揃う温度と過去②
ついに出ました。カノン編。
このあたりから一番書きたかった部分が始まります。
自分の心臓の音がうるさい。
耳の中でドクン、ドクンという音が響いていた。
「……あ、えとえとっ……その……」
芽瑠に勢い余って愛を告白してしまった。
沈黙に耐えかねて慌てて何か話そうとするが、上手く言葉がまとまらなかった。
「泉……ありがとね」
「あっ……ええっと……」
――ありがとね。
芽瑠の冷静さと私に対する感謝の言葉。
何となく察してしまった。
急激に頭が冷えていく。
また、焦ってしまった。いつもいつも芽瑠の前では空回りばかりだ。
「あたしも泉のこと好きだよ」
「うん……」
「付き合おっか」
「……うん、ごめん…………え?」
今、なんて?
「ん? どうしたの?」
「……なんて言ったの?」
「あたしも泉のこと好きだよ、って」
「その後だよ」
「付き合おっか?」
「ええ!?」
「……泉、声大きいよ」
「ああ、ごめん」
芽瑠が私を好きなことは知っていた。
でもそれは、恋愛的な意味ではなくて友達としての好意だと思っていた。
振られることを覚悟して、諦めようと思った。これから芽瑠とどう接していこうかと考えていた。
「付き合ってくれる……の?」
「うん、だって告白されたよ」
「それじゃ、芽瑠と私は恋人?」
「そうだよ?」
「……はは、あはは」
彼氏だって出来たこともない私に彼女ができてしまった。
「……泉。このあとどうしたい?」
芽瑠の上目遣いは刺激が強くて、やはり私の心は穏やかではなかった。
――
これは私と、私が尊敬していた人の話だ。
彼女は、人を惹きつける天才だった。
ギラギラした向上心と、行き過ぎたストイックさ。
それなのに、痛みを隠して笑う健気さと儚さ。
愛おしかった。
可愛かった。
大好きだった。
なのに、私たちが……。
私たちが、あの輝きを刈り取ってしまった。
メジャーデビュー前。
ライブを終えたばかりの控室にインタビュアーが来ていた。
「フルーツアソートの皆さん、お疲れさまでした!」
「ありがとうございます!」
「いやー、やっぱりパフォーマンスのレベルが高いですよね」
「とんでもない! 嬉しいお言葉恐縮です」
フルーツアソート。
数多くのアイドルが活動している中で、私たちは、実力派として少しずつ注目され始めていた。
リーダーは四之宮花乃。カノンの愛称で活動している私だ。
こういう場では、代表して私が受け答えすることが多かった。
「やっぱり、笹本さんのお力なんですかね」
「……はい、笹本先生にはいつもお世話になっております」
笹本正人。
私たち以外にも複数のアイドルグループを生み出した、敏腕プロデューサーだ。
「あの人が作るグループって、いつも当たるからなぁ」
「ほんと、先輩グループの背中が大きくて困っちゃいます」
笑顔を作る。
相手の言葉に適切に相槌を打つ。
グループの看板に泥を塗らない。
それもリーダーの仕事だった。
「そういえば、噂になってますよ? プロデューサーが変わるって」
ちっ……あのクソ狸め。
前からそれらしい話は耳に入っていた。
外に漏れ始めているということは確定なのだろう。
メジャーデビューに向けて、私たちは別会社に移籍する。
「ええ! そうなんですか?」
「え、カノンちゃん知らなかったの」
「……初めて聞きました」
もちろん嘘だ。
笹本のやり方は知っている。
本当に上手くいったグループ以外は、ある程度まで育てたところで手放し、他社へ売る。
そこで失速しても、笹本本人の名前には傷がつかない。
「ちょっと残念ですね。今のフルーツアソートが好きだったんですけどね」
「あはは、こればっかりは仕方のないことですよ」
「あ、泉さんっていらっしゃいますか? もしよければ話をしてみたいのですが……」
「呼びますね」
部屋の一番奥を見る。
「泉、呼ばれたよ」
「え、え、え!?」
慌てふためきながら泉が出てきた。
「こんにちは、泉さん! 少しお話いいですか?」
「は、はいいっ!」
質問をする前に、インタビュアーは泉をじっと見つめた。
「……あれ、泉さんってもっとかっこいい感じなのかと思ったんですけど、その……可愛らしい方なのですね」
「え!? そ、そんなことないですよ……っ!」
見るからにしどろもどろになっている。
そう、泉は可愛いのだ。
このインタビュアーはよくわかってるじゃないか。
「泉さん、今日の歌はすごく良かったですね! 確か最年少だとか」
「あ、いえ……今日の歌は全然でした……」
途端に泉の顔に影が落ちた。
「え、そうなのですか?」
「はい、サビ前の溜めも半拍くらいズレてましたし、他にもいろいろ……」
