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Walking in Magic hour  作者: Alerl
始まりの歌
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4/12

始まりの歌④

 隣で歌う芽瑠の姿に、あの頃のカノンを思い出した。

 私の側にいても飲まれずにキラキラと自分の色に光る星。


 どうしてこんなに安心できるのだろう。

 ああ、やっぱり、私は芽瑠のことが――


 我に返ったとき、全部が終わっていた。

 本当は無難にこなすつもりだった。

 なのに、芽瑠の歌に当てられて、我慢できず本気で歌ってしまった。

(あんなの反則だよーーっ!!!)

 芽瑠の痛いくらい強い想いが、私に突き刺さった。

 普段からは想像できないくらい、強引に感情を揺さぶる扇情的な歌。

 高揚感がまだ胸の中に残っていて、とても熱い。

(もー!もー!もー!)

 思考を振り切ろうとしてもまとわりつくように残る彼女の歌と、あの笑顔。

 芽瑠と目が合わせられない。

 熱くなった頭の中は、ぐちゃぐちゃでまとまらない。

 それなのに、歌った達成感はどうしようもなく心地よかった。

「はああぁ……。浪漫、今日は帰りましょ」

「え!……まだまだ時間あるけどっ!?」

「今日は仲良くなるためでしょ、ご飯行きましょご飯。二人ともまだ大丈夫よね?こんなの飲まないとやってられないわ」

「いや、うちら未成年だけど……」

 遠くで聞こえていた話し声が、手を握られて急に近くなる。

「ほら、行くわよっ!泉っ」

「え、ええ!?」

 紅葉の手はとても温かかった。


 私たちは近くのファミレスへ向かうことになった。

 外に出ると雨はもう止んでいたが、じめっとした生ぬるい空気が肌にまとわりついて気持ち悪かった。

 歩いて五分ほどで着いたファミレスの店内は、思っていたより空いていてすぐ席に案内された。

「とりあえずドリンクバー四つでお願いしまーす」

 時刻は午後六時を回った頃だ。


「はあああぁぁ」

 席に着くなり、紅葉は項垂れて深いため息をついた。

「モミジ~、大丈夫かよ」

「……ちょっとだめかもしれないわ」

 紅葉はずっと様子がおかしい。

 浪漫はいつもとあまり変わらないみたいだ。

「テルイちゃんもごめんな、変なことに巻き込んで」

「……別にいい。浅倉さんの歌、聴けてよかった」

「それな!!」

 笑う浪漫に対して、眉をひそめる芽瑠。だけど、芽瑠の表情は今朝よりご機嫌で楽しそうだった。

 芽瑠の口元がゆるむのを見て、また心臓が跳ねた。つい、視線を外に逃がす。

「ねえ、聞いてる!?」

 紅葉がこちらを睨んだ。

「え、あ、聞いてるよ?」

「それで教えてくれるのよね? 今まで断ってた理由!」

「えっと、歌が苦手で……」

「……それで納得すると!?」

 紅葉の無言の圧が痛い。

 これはもう、言い逃れできそうになかった。

「……わかったよ」

 色々考えるのをやめて、自分の過去のことを話す決意をした。


「私、中学の時に養成所に通ってたの」

「……アイドルとかの?」

「まあ、近い感じ。そこで、グループ活動をしてたの。だから歌はずっとやってきたんだ」

「それって、どこのグループ!?今は活動してないの?」

 浪漫は身を乗り出して聞いてくる。

 そんな浪漫を手で制しながら話を続ける。

「今も活動してるよ」

「……何てグループ?」

 紅葉は眉をひそめて私の言葉を待つ。

「……FruiTriangle。当時は別の名前だったけど」

「なっ……」

「あはははっ!」

 紅葉は口を開いて固まり、浪漫はゲラゲラ笑い出した。

「待って待って。FruiTriangleって、あのフルトラ?」

「……そうだね~」

「そうだね~、じゃないわよっ!!」

 再び紅葉が頭を抱えて項垂れた。いつも冷静な紅葉が取り乱してるのは新鮮だった。

「うちもフルトラの生配信よく見てるよ〜。昨日も見てたし〜……って、ちょっと待って」

 何かを思い出したように、今度は浪漫が固まる。

「……この間さ、リーダーのカノンちゃんが言ってたんだよ。

 皆の注目が浪漫に集まる。


『私の尊敬してた人がいて、名前はいずみっていうんだけど』って」


 器用に声真似をする。

 カノンにそっくりだ。


「なっ……」

「もしかしてだけど、イズミのことだったり……?」

「あー……」


 カノンはなんでそんなことを言うのかな。


「うん、そうだと、思う」


 ガンッ!

