間違えた温度③
先生の挨拶の終わりとともに、みんなが話し始めた。聞こえてくる声はいつもより元気な気がする。
あっという間に終わった一学期。
今日は終業式だった。みんなこのあとは部活だったり、遊びに行ったりするのだろう。
「イズミーっ! 帰ろうぜ〜」
浪漫が楽しそうにこちらに駆け寄ってきた。私は机の荷物を引き出しに入れて立ち上がる。
「あ、うん。帰ろ」
「テストどうだったよ?」
「ぼちぼちかな」
「マジか! うちは赤点ギリギリだったよ!」
「そ、そうなんだ……」
「浪漫、もう少し勉強しなさいよ。来年は受験生なのよ?」
リュックを肩にかけた紅葉が呆れたように肩をすくめた。
「べー! うるさいやい!」
「あはは」
ポケットのスマホが震えた。画面を開くと通知が一件。
「……あ、ごめんっ! 用事できたから、先帰るね!」
「えー! みんなでこのあとどこか行こうと思ったのにー!」
私は慌てて荷物をまとめて教室を飛び出した。小走りで廊下を走り、昇降口を出る。そのまま校門まで向かうと入り口に彼女はいた。
「お、お待たせっ!」
「大丈夫、帰ろ」
「うんっ!!」
私は歩き出す芽瑠の横に並んだ。
「……急に誘ったけど、大丈夫だった?」
「うん、まあ大丈夫だよ」
「そっか」
芽瑠は口に手を当てて笑った。
芽瑠と二人で夕食を食べた帰り、二つのお願いをされた。
一つ目、学校ではあまり仲良くしないこと。理由は、芽瑠があまり交友関係を広げたくないから。目立つのも、邪魔されるのも嫌らしい。
二つ目、芽瑠の二面性があることを秘密にして欲しいこと。これはきっと角が立つとかそんな理由だろう。
私の仲良くなりたいとは少し違うけど、こういうのも悪くないなんて今は思ってる。
「芽瑠はテストどうだったの?」
「あんまりだよ。文系科目が苦手」
「そうなんだ。今度一緒に勉強とかする?」
「うん、あたしも泉と一緒に勉強したい」
「……っ」
横で笑う芽瑠を見て、ニヤけそうになる顔を咄嗟に隠した。
「どうしたの?」
「な、なんでもないよ!?」
「そう」
この子は無意識でやっているのだろう。私はそんな彼女に何度もドキッとさせられていた。
「今日はどこか寄って行く?」
「うん、行きたい」
「いいよっ! どこがいいかな〜?」
テンションが上がって会話がぎこちなくなる。芽瑠はあまり気にしている様子は無さそうだ。
「カラオケは?」
「……カラオケ行きたいの?」
つい身構えてしまう。まだ歌うことには抵抗があった。それに、芽瑠と二人なんて……。
「嫌……?」
「ううんっ! 嫌じゃない! 嫌じゃないよ!」
「無理してない?」
「……なら一時間だけ!」
「わかった、そうしよ」
私たちは赤谷で降りてカラオケに入った。
「ちょっと混んでる」
「うん、待とうよ」
「わかった」
椅子で待っていると名前を呼ばれた。受付をし、札を持って部屋に入った。
芽瑠は私の向かいに座るとマイクを渡してくる。
「え、私が先に歌うの」
「そうだよ? 泉の歌が好き」
「え、ええ……」
「曲はあたしが決めていい?」
「まあ、いいけど……」
私が頷くと、芽瑠は端末を操作して曲を入れた。有名なバラード曲なので歌うことはできそうだ。
マイクを持つ。不思議と歌うことに恐怖はなかった。でも、歌い始めるまで緊張している自分がいた。
後奏が終わった。
歌い終わってマイクを置く。こちらを見る芽瑠の瞳は潤んでいた。
「ど、どうだった……?」
「……良かったっ!」
「そっか、緊張したぁ……」
赤谷で会った時、この子はヘッドフォンをつけて泣いていた。そして、今も私の歌を聴いて目を輝かせている。
この子は歌が好きなんだ。聴くことはもちろん、きっと歌うことも。だから、私の歌が彼女を惹きつけた。仲良くなれたのかもしれない。
「次はあたしが歌うね」
そう言って歌う芽瑠は大人びていて、とても魅力的だった。飾っていない芽瑠を見たあとだと、ギャップが少し面白いくらいだ。
「上手いね」
「えへ、泉ほどじゃない」
その後も二人で交互に歌った。
あんなに悩んで、あんなに嫌になった歌なのに――、今は歌えることがとても嬉しかった。
「楽しかったね」
「うん……楽しかった」
楽しい時間はあっという間だった。
「もう帰る?」
「はは……そうだね。この間、遊んだばかりで金欠だからさ」
「そっか……」
まだ一緒にいたかったけど、この間の出費もあったのであまりお金がなかった。
芽瑠の表情は名残惜しそうで、まだ帰りたくないという様子だ。
「夏休み、また遊ぼ? 声かけるからさ」
「……ん」
