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Walking in Magic hour  作者: Alerl
始まりの歌
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3/12

始まりの歌③

 浅倉さんはいつも一歩遠くから遠慮がちに物事を見ている。相手の顔色を窺って、嫌なことを嫌と言えない。自分より他人を優先してしまう、気遣い屋さん。

 そんな人がどうしてあたしに近づいてきたのだろう。

 あたしみたいなタイプは、一番苦手だろうに。


 傘を打つ雨の音がポツポツと響いた。

 学校からカラオケ店へ向かう道だ。

 紅葉と浪漫が少し先を歩き、あたしは浅倉さんの隣を歩いていた。

「ねえ、モミジ。うち、またあの曲聴きたい」

「浪漫って、ほんとあの曲、好きね」

 二人の会話を聞きながら、あたしは隣にいる浅倉さんに話しかけた。

「……歌、苦手なの?」

 浅倉さんは一瞬目を見開いたが、すぐに口元だけを持ち上げた。

「……うん、まあね」

「意外」

「そうかな?」

「得意そうに見える」

「……えっ」

 表情がまるで隠せていない。

 不安なのにそれを隠すように笑う。

 ただ歌うことが苦手なだけで、そんな顔をするのだろうか。

「……どうしてそう思ったの?」

「なんとなく」

「……そっか。すごいね、照井さん」

 何度もその笑顔を見てきた。なんでそんなに無理に笑うのだろう。

「照井さんは歌うの好きなの?」

「……好き」

「意外かも」

「そう」

 歌を聴けばその人の性格や感情、考え方が伝わってくる。

 ただの気まぐれだ。あなたの歌を聴いてみたいと思った。


 カラオケ店に着き、受付を済ませると部屋に案内された。

「よし、一番手!橋本浪漫!!いきますっ!!」

 一番手は橋本さん。あたしの苦手な人。

 選曲は演歌の有名曲。周りを気にしない選曲だ。

 怖いもの知らずで堂々とした歌い方。間違っていても止まらず、まっすぐ自分を突き通す。そんな彼女の味がよく出た歌だ。

「やっぱ浪漫はこの曲よね~」

 横で日向さんは頷き、浅倉さんはニコニコしながら手を叩いていた。

 あっという間に曲が終わった。

「いやー、歌った歌った!!で、次は、モミジだよね?」

「ええ、採点も入れてばっちりだわ!」

「え、勝手にいれたの?」

「二人の番になったら消していいから!私は何としても95点を超えるの……っ!」

「あはは、がんばれ~!」

 日向さんが歌うのはポップスの有名曲。ハイトーンの男性ボーカル曲だ。丁寧に、それでいて大胆に歌っていく。一音目の入りも慎重で、音を外さないよう声を当てていく様は、いかにも優等生という感じだった。

