始まりの歌④
隣で歌う芽瑠の姿に、あの頃のカノンを思い出した。
私の側にいても飲まれずにキラキラと自分の色に光る星。
どうしてこんなに安心できるのだろう。
ああ、やっぱり、私は芽瑠のことが――
我に返ったとき、全部が終わっていた。
本当は無難にこなすつもりだった。
なのに、芽瑠の歌に当てられて、我慢できず本気で歌ってしまった。
(あんなの反則だよーーっ!!!)
芽瑠の痛いくらい強い想いが、私に突き刺さった。
普段からは想像できないくらい、強引に感情を揺さぶる扇情的な歌。
高揚感がまだ胸の中に残っていて、とても熱い。
(もー!もー!もー!)
思考を振り切ろうとしてもまとわりつくように残る彼女の歌と、あの笑顔。
芽瑠と目が合わせられない。
熱くなった頭の中は、ぐちゃぐちゃでまとまらない。
それなのに、歌った達成感はどうしようもなく心地よかった。
「はああぁ……。浪漫、今日は帰りましょ」
「え!……まだまだ時間あるけどっ!?」
「今日は仲良くなるためでしょ、ご飯行きましょご飯。二人ともまだ大丈夫よね?こんなの飲まないとやってられないわ」
「いや、うちら未成年だけど……」
遠くで聞こえていた話し声が、手を握られて急に近くなる。
「ほら、行くわよっ!泉っ」
「え、ええ!?」
紅葉の手はとても温かかった。
私たちは近くのファミレスへ向かうことになった。
外に出ると雨はもう止んでいたが、じめっとした生ぬるい空気が肌にまとわりついて気持ち悪かった。
歩いて五分ほどで着いたファミレスの店内は、思っていたより空いていてすぐ席に案内された。
「とりあえずドリンクバー四つでお願いしまーす」
時刻は午後六時を回った頃だ。
「はあああぁぁ」
席に着くなり、紅葉は項垂れて深いため息をついた。
「モミジ~、大丈夫かよ」
「……ちょっとだめかもしれないわ」
紅葉はずっと様子がおかしい。
浪漫はいつもとあまり変わらないみたいだ。
「テルイちゃんもごめんな、変なことに巻き込んで」
「……別にいい。浅倉さんの歌、聴けてよかった」
「それな!!」
笑う浪漫に対して、眉をひそめる芽瑠。だけど、芽瑠の表情は今朝よりご機嫌で楽しそうだった。
芽瑠の口元がゆるむのを見て、また心臓が跳ねた。つい、視線を外に逃がす。
「ねえ、聞いてる!?」
紅葉がこちらを睨んだ。
「え、あ、聞いてるよ?」
「それで教えてくれるのよね? 今まで断ってた理由!」
「えっと、歌が苦手で……」
「……それで納得すると!?」
紅葉の無言の圧が痛い。
これはもう、言い逃れできそうになかった。
「……わかったよ」
色々考えるのをやめて、自分の過去のことを話す決意をした。
「私、中学の時に養成所に通ってたの」
「……アイドルとかの?」
「まあ、近い感じ。そこで、グループ活動をしてたの。だから歌はずっとやってきたんだ」
「それって、どこのグループ!?今は活動してないの?」
浪漫は身を乗り出して聞いてくる。
そんな浪漫を手で制しながら話を続ける。
「今も活動してるよ」
「……何てグループ?」
紅葉は眉をひそめて私の言葉を待つ。
「……FruiTriangle。当時は別の名前だったけど」
「なっ……」
「あはははっ!」
紅葉は口を開いて固まり、浪漫はゲラゲラ笑い出した。
「待って待って。FruiTriangleって、あのフルトラ?」
「……そうだね~」
「そうだね~、じゃないわよっ!!」
再び紅葉が頭を抱えて項垂れた。いつも冷静な紅葉が取り乱してるのは新鮮だった。
「うちもフルトラの生配信よく見てるよ〜。昨日も見てたし〜……って、ちょっと待って」
何かを思い出したように、今度は浪漫が固まる。
「……この間さ、リーダーのカノンちゃんが言ってたんだよ。
皆の注目が浪漫に集まる。
『私の尊敬してた人がいて、名前はいずみっていうんだけど』って」
器用に声真似をする。
カノンにそっくりだ。
「なっ……」
「もしかしてだけど、イズミのことだったり……?」
「あー……」
カノンはなんでそんなことを言うのかな。
「うん、そうだと、思う」
ガンッ!
