間違えた温度④
「ありがとうございました〜!」
出ていくお客さんに頭を下げた。
対応を終えた店長がこちらを向いた。
「浅倉さん、初出勤お疲れさま。もう、あがって大丈夫よ」
「はい、ありがとうございます」
控え室に入ると、中には紅葉がいた。
「お! お疲れさま」
「うん、お疲れさま」
「どう? 仕事できそう?」
「うん、みんないい人でよかった」
「ふふっ、そうでしょ」
夏休みを迎えて、私は紅葉が働いている喫茶店でバイトを始めた。個人経営のとても良い雰囲気の場所だ。最寄り駅は赤谷なので、家から歩くと遠い。でも自転車ならすぐに着く距離なので丁度いいと思っていた。
制服のエプロンを外しながら、紅葉が話しかけてきた。
「もう大丈夫なの?」
「ん? 何が?」
「先週の都内に行った時よ」
「あぁ〜……」
浪漫からはただの体調不良と思われていたが、紅葉は私の違和感に気がついていたようだ。
「とりあえず大丈夫だよ」
「そう? 映画館でも様子がおかしいから、結構心配してたのよ」
「ありがとね」
「なら良かったわ」
紅葉は少年みたいに歯を見せて笑った。上品な口調なのに、こういうところはちょっとがさつだ。
「それで、照井さんとはどうなの?」
「……え?」
紅葉の言葉の意図を考えた。
「だって、あの子一人で待ってたんでしょ?」
「ああ。って……知ってるの?」
「ええ、本人がそう言ってたのよ? 私はここで浅倉さんを待つ、ってね」
芽瑠。そういうことは隠さないんだ。嬉しさと同時に恥ずかしさが込み上げてきた。
「何かあったんでしょ?」
「なっ、何もないよ!」
「えぇ〜?」
芽瑠との関係は二人だけの秘密だ。これは紅葉にも教えるわけにはいかない。
「ほんとに何もないよ?」
「……まあいいわ。進展があったら教えてね」
「そういうのじゃないってば!」
今日のバイトはオリエンテーションなので、お店が忙しくなる前に早上がりだ。紅葉の休憩を邪魔しないように準備をして控え室から出た。
「じゃあまたね!」
「うん、お疲れ〜」
店を出ると強い日差しが照りつけてきた。
「うわ! あっついなぁ……」
日傘を差す。それでも、噴き出る汗は抑えられなくて、皮膚に服が張り付いた。
なるべく日陰を歩きながら赤谷駅まで来た。駅構内の通路にまで飛び出している水着コーナーを横目で見ながら歩く。
海に行くなら水着が必要だ。でも、高校生ってどんな水着を着るんだろうか。
「うーん」
学校の行事以外で海とかプールへ行ったことがない。並んでいるものを見てもどれを選んでいいのか分からなかった。
こういう時は浪漫に聞こう。
浪漫に水着について相談したいと、メッセージを送ってみる。すぐに返信が来た。
『どんなの着たいの?』
『子供っぽくないのが良いかな?』
『ならビキニだ!』
『露出多くない?』
『上からTシャツ着ればいいんだよ!』
『あー、なるほどね』
メッセージを閉じて、店内へと入った。
下着とさほど変わらないほどの布面積。思わず目を逸らした。
「何かお探しですか?」
「あっ、水着を見てて」
「いいですね! ご旅行ですか?」
「そんな感じです、はは……」
どういうのを着たいとか伝えればいいのだろうか。
「ご希望とかあればご案内しますよ」
「……高校生なんですけど、おすすめとかありますか?」
「あー! 学生さんなら〜」
そう言って案内されたのはやはりビキニが並ぶコーナー。高校生なら当然なのだろうか。
「このあたりは彼氏さんとプールデートとかで人気なんですよ! 気合が入るらしいです!」
「へ、へぇ〜」
並んでいるものは花柄にフリルが付いていたり、肩掛けがないタイプだったり、やっぱり派手に思えてしまった。
「ありがとうございます……ちょっと色々見てみますね」
「はい! 何かあれば声かけてください」
そう言って店員さんは奥に消えていった。
デートか。高校生になったら当たり前のことになるのかな。
今まで、恋愛経験がない。気になった人がいたことはあったけど、別に付き合いたいとかそういうことは思わなかった。ただ、彼氏を作るくらいなら友情関係を大事にしたい。そんな考え方だ。
「芽瑠……」
ふと浮かんだ彼女の名前。
先日の一件以来、私は芽瑠に特別な感情を抱いている。好きが溢れて、特別になりたい。側にいて私を一番に思っていて欲しい。
この感情が恋なんだと思っていた。
でも、想いが届いて芽瑠が私に振り向いてくれるたび、少しだけ違和感を感じた。
――あれ、もう満足しちゃってる。
私の思っていた恋愛とは少し違った。好きになって恋人になったなら、その先をもっと求めるものだと思ったから。
手をつないだり、キスしたり、その先も――。
恋ってそういう貪欲なものだと思った。
でも、今は芽瑠とのそういうことは考えられない。だったら、これは恋と呼べるのだろうか。
人生経験の浅い私には分からないけど、この気持ちは友達に向ける気持ちとは違う気がする。
この胸に秘めた想いが、間違った温度で伝わらないで欲しい。
芽瑠にメッセージを送る。
『明日、時間ある? よかったら水着選ぶの手伝ってくれない?』
すぐに返答が来た。
『いいよ、楽しみにしてる』
そのメッセージは、嬉しかった。
でも、不思議と浮かれることはなかった。
都度訂正が入るかもです。
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