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妹が嫌がった辺境伯に、姉の私が嫁ぐことになりました  作者: いゆ


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8/16

使者


 穏やかな朝のことだった。ノルデン城に、見慣れぬ紋章を掲げた馬車が到着した。

 ベルノー伯爵家の紋章だ。私の両親が、わざわざ使者をよこしたのだ。


 大広間に通されたのは、父の側近である初老の執事だった。彼は私の顔を見ると、挨拶もそこそこに、尊大な態度で鼻を鳴らした。


「クラリッサ様。旦那様からの伝言です。至急、王都へ戻るようにとのこと。辺境でのお遊びはもう十分でしょう」


彼はまるで、駄々をこねて家出した子供を叱りつけるような口調だった。

 私の横に立つアシュレイが、ピクリと眉を動かす。彼から漂う冷気が一段と強まるのを感じた。


「お遊び、だと?」


アシュレイの低い声が、広間に響く。執事は怯える様子もなく、わざとらしくため息をついた。


「左様です。ベルノー家の長女という立場を忘れ、このような寒村に留まるなど恥の上塗り。家計も混乱しておりますし、何よりリリアーヌ様が不自由しておいでです。クラリッサ様には、早く元の役割に戻っていただかねばなりません」


相変わらずだ。彼らは、私が辺境でどのような役割を果たしているのか、全く想像すらしていないらしい。

 リリアーヌのために、私が戻る。その一言ですべてが解決すると思っている彼らの傲慢さに、私は呆れを通り越して失笑が漏れそうになった。


「断ります」


私は静かに、しかしはっきりと告げた。


「……は?今、何と?」

「帰る理由がありません。私は現在、ノルデン辺境伯様の補佐として、領地の管理を任されております。この領地は、私を必要としていますし、私もここに自分の居場所を見つけました」


執事は信じられないものを見る目で私を見た。


「あなたのような地味で取り柄のない令嬢が、辺境伯様の補佐だと?何をたわ言を……。旦那様は、あなたが帰らないのであれば、実力行使も辞さないと仰っておりますよ」


実力行使。つまり、無理やり連れ帰るということだろう。

 彼らは最後まで、私という人間を一人の意思ある存在として認める気はないらしい。


その時、私の肩に、大きな手が置かれた。アシュレイだ。

 彼は一歩前に出ると、執事を氷のような瞳で見下ろした。


「……私の妻を、私の城から、私の許可なく連れ出すだと?」


アシュレイの威圧感は、尋常ではなかった。先ほどまでただの文官のように振る舞っていた執事が、恐怖で顔を青ざめさせる。


「べ、辺境伯様……これはあくまで家族の問題でして……」

「家族?ここに彼女の家族など一人もいない。あるのは、領主である私と、私のパートナーである彼女だけだ」


アシュレイは執事の言葉を遮り、冷徹に言い放った。


「ベルノー伯爵に伝えろ。これ以上、私の妻に無礼な接触を試みるのであれば、ベルノー領との交易をすべて停止する。……商売相手を失い、家が傾くのが先か、娘を諦めるのが先か、よく考えろとな」


交易の停止。それはベルノー家にとって死刑宣告に等しい。

 執事は顔面蒼白になり、何も言い返せずにその場に立ち尽くした。


「……帰りなさい。二度と、私の領地に足を踏み入れるな」


アシュレイの言葉に、執事は逃げるようにして広間から去っていった。

 広間には再び、静寂が戻る。


私は、震える手を隠すように、自分のエプロンの裾を握りしめた。

 彼に守られた……。

 私を「道具」ではなく「妻」として認め、守ってくれた。

 その事実が、何よりも嬉しくて、胸が熱くなる。


「……怖かったか?」


アシュレイが私の顔を覗き込み、表情を和らげる。

 私は首を横に振り、彼に向かって小さく微笑んだ。


「いいえ。……強くなりましたから。もう、あの人たちの言いなりにはなりません」


窓の外を見ると、雪が静かに降っていた。

 ベルノー家という鎖は、今この瞬間、完全に断ち切られたのだ。

 もう、後ろを振り返る必要はない。


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