揃う温度と過去③
「……はは、あはは」
芽瑠が彼女。私の彼女になった。
……やっぱり、あまり現実味がない。
「……泉。このあとどうしたい?」
上目遣いで見つめてくる芽瑠を見て、心臓が高鳴る。
「……抱きしめたい」
「いいよ? 来て」
芽瑠は両手を広げて、首を傾けた。私は間髪入れず彼女を引き寄せ、抱きしめる。
腕を回すと、自分の手の長さでも余裕があるほど細い身体。それでも、女の子らしく骨張っていなくて柔らかい。
半袖から出ている腕は湿っていて、私と同じように汗をかいていた。
「泉、ドキドキしてる」
「……なんか芽瑠、慣れてない?」
「そんなことないよ」
横から聞こえる芽瑠の息遣い。それが妙に生々しくて、耳元で吐息が聞こえるたびにゾワゾワした。
当たり前なのに、芽瑠の体温を感じて、彼女も生きていることを再認識する。
「泉」
「……はい」
「……呼んだだけ」
「……えー、何それ」
芽瑠が可愛い。
「芽瑠」
「なーに?」
「……好き」
「……あたしも」
抱いていた不安とか、悩みとか、辛さとか、生きづらさとか、芽瑠と触れている時は忘れることができた。
気がつくと、芽瑠のコップに入った麦茶の氷はすっかり溶けていた。私たちは手を繋いだままソファに座った。
「あのさ」
「……なに?」
「芽瑠の恋愛対象って女?」
「……わかんない」
外で雷が鳴った。おそらく夕立だ。
「ごめん」
「え、何が?」
「なんか勢いで告白しちゃったけど、断れなかったのかなって」
「あのさ……そういうのって、告白した日に言わなくない?」
「……えへへ、なんかもう不安になってきちゃって」
芽瑠は私に抱きついてきた。
抱きしめる腕の力が、さっきよりずっと強い。
芽瑠の不機嫌さが伝わってきた。
「……あたし、結構めんどくさい女だよ」
「……私と同じだ」
「恋愛ってよく分からない。だけど、泉の一番はあたしじゃないとやだ」
「何それ」
「責任取ってくれるんでしょ?」
私が芽瑠と釣り合っているとは思わない。ただ、芽瑠の心の隙間にぴったりはまるのが、私だったんだと思う。
「芽瑠って今、仲いい人はいないんだよね?」
「……悪い?」
ご両親のことはわからないけど、きっと芽瑠には心を許せるような人が必要なんだ。
「じゃあ、今は私だけだね」
「うん」
これから先、芽瑠にたくさんの友達ができて、いろんな人を知った時。もう一度私を選んでくれるだろうか。
「友達作らないの?」
「……怒るよ?」
わからない。
きっと、今の時間がなくなってしまうのは寂しい。
「えへへ、怒ってる芽瑠も可愛い」
「え、きも」
私の中で、芽瑠を独占したい気持ちと、友達が増えてほしい気持ちが入り混じっていた。
気がつくと、時刻は十四時。昼食をまだ食べていなかった。
「ご飯どうする?」
「泉は料理できるの?」
「うん、材料があれば」
学校に持っていくお弁当も、時々自分で作る程度には料理をする。
「なら作ってよ」
「いいよ」
そう言って私はキッチンの前に立った。芽瑠も私のすぐ横に来た。
「何食べたい?」
「任せる」
「簡単なものにするね」
昼食にパスタを茹でて、二人で食べた。
食後は芽瑠の部屋を案内してもらった。
「パソコン大きいね」
「そう?」
ベッドとPCが置かれたシンプルな部屋だ。机は大きくて、角の方には小さな本棚があった。
部屋の端にあるパソコンにはモニターが複数繋がっていて、周りにはスピーカーや鍵盤キーボードなどが並べられていた。
「曲作ってるんだっけ?」
「うん」
「……すごいなぁ」
「泉もできるよ」
「えーっ、できないよ!」
芽瑠は私を買い被りすぎだ。
楽器だってまともにできやしない。
「ねえ、もう歌はやらないの?」
「それは……」
その言葉は思ったより嫌じゃなくて、すっと心に落ちていった。
「……うん、今はやらないかな」
「そっか」
「私にもう一度歌やってほしいの?」
「んー、わかんないけど」
一度区切った芽瑠の言葉の続きを待った。
「ただ、歌ってる泉、生き生きしてる」
「……そっか」
その後、少し話をしてから芽瑠の家から出た。本当は、芽瑠が仲良かった友達のこととか、ご両親のことも気になったけど、今はまだ聞かなかった。
駅までの道を芽瑠はついてきてくれた。
