
恋って自然に落ちるものだし、自分から落ちようとして上手くいくものかな? まあ運命の人って言うくらいだから何とかなるでしょ。そんなこと言ってる場合でもないし。
「ところで具体的にはどうなったら結ばれたことになるの?」
「さあのう。とりあえず恋仲になれば良いのではないか?」
適当だなあ。
「まあいける所までいけば言うことはないじゃろう」
「いける所って……」
思わず想像してしまう。
「……顔を真っ赤にしおって。やはり興味があるのではないか」
「べ、別にいいでしょ!」
それから基本方針を決めた。
あたしはその運命の人とやらと恋仲になることを目指し、ろっちーは情報収集に努めることに。
「ろっちー、他には思い出したことはない?」
最後に確認をとる。
「済まぬがこれ以上は無理そうじゃ」
「ふ~ん……」
欲を言えば、もっと情報があればいいんだけど……あれ? そう言えば……。
「力の詳しい内容は衝撃で思い出したんだよね……」
あたしはそう言いながらろっちーに近づいていく。
「な、何を考えておる! それは偶然じゃ! 妾の耐久力は人並みじゃぞ!」
「ふっふっふ。良いではないか良いではないか~」
「良くない!」
あたしがふざけながら彼女に迫ると――
ガッ
「あ!」
躓いて転んでしまった。
「痛た……」
床に手をついて身を起こすと、目の前にはろっちーの顔。どうやら彼女を押し倒す形になってしまったみたい。
「ごめ――」
「何じゃ……そういうつもりじゃったのか? ならば良いぞ。意中の相手を射止めるには“てくにっく”も必要じゃろうからのう。ハユミが望むなら好きなだけ練習に付き合おうぞ」
彼女の瞳が怪しく光る。
蠱惑的な笑み。
噎せ返るような甘い匂い。
乱れた和服から覗く、白い肌――
「――っ!!」
あたしは慌てて飛び退いた。
ろっちーはそれを見て含み笑う。
「ほんにうぶな奴じゃ」
ぐぬぬ。
ろっちーの色気って、間違いなく力の一種でしょ!




