02 理想の「群れ」
02 理想の「群れ」
異星人が現れてから五日後のことだ。
国連地下施設に設置された解析室で、歓声が上がった。
「解読できた!」
机を叩く音と同時に、徹夜続きの研究者が立ち上がる。
無精ひげと充血した目が、彼の健闘を示していた。
だが、その表情は興奮で輝いていた。
「彼らの言語です! 完全ではありませんが、根幹部分が見えました!」
集められた各国の代表たちが身を乗り出す。
「何が分かった?」
「彼らは何を考えている?」
研究者は大きくうなずき、ホワイトボードに一つの単語を書いた。
太い文字。
それは【群れ】
室内が静まり返る。
「群れ?」と一人が呟いた。
「集団という意味か?」
「はい」とその研究者は震える声で答えた。
「正確には、彼らには『個』という概念が存在しないようなのです」
ざわり、と空気が揺れた。
「どういう意味だね?」
「我々が使う『私』という概念がありません」
研究者は資料を映し出した。
脳波と行動パターン。
こちらの呼びかけに反応する様子。
「彼らの神経ネットワークは完全に同期しています」
画面には無数の波形が並んでいたが、その形はほとんど同じだった。
「一個体が認識した情報は、ほぼ瞬時に全体へ共有される」
「つまり?」
「一人が見たものを、全員が見るのです」
誰かが息を呑んだ。
「一人が理解したことを、全員が理解する」
「そんなことが可能なのか……」
「少なくとも彼らはそうやって社会を形成しています」
研究者は力強く言った。
「個人ではなく全体に価値を見出し、競争ではなく調和を重んずる。
対立という概念はない」
そして結論を告げる。
「彼らは巨大な一つの生命体に近いのです」
しばらく沈黙が続いた。
やがて安全保障理事会の代表が口を開く。
「つまり……彼らの社会には内紛がない?」
「極めて高い確率で」
「戦争も?」と後方の席から声が飛んだ。
「存在しない可能性があります」
会議室の空気が変わった。
「素晴らしい」
誰かが呟く。
「理想社会ではないか」
「人類が何千年も到達できなかった場所だ」
「争いのない文明……」
期待の声が次々と上がる。
研究者自身も興奮していた。
「ええ。地球で言えば蜂や蟻が超高度文明を築いたようなものです」
すると後方から慎重な声が響いた。
「待ってくれ」
老いた学者が立ち上がっていた。
「それは本当に良いことなのか?」
全員の視線が集まる。
「彼らにとって理想の社会が、人類にとっても理想だとは限らない」
だが、その言葉は歓喜の波に飲まれた。
「少なくとも侵略型文明ではない」
「そうだ」
「敵意がない確証を得た」
「争いを持たない文明が戦争などするはずがない」
楽観論は瞬く間に広がっていった。
その日のうちに情報は各国へ公開された。
世界中のニュースが一斉に報じる。
『異星文明との友好的接触へ前進』
『争いを持たない宇宙人』
『人類史上最大の出会い』
株価が上昇して、市場は沸いた。
テレビ局は特別番組を組み、著名な学者たちが笑顔で並んだ。
「極めて高度な知性体です」
「攻撃性は見られません」
「むしろ協調性の究極形でしょう」
「人類よりも精神的に成熟している可能性があります」
スタジオには拍手が起きた。
司会者は感動したように頷く。
「宇宙の兄弟と呼べる存在かもしれませんね」
観客席からも歓声が上がった。
一方、学校では、「みてみて!」
クレヨンを握った少女が画用紙を掲げる。
「宇宙のおともだち!」
触角の生えた異星人が描かれていた。
その横では人間の子どもたちが笑顔で手を繋いでいる。
「かわいい虫さんだね」
「早く会ってみたい!」
教師は微笑みながら拍手した。
「きっと喜んでくれるわ」
教室中が明るい笑顔に包まれる。
宗教家は神の導きを語った。
投資家は新たな市場を夢見た。
政治家は歴史的偉業を誇った。
そして人類は信じた。
宇宙の彼方から訪れた知性体は、自分たちと友人になりに来たのだと。
誰も気付かなかった。
彼らが語る『群れ』の中に。
そもそも『異なる意見を持つ個体』という概念そのものが存在しないことを。
その事実こそが、人類にとって最も危険な兆候だったことを。
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