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Walking in Magic hour  作者: Alerl
揃う温度と過去
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10/12

揃う温度と過去①


 水着コーナーと呼ばれるだけあって、いろいろな形の水着が並んでいた。


「これはどう?」

「……悪くないと思う」

「これは?」

「んー、どうなんだろ」

 私は頭の中でなんちゃって念仏を唱えていた。

 ナムアミダブツナムアミダブツ。

「泉?」

「んー?」

「ねえ、聞いてる?」

 芽瑠が顔を寄せるので、不意を突かれた私は思わず仰け反った。

「な、なに!?」

「さっきから全然集中してないよね?」

「そ、そんなことないよ!」

「でも、さっき見せたのこれだよ?」

 芽瑠が持っていたのはとても際どい水着。下なんかほぼ紐だった。

「え、やば」

「ほらー! 見てない」

「う、うん。ごめん」


 今朝、芽瑠に手を引かれてからどうもおかしい。どうしても芽瑠の顔を直視できない。

 初めて一緒にカラオケで歌ったとき以来だ。目を合わせると息が上手くできなくなるような、そんな感覚だ。


「ねえ、ほんとどうしたの」

「うん、なんか……」

 視線を斜め下に落とした。もうずっと耳が熱いし、多分顔も赤くなってるだろう。芽瑠が私の耳元に顔を近づけた。


「……水着、お揃いにしよっか」

「……っ!!」


 芽瑠を振り払い、耳に手を当てながら芽瑠から離れた。

「……嫌?」

「そ! そんなことはないんだけど」

「じゃあ決まり、あたしが選ぶね」

「〜〜〜っ!」

 芽瑠はいつもより楽しそうだ。

 だからなのか、今日はずっとペースを乱されている。

 二着の水着を持ってレジに向かう芽瑠を引き留めた。


「ねえ……芽瑠」

「何?」

「……からかってる?」

「んー?」

 芽瑠に負けないように睨みつけた。

「なんか、私遊ばれてる気がする」

「泉が可愛いからだよ」

「誤魔化さないでよ」


 怒ってるつもりはないのに口調が少し強くなった。

 芽瑠はあまり気にしてる様子もなく、人差し指を口元に当てた。それから何か思いついたように手を叩いた。

「ならさ、今からあたしの家に来ない?」

「え? どうして?」

「あたしのこと知ってほしい」

 私に応えるような真剣な表情。私は覚悟を決めてゆっくりと頷いた。


「……わかった」


 芽瑠から渡された水着をリュックに入れた。芽瑠からは家に帰ってからのお楽しみにしてほしいと言われ、お金も今度でいいと受け取ってもらえなかった。


 芽瑠の家は赤谷駅から歩いて十分くらいだった。

 転校してきたばかりだというのに、住んでいるのは見上げるほど高いマンション。

「ご両親は?」

「母は多分仕事に出てると思う。父は一緒に住んでないよ」

「お父さん、単身赴任?」

「ううん、離婚してるの」

「そうなんだ……」

 鍵のかかった扉を芽瑠が開けた。

「おじゃましまーす……」

 芽瑠の家は二人暮らしにしてはとても広い。リビングには三人掛けのソファが二つ置いてあった。

「ひ、広くない?」

「母が会社の人よく呼ぶからね」

「そ、そう……」

「そこ座っていいよ」

 案内されてソファに座ると、芽瑠は慣れた手つきでお茶の準備を始めた。

 私は何か話そうと思ったが、緊張して話題が出てこなかったので黙った。少しして、芽瑠の方から声がかけられる。


「泉」

「なに?」

「驚いた?」

 芽瑠は何に対して言っているのだろう。ご両親のことだろうか。それとも、家のことだろうか。とりあえず肯定した。

「……うん! ちょっとびっくりしたかも」

「だよね」

 一瞬、学校での芽瑠の表情が浮かんだ。私は返答を誤ったと思い、慌てて声を発する。

「あっ……」

「ん?」

「え、えっと……ごめん」

「どうして謝るの?」

 芽瑠の表情は私の前で見せるものに戻っていて、不思議そうに首を傾げていた。

「適当に返事したから……かな」

 芽瑠はコップを机に置いて私の隣に座った。

 中身は氷の入った麦茶だ。

「……泉って気にしいだよね」

「気にしい?」

「些細なことを気にして色々考える人ってこと」

「……ああ、そうかも」

 さっきまで暑かった部屋もエアコンが効いて涼しくなっていた。

「でも、めんどくさくてわがまま」

「芽瑠……そんなこと思ってたの?」

「うんっ」

「ひどっ」

 コロコロ変わる芽瑠の表情。初めて会ったあの日から、私はその青い瞳に惹かれていた。

 ソファに置いた手が握られた。また、耳が熱くなってきているのがわかった。

「あたしには気を遣わないでいいよ?」

「……でも不安だよ」

「そんなに頑張ってたら疲れちゃうよ」

 別に頑張ってるつもりはない――とは言えなかった。

「あたしと友達になりたいって寄って来る人、今までも結構いたんだ」

「そうだよね、芽瑠は可愛いもん」

 ありがとう、とでも言うように芽瑠は頭を少し傾けた。

「……でも、そういうの鬱陶しいって思ってた。最初は泉のこともめんどくさいなって」

「……っ」

 中庭でご飯を食べたあのときに言われた言葉。

 あれはやっぱり拒絶されていたんだ。

 胸のあたりがチクリと痛んだ。

「泉って不安そうで申し訳なさそうにしてるくせに、やってることはわがままで自分勝手」

「……そんなに言う?」

「そうでしょ? いきなり近づいてきて、『私の友達と仲良くして』って結構わがままだよ」

 芽瑠は仲良くなることに明確な意味や重きを置いているようだ。だから、軽い私の言葉が芽瑠の中では明確な質量を持っていたのだろう。


「……今は?」

「責任取ってくれるんでしょ? そばにいてよ」

「……芽瑠はさ、どうして私を選んでくれたの?」


 私の歌が上手いから?