紅葉は机に突っ伏すと動かなくなってしまった。
「……なんでイズミは抜けちゃったのさ? 嫌なことでもされたの?」
「それは……」
浪漫は悲しげに歪めた表情でこちらを見ていた。
私が答えようとすると、それまで黙っていた芽瑠が口を開いた。
「……歌」
思わず聞こえた単語に、私の心は揺らぐ。
浪漫は首を傾げた。
「……え、歌?」
「浅倉さんの歌は上手いけど、わがまますぎる」
「どういうこと?」
芽瑠の言葉に私は聞き入った。
一見すると冷たい言葉。
だけど、私にはよく見てくれているようでとても嬉しかった。
たった一度歌っただけで、私が当時悩んでいたことも言い当てた芽瑠。
二人の言葉を受けて、私は口を開いた。
「そう、私の歌はグループには馴染まなかったんだ」
思い出すのは嫌なことか多い。
唇を噛み締め、テーブルの下で指をきつく組んだ。
歌だけは誰よりも頑張った。
誰よりも練習した。
誰よりも上手くなりたかった。
なのに、上手くなるほど、みんなと歌が噛み合わなくなっていった。
「……そのうち私はグループから浮いて、一人になったんだ。それが辛かったの。だから、耐えられなくて逃げた。グループからも、歌からも逃げたんだよ、私は……っ」
自分で抜けると決めたはずなのに、そのことがどうしようもなく悔しくて、逃げた自分をずっと責めていた。
「……だからね。もう、あんなに好きだった歌も……前みたいに歌えないんだぁ……っ」
思わず涙がこぼれそうになるのをこらえて上を向く。
誰もすぐに口を開かなかった。
テーブルの上で氷がカランと音を立てた。
「うちも同じ状況だったら、イズミと同じことすると思うけどなぁ」
「え?」
浪漫から返ってきたあっけらかんとした言葉に思わず聞き返す。
「だって、それだけ歌に悩んで、自分を責めるくらい向き合ってたイズミが、それでも上手くいかなくて抜けたんでしょ?それならさ、そのグループの方にも問題があるだろ!!」
浪漫の考え方は強引だ。だけど、彼女なりに私を気遣ってくれているのだろう。
「うち、こういうシリアスなのわからないけどさ。気が向いたら、またやってみたらいいんじゃない?って思うけど」
「ね、私もそう思うわ」
いつの間にか起き上がった紅葉。
「単純にそこが合わなかっただけでしょ?難しく考えすぎよ」
「そーそー。うちだってこの間、バイト一週間でやめたぜ?」
「いや、それは一緒にするもんじゃないでしょ……」
「でもよ! あのセクハラ店長! うちのけつ、三回も触ったんだよ?」
呆れたように話す紅葉に楽しそうに笑う浪漫。いつもの調子で話す二人になんだか私まで笑えていた。
「も〜、私がこんなに真剣に話したのに」
「だって、イズミはイズミじゃん?」
「そうそう。それで私たちの仲が変わるわけじゃないわ」
二人の優しい笑顔を見た瞬間、胸の奥で張りつめていたものが切れた。
「ぶえぇ……二人ともぉ……」
我慢していた涙がポロポロと溢れる。紅葉から渡されたティッシュで鼻をかんでいると、右側から声がした。
「浅倉さん」
芽瑠が真剣な顔でこちらを見ていた。
「また一緒に歌って」
「……め、照井さん」
目を逸らすことも忘れていた。その表情がとても綺麗で珍しくて見つめてしまう――
「あの~、もしもし」
「うちらいるんだけど?」
はっとして、視線を逸らした。自分の顔が熱くなっていく。
芽瑠はゆっくりと席を立って、ちょっとだけ笑う。
「……あたし先に帰るね。お金置いとくから」
「おう、またな」
「気を付けてね」
芽瑠は小走りで店を出て行った。いつもの三人になる。
「……とりあえず、転校生と仲良くなる任務は達成、だよな?」
「……そうなんじゃないかしら」
私はいつも通りの関係のままでいられる安心感に満たされた。
「なーなー、イズミ。テルイちゃんと随分仲良いじゃん?」
「え、そ、そうかな?」
さっきの笑顔とは違い、浪漫はいたずらな笑みをこちらに向けてきた。
「やっぱりお昼に何かあったろ?」
「……な、ないよ〜」
「二人とも、とりあえずご飯食べましょう。私、お腹すいたわ」
「まあ、そうだな、なんか頼もうか!腹減ったもんね」
芽瑠には、昼休みのことをまだ聞けていない。
――余計なお世話。仲良くはできない。
どうしてあんなことを言ったのだろう。
芽瑠と少しだけ距離が近づいた。
だけど、もやもやとした気持ちは完全には晴れていない。
今は、いつもの三人との時間を楽しむことにした。解散したのは午後八時ごろだった。




