2話 三種の神器を作ります!①登山靴
「まずいわね……」
私は、エベルと出会った山――リオ山の頂上にいる。
頂上まで石畳で整備されているというのに、人気がなかったリオ山は今、人混みでごったがえしていた。
「君のリオ山を『霊山』とする作戦がうまくいった結果だろう? 順調ではないか」
隣に立っていたエベルが不思議そうに、私の顔をのぞき込む。
「宗教と結びつけて、登るとご利益がある……確かにそれは驚くほど国民の関心を引いたわ。それはいいの、ただ……」
私は登ってきた人の装いを、頭から足先まで観察する。
街からそのまま来たような軽装。
靴はおそらく履き慣れたものだろう。
「この山だったら、このままの装備でも大丈夫よ。だけれども、この先登山を本格的に普及させるのだったら……専用の装備が足りないわ」
「つまり、登山用の備品を製作したいということか?」
「そう! エベル、登山に不可欠な……『三種の神器』を作りましょう!」
「三種の……神器?」
「ええ。とりあえず、いつもの秘密基地で話し合いますか」
私はきびすを返して、大勢の家族連れとすれ違いながら下山を開始する。
◇
秘密基地となっているのは、侯爵家の事業拠点のひとつ。
そこの会議室で、私とエベルはいつものように作戦会議を始めた。
「三種の神器のうちのひとつは……『登山靴』よ。街ではなく、山道に特化した靴が、登山では必要不可欠よ!」
「山道か……。それはリオ山のように石畳で整備されたところではなく、土と石ががむき出しになった道のことだろうか」
「ええ。街歩き用の靴は、靴底が柔らかいから山道の凸凹に対応できないの。だから靴底が固い靴でなくては駄目。力を入れても、ほんの少ししか曲がらないくらいに」
「なるほど。足裏を守るためか」
「そうよ。登山靴の中に強制的に平坦を作り出すことで、足裏の負担を減らすの。あとはそうね、防水性も必要だわ」
「防水性か。確かに山道は、水の流れがあるところも多い」
机に広げられた紙にメモを取りながら、彼はあごに手を当てる。
「登山靴の素材はどうする? 山道は岩も多いから、堅牢なものがいいだろう?」
「そうね。……とりあえず、牛革でいいと思うわ」
革の登山靴は手入れが大変だが、さすがに化学繊維よりは現実的だろう。
私は牛の絵を描きつつ、靴のデザインの方に着手しようとした。
「待て。デザインは私が描こう」
「え、なんで?」
「君の描いた魔獣のような生き物は、話の流れ的に牛だろう。……私が描いたほうが、後々製作部に渡しやすい。頼むから任せてくれないか?」
「し、失礼ね……! まあでも、お願いするわ……」
突然絵心を否定されて釈然としないが、大人しくデザインは彼へ任せることにした。
「……それで、デザインだけど。くるぶし下のローカット、くるぶし上までのミドルカット……。うーん、とりあえず足首を覆うハイカットデザインにしようかしら」
「足首か。騎士団の靴も、そのデザインが主体だな」
「用途や好みにもよるけれど……凸凹の山道でも足首を固定すれば、くじきにくいからね。最初は幅広い場面で使えるデザインにしましょう」
今後登山が普及していけば、柔軟性に長けたローカットやミドルカットの需要が出てくるだろう。
前世の私は、山や登山スタイルに合わせて靴を選んでいたものだ。
「あ、デザインには関係ないのだけれど……。販促時は、実際の足のサイズより大きめのものを勧めるようにしないとね」
「大きめのサイズ? それだとゆるくならないか?」
「大きくても、足紐でガッチリ固定すれば歩くのに支障はないわ。……山道は坂でしょう? ぴったりだと下山時に靴の中で足裏がすべって、爪が登山靴に当たってしまうの。だからそれを考慮して少しだけ大きめのものを選ぶほうがいいのよ」
実際は、1cmほど大きめの登山靴がいい。
おすすめの登山靴サイズが分かる、足型テンプレートも用意させておこう。
「あとは……靴底ね。溝が深くて、グリップ力……滑りにくい素材を使いたいわ」
「わかった。事業に相談して探しておこう。この製品が開発できれば、遠征がある騎士団でも需要がありそうだ」
「それなら事業としても成り立ちやすいわね。それじゃ、登山靴はこのくらいにして次に行きましょう」
私は目を閉じて、前世での登山経験に思いを馳せる。
急変した天気、寒さ、暴風。
それらから命を守ってくれた、大切な装備を思い浮かべた。
「三種の神器の中で最も大事とも言える装備……それは、雨具よ!」