 紅葉は机に突っ伏すと動かなくなってしまった。


「……なんでイズミは抜けちゃったのさ? 嫌なことでもされたの?」

「それは……」

 浪漫は悲しげに歪めた表情でこちらを見ていた。

 私が答えようとすると、それまで黙っていた芽瑠が口を開いた。

「……歌」

 思わず聞こえた単語に、私の心は揺らぐ。

 浪漫は首を傾げた。

「……え、歌?」

「浅倉さんの歌は上手いけど、わがまますぎる」

「どういうこと?」


 芽瑠の言葉に私は聞き入った。

 一見すると冷たい言葉。

 だけど、私にはよく見てくれているようでとても嬉しかった。

 たった一度歌っただけで、私が当時悩んでいたことも言い当てた芽瑠。


 二人の言葉を受けて、私は口を開いた。


「そう、私の歌はグループには馴染まなかったんだ」

 思い出すのは嫌なことか多い。

 唇を噛み締め、テーブルの下で指をきつく組んだ。


 歌だけは誰よりも頑張った。

 誰よりも練習した。

 誰よりも上手くなりたかった。

 なのに、上手くなるほど、みんなと歌が噛み合わなくなっていった。


「……そのうち私はグループから浮いて、一人になったんだ。それが辛かったの。だから、耐えられなくて逃げた。グループからも、歌からも逃げたんだよ、私は……っ」


 自分で抜けると決めたはずなのに、そのことがどうしようもなく悔しくて、逃げた自分をずっと責めていた。


「……だからね。もう、あんなに好きだった歌も……前みたいに歌えないんだぁ……っ」


 思わず涙がこぼれそうになるのをこらえて上を向く。

 誰もすぐに口を開かなかった。

 テーブルの上で氷がカランと音を立てた。

「うちも同じ状況だったら、イズミと同じことすると思うけどなぁ」

「え?」

 浪漫から返ってきたあっけらかんとした言葉に思わず聞き返す。

「だって、それだけ歌に悩んで、自分を責めるくらい向き合ってたイズミが、それでも上手くいかなくて抜けたんでしょ?それならさ、そのグループの方にも問題があるだろ!!」

 浪漫の考え方は強引だ。だけど、彼女なりに私を気遣ってくれているのだろう。

「うち、こういうシリアスなのわからないけどさ。気が向いたら、またやってみたらいいんじゃない?って思うけど」

「ね、私もそう思うわ」

 いつの間にか起き上がった紅葉。

「単純にそこが合わなかっただけでしょ?難しく考えすぎよ」

「そーそー。うちだってこの間、バイト一週間でやめたぜ?」

「いや、それは一緒にするもんじゃないでしょ……」

「でもよ! あのセクハラ店長! うちのけつ、三回も触ったんだよ?」

 呆れたように話す紅葉に楽しそうに笑う浪漫。いつもの調子で話す二人になんだか私まで笑えていた。

「も〜、私がこんなに真剣に話したのに」

「だって、イズミはイズミじゃん?」

「そうそう。それで私たちの仲が変わるわけじゃないわ」

 二人の優しい笑顔を見た瞬間、胸の奥で張りつめていたものが切れた。

「ぶえぇ……二人ともぉ……」

 我慢していた涙がポロポロと溢れる。紅葉から渡されたティッシュで鼻をかんでいると、右側から声がした。


「浅倉さん」


 芽瑠が真剣な顔でこちらを見ていた。


「また一緒に歌って」

「……め、照井さん」


 目を逸らすことも忘れていた。その表情がとても綺麗で珍しくて見つめてしまう――


「あの~、もしもし」

「うちらいるんだけど?」

 はっとして、視線を逸らした。自分の顔が熱くなっていく。

 芽瑠はゆっくりと席を立って、ちょっとだけ笑う。

「……あたし先に帰るね。お金置いとくから」

「おう、またな」

「気を付けてね」

 芽瑠は小走りで店を出て行った。いつもの三人になる。


「……とりあえず、転校生と仲良くなる任務は達成、だよな?」

「……そうなんじゃないかしら」

 私はいつも通りの関係のままでいられる安心感に満たされた。

「なーなー、イズミ。テルイちゃんと随分仲良いじゃん?」

「え、そ、そうかな?」

 さっきの笑顔とは違い、浪漫はいたずらな笑みをこちらに向けてきた。

「やっぱりお昼に何かあったろ?」

「……な、ないよ〜」

「二人とも、とりあえずご飯食べましょう。私、お腹すいたわ」

「まあ、そうだな、なんか頼もうか!腹減ったもんね」

 芽瑠には、昼休みのことをまだ聞けていない。


 ――余計なお世話。仲良くはできない。


 どうしてあんなことを言ったのだろう。


 芽瑠と少しだけ距離が近づいた。

 だけど、もやもやとした気持ちは完全には晴れていない。


 今は、いつもの三人との時間を楽しむことにした。解散したのは午後八時ごろだった。





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