そのまま、声にならない独り言をごにょごにょ言い始めた。
「ほらー泉! 反省会は裏でするからね〜! 今は楽しかったことを言おうね!」
「え、は、はい……」
「……ま、まあ! ストイックなのでしょう!」
「はい、すみません。まだ若いので大目に見てやってください」
浅倉泉、十三歳。
最年少でオーディションに合格。
圧倒的な歌の魅力。
行き過ぎているくらいのストイックさ。
誰よりも早くスタジオに来て、誰よりも長く練習していた。
ステージの上だけを見れば、年齢なんて関係ないと思ってしまう。
でも、どんなに歌が上手くても十三歳の少女に変わりはないのだ。
プロデューサーの変更が正式に発表されたのは、その日の夜だった。
「じゃあ、お前らは今日から別会社に移籍となる。今後のプロデューサーになるのはこの人だ」
「初めまして」
前に出てきたのは、百九十センチ近い大男だった。
切れ長の目で、こちらを順番に見渡している。
佐藤大安。
「佐藤さんは韓国や中国など、アジア圏を中心に活動しているプロデューサーだ。数々のグループを見てきている。実力は確かだぞ。お前たちも立派なアイドルにしてもらえる。良かったな」
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
私たちは揃って頭を下げた。
新会社へ移って、最初のレッスン。
「センターは泉。あなたです」
突然名前を呼ばれた泉が、裏返った声を上げた。
「わっ、私ですか!?」
「はい。あなたが一番、魅力的です」
「……っ」
確かに泉は魅力的だ。歌も十分すぎるほど上手い。
だけど、センターはそれだけじゃない。上手いだけで務まるほど簡単なものじゃないはずだ。
「それから、他のメンバーには泉の歌を真似てもらいます」
「はぁっ!?」
一斉にざわめきが起こった。
「え……確かに泉の歌はすごいけど、あんなの真似はできないですよ……」
「うちも……可愛く歌いたい」
大安は騒ぐメンバーを一瞥した。
「黙りなさい」
空気が止まった。
「あなたたちの歌には魅力がない。だから、一番上手い人の歌を真似してください。全員が泉みたいになってください」
歌が上手くなるために、誰かの真似をする。それ自体はおかしな話じゃない。実際のレッスンだって、そうやって学ぶことはいくらでもある。
でも、上手くなることと、魅力的になることは、私の中では同じじゃなかった。
「納得できないですけど?」
「なぜ?」
フルーツアソートは、色々な個性を持った『フルーツ』が集まったグループだ。
拙い部分があっても、その誇りを持ってここまで頑張ってきたのだ。
「実力が足りないのはわかってます。ただ、個性を殺すのはどうなんですか?」
「……下手くそに個性もありますか?」
「……その個性があったから、こうしてあなたの元まで来たんじゃないんですか?」
空気が張り詰める。大男の細い目がさらに細くなった。
「……四之宮花乃、あなたはリーダーですね」
「そうですが」
大安は腕を組み、たっぷり十秒ほど黙り込んだあと、大きく息を吐いた。
「……はぁ、それならあなたがセンターでもいいですよ」
「は……?」
頭に血が昇っているのを感じた。しかし、感情的になったら負けだ。
一度、ゆっくりと呼吸を整えた。
「……理由を聞いても?」
「元々、才能もセンスもない人には興味がないんです。あなたも泉にはかなり劣りますが、それなりの魅力があります。だから、あなたがセンターでも構いません」
そして他のメンバーを見た。
「真似して少しでも早く上手くなってください。個性は、上手くなってから身につけるものです。それでは」
大安はそれだけ言うと、部屋を出ていってしまった。
残された私たちには重い沈黙が残った。
「……ちっ」
思わず舌打ちをすると、何人かが肩を震わせた。
「……カノン」
振り返ると、泉がおずおずと手を挙げていた。
「どうしたの?」
「……私、センターやるよ」
「……本気?」
「うん」
泉はこれから起こることが分かっていない。人の熱量はそれぞれ違うし、飛び抜けた才能は、ときに周囲から疎まれる。
上手くいかないとき、不満が溜まったとき、その矛先が、これから泉へ向くかもしれない。
この子は優しすぎる。
歌が好きで、ただ楽しく歌ってきたこの子が、もう純粋な気持ちで歌えなくなるかもしれない。
だけど、私には、この子の代わりを務められるほどの力はなかった。
「わかった……やれるところまでやってみようか」
「うんっ!」
泉は嬉しそうに笑った。
新しい体制になってから、数か月が経った。
その間に、泉は十四歳になった。
そして、私は改めて泉に驚かされた。