 思わず出かけた言葉を飲み込んだ。芽瑠はじーっと私の顔を覗いた。

「……な、なに?」

「今、何言おうとしてた?」

「……え?」

「また言いたいこと、言わなかったでしょ」

「……わかるの?」

「わかるよ、泉わかりやすいもん」

 視線を落とす。一呼吸置いて話した。

「芽瑠が私を選んでくれたのは、歌が目当てなのかなって思ったんだ。私が歌えないなら芽瑠は離れていくのかな……って、あれ?」

 開いた口が塞がらないとはまさにこのことで、芽瑠はマヌケに唇を開けたまま、私をただ凝視していた。

「……私、変なこと言った?」

「……ふっ」

「ふ?」


「あはははっ!」


 芽瑠はお腹を抱えて大笑いをしていた。

「な、何!?」

「いやー、泉って謙虚なんだか傲慢なんだか」

「ちょっ、え、なんで!?」

「あははっ、いやーおっかし」

 私、そんなにおかしいこと言っただろうか。歌のことでたくさん悩んでグループを抜けて……それで……。

「何、笑ってるの?」

「だって、歌が上手いからあたしと仲良くできたって思ってるんでしょ!?」

「……間違ってるの?」

「完全には間違ってはないけど、なんていうか自己評価高いなーって」

「だって、グループでもそう言われてきたし……」


 ――あなたに迷惑をかけたくない

 ――邪魔になるから一緒に歌えない


 芽瑠は呼吸を整えてから、声のトーンを落として話し始めた。

「確かに、泉の歌ってすごい魅力的だと思う。暴力的に人を惹きつける引力みたいなものがあるよね」

 昔から歌を褒められた。だから、誰よりも上手くなりたいって思ってた。

「でもさ、なんていうのかな。『私は間違っていない』『私はこうありたい』っていうのが強いんだよ」

「だめなの?」

「んー、ダメじゃないけどさ」

 軽く言う芽瑠の言葉は、どうしようもなく私の胸の奥に染み込んだ。


「――聴いてると息が詰まるんだよね」

「……っ!!」


 どうしてだろう。知らぬ間に涙が流れた。

 悔しいとか悲しいとかじゃなくて、私がいつも閉じている感情の蓋が無意識に外れたような感覚だ。


「え! 泣いてるの?」

「うえええ……だって、だってぇ……」


 芽瑠の真っ直ぐな言葉。

 包み隠さないままの言葉だ。


「ごめんっ、ちょっと言い過ぎた?」

「違う……気にしてないっ……」

「え、じゃあどうしたの?」

「……わかんないっ」

「ええっ!?」


 きっと私の生き様なんだ。

 私はいつも何かを我慢していた。本当はこんなにも胸の奥に熱が宿っているのに、それを押し殺してまわりの顔色に合わせてきた。やりたいことを我慢してきた。

 だから、いつもどこか息苦しかった。


 芽瑠が羨ましかった。

 思ったことをそのまま口にして、嫌なことは嫌だって言って。それなのに浪漫や紅葉から嫌われることもなく、ちゃんと私たちの輪の中にいる。


 私だって、そういう風に生きて、歌って


 ――認められたかった。


 だから、自分の歌い方だけは変えられなかった。

 

 きっと、芽瑠に対しても同じだったんだ。

 私とは違う生き方をする芽瑠に、どうしても振り向いてほしかった。


 仲良くなりたい。

 もっと近づきたい。

 私のことを好きになってほしい。


 そんなことばかり考えていた。


 でも、芽瑠に好きになってもらうことばかり考えて、自分がどれほど芽瑠を好きなのかは、ちゃんと考えたことがなかった。


「ごめんっ……」

「なんで謝るの」

「私、何も考えてなかった……」

「えー何が?」

「芽瑠の気持ちとか、責任を取るとか……っ」

「泉はあたしのこと好きじゃなかったの?」

「それは……っ」

「あたしは好きなんだけどな〜」


 芽瑠の言葉を聞いたとき、私は立ち上がっていた。


 これからするのは告白だ。

 仲良くするとか、責任とかじゃなくて純粋に想いを伝えるための告白だ。



「……好きだよっ!!」


 口の中が乾いた。

 目が潤んで視界がぼやけた。


「……私もっ……芽瑠のことが好きだから……っ」


 どう話していいのか分からないまま、それでも溢れる気持ちが勝手に言葉になっていく。


「ずっと……私の側にいてほしい……っ!」


 これが人を好きになるってことなんだ。

 恋をするってことなんだ。



「だからっ……!」



 相手の顔色を窺わずに、自分の想いをただ素直にぶつけた。



「私と……付き合ってくれますか……?」

 








 ……え。あれ。



 今、私、何て言った?

 付き合ってって言った?


 目の前の芽瑠が、ぱちりと瞬きをした。




都度訂正が入るかもです。

誤字脱字あればご報告ください。


何かあればこちらまで

info.alerlsoft@gmail.com

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