揃う温度と過去①
水着コーナーと呼ばれるだけあって、いろいろな形の水着が並んでいた。
「これはどう?」
「……悪くないと思う」
「これは?」
「んー、どうなんだろ」
私は頭の中でなんちゃって念仏を唱えていた。
ナムアミダブツナムアミダブツ。
「泉?」
「んー?」
「ねえ、聞いてる?」
芽瑠が顔を寄せるので、不意を突かれた私は思わず仰け反った。
「な、なに!?」
「さっきから全然集中してないよね?」
「そ、そんなことないよ!」
「でも、さっき見せたのこれだよ?」
芽瑠が持っていたのはとても際どい水着。下なんかほぼ紐だった。
「え、やば」
「ほらー! 見てない」
「う、うん。ごめん」
今朝、芽瑠に手を引かれてからどうもおかしい。どうしても芽瑠の顔を直視できない。
初めて一緒にカラオケで歌ったとき以来だ。目を合わせると息が上手くできなくなるような、そんな感覚だ。
「ねえ、ほんとどうしたの」
「うん、なんか……」
視線を斜め下に落とした。もうずっと耳が熱いし、多分顔も赤くなってるだろう。芽瑠が私の耳元に顔を近づけた。
「……水着、お揃いにしよっか」
「……っ!!」
芽瑠を振り払い、耳に手を当てながら芽瑠から離れた。
「……嫌?」
「そ! そんなことはないんだけど」
「じゃあ決まり、あたしが選ぶね」
「〜〜〜っ!」
芽瑠はいつもより楽しそうだ。
だからなのか、今日はずっとペースを乱されている。
二着の水着を持ってレジに向かう芽瑠を引き留めた。
「ねえ……芽瑠」
「何?」
「……からかってる?」
「んー?」
芽瑠に負けないように睨みつけた。
「なんか、私遊ばれてる気がする」
「泉が可愛いからだよ」
「誤魔化さないでよ」
怒ってるつもりはないのに口調が少し強くなった。
芽瑠はあまり気にしてる様子もなく、人差し指を口元に当てた。それから何か思いついたように手を叩いた。
「ならさ、今からあたしの家に来ない?」
「え? どうして?」
「あたしのこと知ってほしい」
私に応えるような真剣な表情。私は覚悟を決めてゆっくりと頷いた。
「……わかった」
芽瑠から渡された水着をリュックに入れた。芽瑠からは家に帰ってからのお楽しみにしてほしいと言われ、お金も今度でいいと受け取ってもらえなかった。
芽瑠の家は赤谷駅から歩いて十分くらいだった。
転校してきたばかりだというのに、住んでいるのは見上げるほど高いマンション。
「ご両親は?」
「母は多分仕事に出てると思う。父は一緒に住んでないよ」
「お父さん、単身赴任?」
「ううん、離婚してるの」
「そうなんだ……」
鍵のかかった扉を芽瑠が開けた。
「おじゃましまーす……」
芽瑠の家は二人暮らしにしてはとても広い。リビングには三人掛けのソファが二つ置いてあった。
「ひ、広くない?」
「母が会社の人よく呼ぶからね」
「そ、そう……」
「そこ座っていいよ」
案内されてソファに座ると、芽瑠は慣れた手つきでお茶の準備を始めた。
私は何か話そうと思ったが、緊張して話題が出てこなかったので黙った。少しして、芽瑠の方から声がかけられる。
「泉」
「なに?」
「驚いた?」
芽瑠は何に対して言っているのだろう。ご両親のことだろうか。それとも、家のことだろうか。とりあえず肯定した。
「……うん! ちょっとびっくりしたかも」
「だよね」
一瞬、学校での芽瑠の表情が浮かんだ。私は返答を誤ったと思い、慌てて声を発する。
「あっ……」
「ん?」
「え、えっと……ごめん」
「どうして謝るの?」
芽瑠の表情は私の前で見せるものに戻っていて、不思議そうに首を傾げていた。
「適当に返事したから……かな」
芽瑠はコップを机に置いて私の隣に座った。
中身は氷の入った麦茶だ。
「……泉って気にしいだよね」
「気にしい?」
「些細なことを気にして色々考える人ってこと」
「……ああ、そうかも」
さっきまで暑かった部屋もエアコンが効いて涼しくなっていた。
「でも、めんどくさくてわがまま」
「芽瑠……そんなこと思ってたの?」
「うんっ」
「ひどっ」
コロコロ変わる芽瑠の表情。初めて会ったあの日から、私はその青い瞳に惹かれていた。
ソファに置いた手が握られた。また、耳が熱くなってきているのがわかった。
「あたしには気を遣わないでいいよ?」
「……でも不安だよ」
「そんなに頑張ってたら疲れちゃうよ」
別に頑張ってるつもりはない――とは言えなかった。
「あたしと友達になりたいって寄って来る人、今までも結構いたんだ」
「そうだよね、芽瑠は可愛いもん」
ありがとう、とでも言うように芽瑠は頭を少し傾けた。
「……でも、そういうの鬱陶しいって思ってた。最初は泉のこともめんどくさいなって」
「……っ」
中庭でご飯を食べたあのときに言われた言葉。
あれはやっぱり拒絶されていたんだ。
胸のあたりがチクリと痛んだ。
「泉って不安そうで申し訳なさそうにしてるくせに、やってることはわがままで自分勝手」
「……そんなに言う?」
「そうでしょ? いきなり近づいてきて、『私の友達と仲良くして』って結構わがままだよ」
芽瑠は仲良くなることに明確な意味や重きを置いているようだ。だから、軽い私の言葉が芽瑠の中では明確な質量を持っていたのだろう。
「……今は?」
「責任取ってくれるんでしょ? そばにいてよ」
「……芽瑠はさ、どうして私を選んでくれたの?」
私の歌が上手いから?