「見て、虹」
「さっき雨降ったもんね」
夕立は止んでいて、まだ明るい向こうの空には虹が出ていた。
「夜、電話するね」
「うん、待ってる」
手を振って、私は駅の改札へ向かった。
「海だーっ!」
浪漫が海に向かって走り出した。
晴天の空の下、いつもよりくっきりと影が落ちていた。
「浪漫ーっ、怪我しないでよ」
「あははっ」
今日は、浪漫、紅葉と計画していた海の日だ。この日のためにバイトも頑張った。宿題もある程度終わらせた。
「あーっ!! 足熱いっ! あああ!」
「もー! 浪漫ーっ!!」
浪漫と紅葉がはしゃいでいた。私は設置したパラソルの下のシートに腰を下ろした。
「二人とも楽しそうだね」
「……そうだね」
「なーに? 泉、怒ってるの?」
「怒ってるよ、バカ」
そう、私は隣に座る芽瑠に怒っていた。
時間は昨日に遡る。
夜、私はバスターミナルで芽瑠と通話をしていた。
「じゃあ、これから紅葉、浪漫と海に行ってくるから」
「うん、夜行バスだよね」
「そう、赤谷から出てるんだよね。知らなかったよ」
そんなことを話していると駅から浪漫と紅葉が階段を降りてくる姿が見えた。
「あ、二人が来たから切るね!」
「バスまだ早くない?」
「うん? そうだけど、みんないるのに電話できないから」
「……わかった、またね」
「また連絡するね」
通話を切って二人に手を振った。紅葉と浪漫は私に気がついて、手を振り返した。
「泉、早いわね〜」
「遅れたら嫌だからね」
「あと二十分くらいあるよね? ちょっとトイレ行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
浪漫がトイレへと向かったので、その間、紅葉と他愛のない話をしていた。
身長の高い紅葉は、Tシャツを着ただけでもスラッとしていて、とても綺麗だった。
「おーい」
声がしたので振り返ると浪漫が戻ってきていた。そして隣には芽瑠がいた。
「ちょうどそこで会った!」
「あれ、め……なんで?」
私は色々察して浪漫の方を向くと、浪漫はハッとした表情をした。
「あ……イズミに話してなかったっけ?」
「聞いてないけど?」
「あれれれ……」
「何、また泉に言い忘れたの?」
浪漫は某お菓子の〇〇ちゃんみたいにベロを出した。紅葉がそんな浪漫の頭を叩いた。
「いたいっ!」
「泉に言っておくって話したの、浪漫よね?」
「だって〜!」
二人が言い争いを始めたのと同時に、芽瑠に服の裾を引っ張られた。
「びっくりした?」
「わざと隠してたの?」
「うんっ」
「私の時は断ったのに?」
芽瑠が手招きするような動きをしたので屈むと、私の耳元に顔を近づけた。
「だって、彼女が浮気しないように見てないと」
「〜〜っ!!」
ちょうどバスが来たので、一人ずつ乗り始めた。特に打ち合わせしたわけではないので、私の隣には紅葉が座り、芽瑠の隣には浪漫が座った。
「ねえねえ、テルイちゃん食べる?」
「……食べる」
浪漫はバッグからグミを出して芽瑠にあげていた。
「浪漫、静かにね」
「はーい」
そんな感じでバスに揺られ、私たちは隣県の海までやってきたのだ。
「……最初から言ってくれればよかったのに」
「だから、びっくりさせるためって言ったよ?」
「……なんか二人だけ知ってたの複雑」
芽瑠が私のほっぺをツンツンしてくる。
「ねー、泉、機嫌直して」
「むー……」
今日の海も楽しみだった。でも、芽瑠と二人で行ける海も楽しみにしていた。
「……二人で行く海はどうするの?」
「それは――」
ばふっ――
私の顔にビーチボールがぶつかった。
「痛っ!」
「おーい! イズミとテルイちゃんも遊ぼうぜ!」
ボールの飛んできた方を見ると、浪漫がブンブン手を振っていた。紅葉もサングラスを頭にかけ、手を振っている。
「……橋本、空気読めし」
露骨に苛立ちを見せた芽瑠を横目に、私は冷静さを取り戻した。
「……芽瑠、行こ」
「あたしも行くの……?」
「来てほしいな」
「……わかった」
無意識に伸ばした手を、芽瑠が握った。
そのまま、二人の方へ走って向かった。
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