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貴方たちは病気だと、空から降って来た生命体に「浄化」された話  作者: 朝山みどり


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01 静かなる影

 01 静かなる影


 最初の接触は、恐ろしいほどに穏やかだった。


 少なくとも、人類の側はそう信じていた。


 侵略でもなければ、宣戦布告でもない。


 人類は、自分たちが宇宙で初めて隣人と出会ったのだと思っていた。


 だからこそ、その後に起きることを誰も予想できなかった。


 彼らが姿を現したのは、南太平洋の遥か上空だった。


 雲ひとつない快晴の日。


 青く広がる海と空の境界線だけが世界を分けているような、穏やかな午後だった。


 最初に異常を検知したのは海軍の広域監視衛星である。


 管制室のモニターに巨大な黒い影が映し出された。


 最初はノイズだと思われた。


 センサーの異常。


 あるいは画像処理ソフトの不具合。


 だが、複数の衛星が同じ座標に同じ物体を捉えたことで、誰もが沈黙した。


「……なんだ、これは」


 監視員の一人が呟いた。


 答えられる者はいなかった。


 それは巨大だった。


 あまりにも巨大だった。


 そして、その数分後。


 付近を飛行していた民間航空機から緊急通信が入った。


『こちらエア・パシフィック七二便。前方に所属不明の飛行物体を視認』


 管制官が顔を上げた。


『繰り返す。所属不明の飛行物体を視認』


 操縦士の声は妙に落ち着いていた。


 だが、それは冷静だったからではない。


 脳が理解を拒絶していたのだ。


『巨大です』


 一拍の沈黙。


『信じられないほど巨大です』


 翌日、彼はインタビューでこう語っている。


「怖かったというより、理解できなかったんだ」


「はぁ」


「目の前にあるのに現実感がなかった」


「そうなんですね」


「それに、今でも不思議なんだよ」


「なにがですか?」


「どうやって飛んでいたんだろうな」


「推進装置が見えなかった」


「なかったのですか?」


「なかった。動いているようにみえなかった」


「そうですか?」


「なのに、そこにいたんだ」


 空に浮かんでいたそれは、巨大な楕円形をしていた。


 漆黒というのだろうか?


 ただ、ただ黒い。


 まるで周囲の光を飲み込んでいるかのような黒だった。


 太陽光を反射もない。金属の輝きもない。


 空に空いた穴のように見えた。


 その異様な宇宙船は静止していた。


 音もなく。振動もなく。


 ただ、そこに存在していた。


 やがて宇宙船の側面が静かに開いた。


 誰もが固唾を飲んで見守った。


 軍関係者に、政治家。そして科学者。


 そしてテレビの前の何十億もの人々。


 世界中がその瞬間を見ていた。


 開いた場所から黒い影が現れる。


 それは滑るように降下してきた。


 ただ静かに。


 まるで重力など存在しないかのように。


 地上へ降り立った。


 映像が全世界へ配信される。


 人々は画面に釘付けになった。


「蜂……か?」


「いや、蟻じゃないか?」


「昆虫?」


「宇宙人だろ」


 ネット上では瞬く間に議論が始まった。


 降り立った彼らは二メートルほどの大きさだった。


 金属のような光沢を持つ外骨格。


 鋭い節足に、無数の光を映す複眼。


 ゆっくりと揺れる長い触角。


 その姿は地球人に強い嫌悪感と不安を抱かせた。


 だが、本当に異様だったのは見た目ではない。


 動きだった。


 何百体が、次々と降下してくる。


 それなのに混乱がない。


 一体たりとも列を乱さない。


 全員が同じ姿勢で同じ歩幅。


 同じ速度と同じ間隔。


 右足を出す瞬間まで一致していた。


 まるで完璧に同期した機械のようだった。


 世界中の軍人たちがその映像を見て顔をしかめた。


 あれほど統率された部隊を見たことがなかったからだ。


「軍隊だな」


 ある退役将軍が呟いた。


「いや」


 隣の分析官が首を振った。


「軍隊じゃない。軍隊なら、いくら訓練してもあれよりは個人差が出る」


 しばしの沈黙の後、「これは……一つの生物だ」と言った。


 その言葉を、誰も真剣には受け取らなかった。


 当時は。


 世界中のニュース番組が特別編成へ切り替わった。


 専門家たちが次々と呼ばれる。


「知的生命体との接触です」


「人類史最大の発見です」


「新たな時代が始まるでしょう」


 誰もが興奮していた。


 誰もが期待していた。


 そして誰もが、自分たちの未来が広がったのだと思っていた。


 ある報道番組では若いコメンテーターが笑いながら言った。


「すごいですね。まるでリアルCGですよ」


「それだ!」


 隣の司会者も笑った。


「映画の宣伝だったら面白いんですけどね」


 スタジオは和やかな空気に包まれた。


 視聴者も似たようなものだった。


 恐怖より好奇心。


 警戒より期待。


 未知の隣人との出会い。


 誰もがそう信じていた。


 だから気付かなかった。


 彼らが地球人を観察していたことに。


 彼らが人類社会を分析していたことに。


 彼らが自分たちの価値観で人類を評価していたことに。



 人類滅亡へのカウントダウンは、すでに始まっていた。




いつも読んでいただきありがとうございます!


誤字、脱字を教えていただくのもありがとうございます。

とても助かっております。

楽しんでいただけましたら、ブックマーク・★★★★★をよろしくお願いします。

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