思わず出かけた言葉を飲み込んだ。芽瑠はじーっと私の顔を覗いた。
「……な、なに?」
「今、何言おうとしてた?」
「……え?」
「また言いたいこと、言わなかったでしょ」
「……わかるの?」
「わかるよ、泉わかりやすいもん」
視線を落とす。一呼吸置いて話した。
「芽瑠が私を選んでくれたのは、歌が目当てなのかなって思ったんだ。私が歌えないなら芽瑠は離れていくのかな……って、あれ?」
開いた口が塞がらないとはまさにこのことで、芽瑠はマヌケに唇を開けたまま、私をただ凝視していた。
「……私、変なこと言った?」
「……ふっ」
「ふ?」
「あはははっ!」
芽瑠はお腹を抱えて大笑いをしていた。
「な、何!?」
「いやー、泉って謙虚なんだか傲慢なんだか」
「ちょっ、え、なんで!?」
「あははっ、いやーおっかし」
私、そんなにおかしいこと言っただろうか。歌のことでたくさん悩んでグループを抜けて……それで……。
「何、笑ってるの?」
「だって、歌が上手いからあたしと仲良くできたって思ってるんでしょ!?」
「……間違ってるの?」
「完全には間違ってはないけど、なんていうか自己評価高いなーって」
「だって、グループでもそう言われてきたし……」
――あなたに迷惑をかけたくない
――邪魔になるから一緒に歌えない
芽瑠は呼吸を整えてから、声のトーンを落として話し始めた。
「確かに、泉の歌ってすごい魅力的だと思う。暴力的に人を惹きつける引力みたいなものがあるよね」
昔から歌を褒められた。だから、誰よりも上手くなりたいって思ってた。
「でもさ、なんていうのかな。『私は間違っていない』『私はこうありたい』っていうのが強いんだよ」
「だめなの?」
「んー、ダメじゃないけどさ」
軽く言う芽瑠の言葉は、どうしようもなく私の胸の奥に染み込んだ。
「――聴いてると息が詰まるんだよね」
「……っ!!」
どうしてだろう。知らぬ間に涙が流れた。
悔しいとか悲しいとかじゃなくて、私がいつも閉じている感情の蓋が無意識に外れたような感覚だ。
「え! 泣いてるの?」
「うえええ……だって、だってぇ……」
芽瑠の真っ直ぐな言葉。
包み隠さないままの言葉だ。
「ごめんっ、ちょっと言い過ぎた?」
「違う……気にしてないっ……」
「え、じゃあどうしたの?」
「……わかんないっ」
「ええっ!?」
きっと私の生き様なんだ。
私はいつも何かを我慢していた。本当はこんなにも胸の奥に熱が宿っているのに、それを押し殺してまわりの顔色に合わせてきた。やりたいことを我慢してきた。
だから、いつもどこか息苦しかった。
芽瑠が羨ましかった。
思ったことをそのまま口にして、嫌なことは嫌だって言って。それなのに浪漫や紅葉から嫌われることもなく、ちゃんと私たちの輪の中にいる。
私だって、そういう風に生きて、歌って
――認められたかった。
だから、自分の歌い方だけは変えられなかった。
きっと、芽瑠に対しても同じだったんだ。
私とは違う生き方をする芽瑠に、どうしても振り向いてほしかった。
仲良くなりたい。
もっと近づきたい。
私のことを好きになってほしい。
そんなことばかり考えていた。
でも、芽瑠に好きになってもらうことばかり考えて、自分がどれほど芽瑠を好きなのかは、ちゃんと考えたことがなかった。
「ごめんっ……」
「なんで謝るの」
「私、何も考えてなかった……」
「えー何が?」
「芽瑠の気持ちとか、責任を取るとか……っ」
「泉はあたしのこと好きじゃなかったの?」
「それは……っ」
「あたしは好きなんだけどな〜」
芽瑠の言葉を聞いたとき、私は立ち上がっていた。
これからするのは告白だ。
仲良くするとか、責任とかじゃなくて純粋に想いを伝えるための告白だ。
「……好きだよっ!!」
口の中が乾いた。
目が潤んで視界がぼやけた。
「……私もっ……芽瑠のことが好きだから……っ」
どう話していいのか分からないまま、それでも溢れる気持ちが勝手に言葉になっていく。
「ずっと……私の側にいてほしい……っ!」
これが人を好きになるってことなんだ。
恋をするってことなんだ。
「だからっ……!」
相手の顔色を窺わずに、自分の想いをただ素直にぶつけた。
「私と……付き合ってくれますか……?」
……え。あれ。
今、私、何て言った?
付き合ってって言った?
目の前の芽瑠が、ぱちりと瞬きをした。
都度訂正が入るかもです。
誤字脱字あればご報告ください。
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