泉は自分の良さを残しながら、他の人にも寄り添うように歌ったのだ。
全員を泉に合わせるんじゃない。泉自身が少しずつ形を変えながら、全員の良さを拾っていく。
天才だと思った。この子の底が、ますます分からなくなった。
ただ、大安は納得しなかった。
ある日の練習。全員のパフォーマンスが終わったあと、大安は泉だけを前へ呼び出した。
「なんであなたがみんなに寄り添う?」
「……え?」
練習通り出来ていた。クオリティだって、移籍前より上がっていたし、大きなミスだってなかった。
「私は他の人間に、あなたを真似るよう言ったんです。あなたが他の人間を真似てどうするんです?」
「え……でも……私の真似は……」
「はぁ……」
大安は後ろの三人を指さした。
「あなたたち、もう歌わないでいいです」
「えっ……」
「ダンスだけやっててください。邪魔です」
「……っ!」
大安はそういうと、扉を荒々しく閉めて出ていってしまった。
誰も口を開かないレッスン室で、泉だけが指された三人へ歩いていく。
「……ねえ」
「……泉」
「ごめん」
「なんで……泉が謝るの」
「私が良いと思ってやったことだったから……」
泉が悔しそうに唇を嚙んだ。
誰も適当にやっていたわけじゃない。今日のために、少しでもいいものを作ろうと全員で練習してきた。
その三人のうち、一人が口を開いた。
「……謝るのは私だよ」
「え?」
「ごめん、足を引っ張って」
「そんなことないよ! 謝らないで」
「……あなたに迷惑をかけたくない」
「迷惑だと思ってないから! これから一緒に――」
たぶん。これが、きっかけだった。
挫折したわけじゃない。
努力が足りなかったわけでもない。
ただ、あの日から泉は、前みたいには歌えなくなった。
人の顔色を見て、誰かに喜んでもらいたくて、頑張るような泉だからこそ、一番傷ついてしまう言葉。
「邪魔になるから一緒に歌えない」
「えっ……」
彼女は泉と目を合わせないまま続けた。
「――私、グループ抜けるね」
同時に残りの二人も立ち上がった。
「うん、うちらも」
「え、ちょっと……え」
三人は部屋を出ていく。
「え……あぁ……待って……」
伸ばした泉の手は空を切った。
「……ああ、あああ」
泉が膝から崩れ落ちた。
「泉っ」
泉はそのまま眠るように目を閉じて、何度呼びかけても目を開けなかった。
体に異常はなかったようで、泉は翌日にはレッスンに参加していた。
でも、泉の体には異変が起こっていた。
「……はっ! ……はぁ~!」
「どうしたの?」
「……歌えない」
「え?」
泉の歌はとてもぎこちなくて、歌声が途切れ途切れになっていた。けっして下手ではないが、以前の強烈な魅力はどこにもなかった。
「……どうしてっ!」
泉は何度も歌い直した。それでも、泉の魅力的な歌声は戻ってこない。
――浅倉泉は壊れてしまったのだ。
それから、フルーツアソートは目に見えて崩れ始めた。
泉が歌えなくなったことだけが理由じゃない。
大安への不信や変わってしまったグループの方針。
先に辞めた三人への後ろめたさ。
積み重なっていたものが、一気に噴き出したのだと思う。
一人、また一人とレッスンに来なくなった。
退所する子もいた。
別の道へ進むと言う子もいた。
気がつけば、広かったレッスン室には空いた場所ばかりが目立つようになっていた。
その中で、泉だけは毎日来た。
歌えなくても、何度失敗しても歌おうとしていた。
それが、見ていて一番辛かった。
そんなある日。
大安から私だけが呼び出された。
「フルーツアソートは解散させます」
「……そうですか」
驚かなかった。むしろ、ようやく口にしたかと思った。
「ただし、あなたには残ってもらいます」
「……私?」
「はい。春日野りあも残します。それから……」
机の上に、一枚の写真が置かれた。そこには、見たことのない少女。
彼女は陣内ソフィア。
「この三人で新しいユニットを組みます」
「……泉は?」
考えるより先に、その名前が出た。
大安は、わずかに眉を動かした。
「彼女は必要ありません。そして、新しいグループの名前は、FruiTriangle。愛称はフルトラでいきます」
フルーツアソート。そこから形を変えて残された名前。
「あなたがリーダーです」
「……そうですか」
思うところはたくさんあるが了承した。この人のためじゃない。泉のためでもない。
これは私の夢のためだ。
その夜のレッスン室。
年齢的にはもう帰らないといけない時間だった。
窓の外には、車が一台停まっていた。おそらく泉の母の車だろう。
「泉?」
「……カノン」
隣に腰を下ろした。
「帰らないの?」
「……うん、お母さんに待ってもらってるから」