「あはは、こないだまでとは別人だね」
「むぅ……」
芽瑠にとっては久しぶりの友達。今まで距離を置いていた反動が来ているのだろうか。
「そうだ! 今日の夜、電話しようよ。それでどうかな」
「……うん、約束」
「わかった! 約束ね!」
芽瑠と別れて電車に乗り、家に帰った。移動中、芽瑠から「夜の九時なら大丈夫」と連絡が来ていたのでスタンプを返した。
家に帰ったあと入浴と食事を済ませて、自室のベッドに横になった。時間は八時半。芽瑠との約束の時間まであと三十分ほどあった。
スマホを弄っていると、浪漫と紅葉との三人グループに「夏休み、どこか行こうぜ」と、メッセージが入った。すぐに「いいわね! 海なんてどうかしら?」と返信が続いた。そのまま、グループ通話が始まったので、私も参加した。
「もしもし〜」
「おっ! イズミ来たね!」
「海行きたいんだけど、泉の都合は合いそう?」
「うん、多分大丈夫。でもお金が厳しいかも〜」
「あー、泉はバイトしてないもんね」
「そ〜、私もしたほうがいいのかなぁ」
浪漫は何個もバイトを掛け持ちしていて、紅葉も喫茶店でバイトをしている。
「それなら、私のところで面接受けてみたら? 今、人募集してたと思うけど」
「いいかも! お母さんに聞いてみるね」
それから三人でどこの海にする、水着はどうするなど話していた。そんなことを話しているとバナー通知が入った。
「……あっ! そろそろ切るね!」
「あら、そう?」
「え〜?」
「また明日、続き話そっ! バイトの件も聞いておくから!」
「うん、わかったわ」
「おーっ、おやすみ」
私はグループ通話を切って、芽瑠に発信した。
「もしもしっ? ごめんっ、遅くなった!」
「……もしもし」
「芽瑠、怒ってる?」
「別に」
時刻は九時十五分。十五分遅れだ。
「浪漫たちと話してたら時間過ぎててさ」
「ふーん、まあいいよ」
「あはは……」
電話越しに聞こえる声は、ご機嫌斜めだ。
「芽瑠って何かバイトしてるの?」
「バイト? なんで?」
「いや、出かけるのにもお金がかかるから。夏休みにバイトとか探してみようかなって」
「……バイトはしてない」
「そっか、なら無駄遣いしないようにだね」
「でも、お仕事はしてるよ」
「お仕事? ……何してるの?」
「……作曲家」
「へ?」
「案件受けて曲を作ってる」
高校生で作曲家。何それ、すごい。
「いくらくらい稼いでるとかって聞いても……?」
「◯万円」
「月?」
「うん」
私にはあまり相場が分からないが、週二バイトと変わらないくらいだろうか。
「すごいね……」
「そんなことない、泉でもできる」
「ええっ! 出来ないよ!」
「そう?」
芽瑠は私を買い被りすぎだ。
そんなこと、私にできるわけがない。
「今度さ、浪漫たちと海に行くんだけど」
「……そうなんだ」
「芽瑠も来る? もし来れそうなら、浪漫と紅葉に聞いてみるけど」
「いや、大丈夫」
「あ……そっか」
思っていたより、あっさり断られた。
私が誘っても来ないんだ――なんて思ったら、めんどくさい女なのかな。
浪漫が誘ったら来るのかな、とか。
そんな考えまで浮かんでくる。
(ダメダメっ! そういうのはよくないからっ!)
私はぶんぶんと頭を振って、浮かんだ考えを追い払った。
でも、少しだけ名残惜しい。
「……なら、さ」
自分でも何を言おうとしているのか分かっていた。少しだけ声が小さくなる。
「ふ、二人で行っちゃう!?」
電話の向こうが、一瞬静かになった。
「……それなら行く」
「え?」
「……行きたいっ!」
思わず口元が緩んだ。
ああ……ダメ。
こんなの、もっと好きになるって。
「……わかった。なら、今度予定決めよ」
「うんっ」
「今日はもう寝よっか」
「……おやすみ、泉」
「うん。おやすみ、芽瑠」
電話を切った。
数秒、ベッドの上でスマホを握ったまま固まる。
それから私は勢いよく起き上がり、リビングへ駆け降りた。
「おかあさーん! バイトしていい!?」
ふとしたきっかけで、夏休みに二回も海へ行く予定ができてしまった。
一回目は友達と。
もう一回も――友達、なのかな?
考えるだけで頬が緩む。
こんなに浮かれた気持ちになるのは、初めてかもしれない。
明日からの夏休みが、楽しみでしかたなかった。
2026/10/07
軽微加筆。
読みやすいように段落調整。
最後の間の取り方、バランス調整
――――――
都度訂正が入るかもです。
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