05 浄化処置
05 浄化処置
三日目の昼、最初に異変に気づいたのは、子どもだった。
校庭を走り回っていた少年が、ふいに立ち止まる。
「先生」空を指差す。
「空が割れてる」
教師は笑いかけようとして、言葉を失った。
青空の中央に、黒い線が走っていた。
一本の傷のような裂け目が、音もなく左右へ広がっていく。
まるで空間そのものが開いていくようだった。
次の瞬間。
その向こうから黒い影が現れた。
昨日まで平和的な対話を続けていた異星人たちの、本当の姿。
世界中の空が黒く染まっていく。
都市の上空を埋め尽くす巨大な影。
テレビ局の中継ヘリから悲鳴のような声が響いた。
「数が多すぎます! 計測不能です!」
「空が……空が見えません!」
世界は一瞬で恐慌に陥った。
だが艦隊は攻撃しない。
ただ恐ろしいほど整然と、各都市の上空へ配置されていく。
◆◇◆◇◆
国連地下施設。
作戦室は怒号で満ちていた。
「通信を繋げ!」
「軍を動かせ!」
「いや、刺激するな!」
「先制攻撃だ!」
「撃つな馬鹿!」
誰もが叫び、誰もが相手を否定する。
滅亡の直前になっても、人類は議論をやめられなかった。
その時だった。
中央モニターが強制的に切り替わる。
映し出されたのは、あの二メートルほどの外骨格生物。
議長が叫んだ。
「話し合いましょう!」
「昨日の件は誤解です!」
「我々はあなた方の敵ではない!」
やがて翻訳機が機械的な声を発した。
『敵ではない。それは認識済み』
希望の光が見えた。
だが次の言葉が、それを打ち砕く。
『貴群体は汚染群体である』
「違う!」
軍事顧問が机を叩く。
「これは議論だ!」
『高音量による威嚇行動を確認』
『診断は完了した』
『これより浄化処置へ移行する』
科学顧問がモニターに縋りついた。
「待ってくれ!」
「我々は変われる!」
「時間をくれ!」
異星人は静かに答えた。
『自己改善を主張する病巣は多い』
『成功例は少ない』
『貴群体は不可能である』
そして最後に。
『安心せよ』
『苦痛は最小化される』
『一瞬で終わる』
その直後だった。
世界中の空で艦隊の底部が開く。
爆発は起きなかった。
閃光もない。
ただ淡い光の波が地表をなぞるように広がった。
そして、世界から音が消えた。
発電所が停止する。
通信網が沈黙する。
ミサイルも戦車も戦闘機も。
すべてがただの鉄屑へ変わった。
地下施設の照明が落ちる。
赤い非常灯だけが残った。
『第一段階完了』
『抵抗能力を除去した』
「何をする気だ……」
議長の声は震えていた。
異星人は答える。
『第二段階』
『病巣の選別を開始する』
地上の映像が映る。
都市は無傷だった。
高層ビルも道路も公園も壊れていない。
だが、人だけが倒れていた。
交差点で、病院で、駅のホームで、人々は糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
血も流さず、悲鳴も上げず、静かに。
『対象識別完了』
『人類個体のみ浄化する』
『他生物への影響は皆無』
映像の中で、犬が倒れた主人を鼻で押していた。
鳥は空を飛んでいる。
猫は日向で眠っている。
消えていくのは人間だけだった。
ある避難壕で、母親が幼い息子を抱きしめていた。
「大丈夫よ」
震える声で囁く。
「もうすぐ終わるから」
子どもが見上げる。
「ねえママ」
「宇宙の人、優しくなかったの?」
母親が答える前にその腕の中で、子どもの身体から力が抜けた。
地下施設でも終わりが近づいていた。
科学顧問が床に崩れ落ちる。
「我々は……そんなに駄目だったのか」
異星人は答えた。
『内部敵対性が高すぎる』
『同種を殺害しながら共存を語る』
『協力と敵意を同時に保持する』
『理解不能である』
そこで彼らは初めて感情らしきものを見せた。
長い沈黙の後、翻訳機が言った。
『恐ろしい』
室内が静まり返る。
『貴群体は極めて不安定である』
『接触は宇宙の公益に反する』
『浄化が妥当と判断した』
誰も反論しなかった。
その力すら残っていなかった。
そして、異星人でさえ予測できなかった異変が起きる。
地上のあちこちで、人間たちが突然予想に反した動きを見せた。
喉を掻き切る者。
胸を突く者。
頭を打ちぬく者。
指で眼球を抉る者。
既に死の淵にあるはずの身体が、何かに操られるように。
異星人たちは沈黙した。
『異常行動を確認』
『原因不明』
流れ出した血液が回収される。
分析用サンプルとして母星へ送られていく。
だが彼らは知らなかった。
その血の中に、人類よりも古い、人類の真の主とも言える存在が潜んでいることを。
遺伝子は沈黙していた。次の機会を待っていた。
◆◇◆◇◆
異星人の言葉はAIに相談しております。
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