「くそっ!!94.8!!」

「紅葉、上手!!」

「やっぱ、モミジのこの曲めっちゃ好き!めっちゃいい!」

「あ、ありがと!……あとは、二人だけど」

「せっかくなら何か歌ってみたらどう?」

 あたしたちの番が来た。二人の視線が集まる。

 横に目をやると浅倉さんは落ち着かない様子だ。

「浅倉さん、歌わないの?」

「……うん、私は聴いてるだけでいいよ」

 あたしは彼女の歌を聴いてみたい。

 橋本さんが何か思いついたように両手を合わせた。

「なら二人で歌ったらどう!?」

「確かに!それなら恥ずかしくないんじゃないかしら?」

「げ……」

 この人もたまには空気を読めるんだ。浅倉さんは困っているけど、今はこの流れに乗ることにした。

「この曲なら知ってる?」

「……え、うん。一応、知ってるけど」

「なら、一緒に歌ってほしい」

「おー!テルイちゃんいいよ!イズミ、観念して歌え!!」

 浅倉さんは考えるように腕を組んだ。だけど、その手は少し震えていた。

 十秒ほどたっぷり悩んだ後、諦めたように息を吐いた。

「…………わかったよぉ」

「よしっ!!」

 日向さんと橋本さんはハイタッチをしていた。

 あたしは彼女の気持ちが変わらないうちにすぐ曲の予約をする。


 イントロが流れ出した。

 控えめな伴奏で始まる、愛を歌ったバラード曲。

 女性デュエットの珍しい曲だ。

 彼女の表情は周りの盛り上がりと反比例するように曇っていった。

「先に歌うね」

「……ありがとう、お願い」

 そわそわとした様子でぎこちなく笑う浅倉さん。もしかしたら、無難にこなして本気で歌わないかもしれない。

 歌うことが嫌というより、歌っていいかを躊躇っているように思えた。


 ――大丈夫。我慢しないでいいから。


 曲に浸っていく。イントロが終わったら、あたしのパートが始まる。


 ――聴いて、あたしの想い。


 息を吸って、声を出した。

 声に自分の想いを乗せる。

 難しいことを考えなくていい。

 歌詞があたしの中に落ちてくる。


「……おおっ!!テルイちゃん上手すぎっ!!」

「……や、やるわね!」

 ああ、やっぱり音楽は素敵だ。この没入感。

 楽しい。気持ちいい。

「……」

 浅倉さんは口を閉じてこちらを見ていた。

 どうしてそんな不安そうにしているの?思いっきり歌っていいんだよ。

 あたしは苦手なりに精一杯、笑ってみせた。すると、浅倉さんのぎこちない表情が綻ぶ。


 さあ、次はあなたの番。あたしの想いに答えて。

 きっと……、あなたは歌えるんだよね。

 頷くと、浅倉さんはゆっくりと息を吸った。


 一小節のブレイク。


 Bメロが始まった。

 彼女の声が聞こえた瞬間、部屋の雰囲気が変わる。


「……やっぱり」


 この人は歌に生きてきた人だ。さっきまで不安そうだった人の歌声とは思えない。


「マジかよ……」


 橋本さんの声が聞こえた。

 日向さんは手を口に当てている。

 ハスキーな歌声は普段の彼女とは違う印象だった。

 彼女の歌には、一度惹きつけた人を離さない、暴力的な魅力。


 ……すごい。


 彼女の想いが心に色を付けるように、あたしの気持ちが昂っていく。


 伴奏が盛り上がってきた。

 サビが近い。二人で歌うパートだ。

 ても、浅倉さんには遠慮があるみたいだ。

 きっと、サビはあたしに譲ろうとする。

 でも、あたしはもっとあなたの歌を聴きたい。

 あなたにメインパートを歌ってほしい。

 彼女がマイクを口から離そうとする。

 だから、あたしは首を振った。


 ダメだよ、そのまま歌って、と――


 彼女はあたしを見て、小さく頷いた。

 あたしもマイクを口に近づける。


 ――あなたを引き立てるから、その歌をもっとあたしに聴かせてほしい。


 二人で息を吸う。

 そのまま、サビに入った。





 曲が終わった。

 しばらくの静寂が流れる。


 最後の音が消えても、浅倉さんはマイクを握ったまま動かなかった。

 目が合うと、彼女は夢から覚めたように息を呑んだ。


「……泉、あなた……」

 日向さんは勢いよく立ち上がり浅倉さんの肩を掴むと、しばらく下を向きながら、わなわなと震えていた。

「なんで今まで、私たちの誘いを断ったのよっ!!!」

「……え、え」

「そんっなに、上手いのにどうしてよ!ああ、もう理解できない!!」

 日向さんは半泣きで浅倉さんの肩を激しく揺すり続けた。浅倉さんはただ苦笑いをしていた。

「ひどいじゃない!!バカ」

「ええ!なんでよぉ!」

「なんででもよ!!」

 何度も揺すられながら、どうしたらいいのかわからない様子の浅倉さん。でも、表情はとても楽しそうだった。先ほどまでの不安げな様子もない。

「というか、イズミだけじゃなくて、テルイちゃんもマジヤバくない?」

「ほんとよね……」

「何、あのハモリ……?」

 橋本さんと日向さんが、あたしの話をしているようだ。だけど、あたしは熱に浮かされていて二人の話はあまり耳に入らない。

 心臓は今も、速い鼓動を刻んでいた。



2026/10/01

読みやすく改行など訂正。


2026/10/03

軽微修正。

一箇所、私→あたしに修正。

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