「そう」
「……ねえ、少し聞いてもいい?」
「んー? どうしたの?」
「……どうして、カノンじゃなくて私をセンターにしたの」
疑問というより独り言、自問に近いのだろう。
一瞬、答えに詰まった。
「泉が一番、魅力的だからだよ」
「私……センター向いてないよね」
「……そうかもね」
虚ろな目のまま遠くを見つめる泉。
しばらく、何も言わなかった。
さっき大安に言われたことを思い出した。
「……泉」
「なに?」
「フルーツアソート、なくなるんだって」
泉の目が、わずかに動いた。
「……そっか」
「うん」
それだけだった。
もう少し驚くと思っていた。
「大安から、次のグループの話が来てる」
「……次?」
「私と、りあ。それから新しい子を一人入れて、三人でやるって」
「……そうなんだ」
「FruiTriangleって名前。愛称はフルトラだって」
「……フルトラ」
泉が小さく呟いた。
「私がまたリーダーやるから」
「……すごいね」
苦しそうに悲しそうに笑う泉の表情が、とても辛そうだった。
「泉は?」
泉は答えなかった。
「泉は、どうする?」
長い沈黙。
「歌うのやめる」
「……そっか」
「ごめんね、カノン」
「なんで?」
「……センターに指名されたとき、カノンの助けになれるかもって思った」
「……」
「いつもリーダーいろんなことやってて……。私がセンターやったら、少しは楽になるかなって思ってた」
「泉……」
「でも、全然できなかった」
そんなことを考えていたのか。
たしかに泉には、慣れないことなのかもしれない。だけど、私はみんなをまとめること、目立つことは得意だ。
「……私がもっと上手くできてたら、みんな辞めなかったのかな」
「それはっ……」
私は十九歳。
泉は十四歳。
色々なものを背負うには、まだ若すぎた。
「泉」
「……なに?」
「もういいから」
泉がこちらを見る。
「……頑張りすぎないでよ。辛かったら、辞めていいから」
泉の目が見開かれた。
溜まっていた涙が、目尻からこぼれた。
「でも……カノンだって」
「大丈夫」
泉の手を取った。
「私は全然大丈夫だよ。次のグループでもリーダーやって、フルーツアソートじゃなくなっても、私がちゃんと引っ張っていく」
握った手に力を込めた。
「だから、泉はもう休もうよ」
「……」
「見ててほしい」
泉の指が、ほんの少しだけ動いた。
私の手を握り返す。
「……うん」
自分を無理やり納得させるような、そんな頷きだった。「ねえ、泉」
「なに?」
「解散ライブしよ?」
「え……どこで?」
私は、真下を指さした。
「ここでっ!」
一週間後。
泉と私、二人だけのラストライブをいつものレッスン室でやった。
観客はいないし、照明もない。衣装だって着ていない。
ただ、二人で歌った。
次に私がステージへ立つときは、FruiTriangleのカノンとしてだ。
だからこれは、泉と私が、フルーツアソートとして歌う最後の日だった。
最後の曲。
隣を見ると、泉が笑っていた。
昔みたいには歌えていない。
今なら、私の方が上手いくらいだ。
「ねえ、カノン」
「なに?」
「やっぱ、カノンの背中を追いかけてる方が安心するみたい」
「……そっか」
「さすがリーダーだよ」
「まあねっ」
泉も笑った。
「もし、最初からカノンがセンターになってたらさ……」
笑顔のまま、泉が少し視線を落とした。
「――そうしたら、私も辞めないで続けていられたかもしれないのに」
泉は手をきつく握っていた。
そんな泉を優しく抱きしめた。
「……私は、泉が頑張ってくれて嬉しかったんだよ」
泉は首を振った。
「……でしゃばって、ごめん」
違うよ、そんなことを言ってほしくない。
でも、この子は全部自分のせいにして抱え込んでしまうから。
「……今は忘れよっ!」
無理やり明るい声を出した。
「最後の曲、いくよっ!」
「……うん!」
音楽が流れ始めた。
あの日を最後に、泉とは会っていない。
私はFruiTriangleとしてデビューした。
ありがたいことに、フルトラは瞬く間に名前が広がった。
テレビに出て、ライブをして、街を歩けば声をかけられるようにもなった。
今、あの子は何をしているんだろう。
ちゃんと笑えているだろうか。
ただ、元気でいてくれたらそれでいい。
「会いたい」
窓の向こうに広がる夜景を見下ろし、ため息をついた。
もし、もう一度あの子に会えたなら、私は何と声をかけるだろうか――。
都度訂正が入るかもです。
誤字脱字あればご報告ください。
何かあればこちらまで
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