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妹が嫌がった辺境伯に、姉の私が嫁ぐことになりました  作者: いゆ


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13/16

絶やさぬ火

 城の外は、まさに地獄だった。

 吹き荒れる吹雪は視界を遮る白い壁となり、その向こうから魔獣たちのぎらついた眼光が無数に浮かび上がる。アシュレイは最前線に立ち、愛剣を振るっていた。


「……こいつら、きりがないな!」


副官の叫びが風に掻き消される。

 魔獣の群れは、異常な執着で城を目指していた。アシュレイの全身は返り血と降り積もる雪で汚れ、その呼吸は白く、そして荒い。氷の辺境伯と恐れられる彼であっても、この絶え間ない波のような攻撃には疲労を隠せなかった。


 剣を振るうたびに、腕の感覚が麻痺していく。寒さのせいか、それとも限界が近いのか。

 ふと、アシュレイの脳裏を過ったのは、城に残してきた妻の姿だった。

 

(……今頃、怯えて震えているのではないか)


彼女は王都の令嬢だ。こんな凄惨な光景も、命のやり取りも知らずに育ってきたはずだ。自分がここで崩れれば、あの温かな居場所も、彼女の笑顔も、すべてが白い闇に飲み込まれてしまう。

 アシュレイは奥歯を噛み締め、再び剣を構えた。その時だった。


「辺境伯様!城から補充の物資が届きました!」


後方から、決死の覚悟で雪原を駆けてきた輸送兵の声が響く。

 届けられたのは、矢や油だけではなかった。

 兵士たちに配られたのは、まだ熱を失っていない厚手の布に包まれた、熱いスープの入った水筒だった。


「奥方様からの伝言です!『城内の火は、絶やさずに守っています。皆様が戻る場所は、私たちが温めておきます』と!」


アシュレイは、届けられたスープを一口、喉に流し込んだ。

 それはかつて、彼が「腹を満たせれば何でもいい」と切り捨てていた食事とは全く別物だった。幾重にも煮込まれた野菜の甘みと、体を芯から温める香辛料の刺激。

 その一口が、凍りつきかけていた彼の心臓に火を灯した。


(……怯えてなどいないな、お前は)


アシュレイは低く、笑った。

 彼女は城で、彼と同じように戦っているのだ。混乱を鎮め、領民を鼓舞し、兵たちの帰る場所を死守している。その気配が、この熱いスープを通じて伝わってくるようだった。


「……聞いたか、野郎ども!城では女たちが家具を薪に変えてまで、俺たちのために火を焚いて待っているそうだ!」


アシュレイが咆哮した。その声には、先ほどまでの疲労を感じさせない覇気が宿っていた。


「あんな温かい場所を、この化け物どもに踏み荒らさせてたまるか!一歩も引くな!夜明けまでに、一匹残らず叩き出すぞ!」


兵士たちの間に、爆発的な歓声が上がった。

 ただ「守れ」と言われるよりも、「お前たちの帰る場所は温かいままだ」と言われる方が、男たちには何よりの力になる。


 一方で城内では、クラリッサが最後の難局に立ち向かっていた。

 負傷兵が次々と運び込まれ、医務室の床までが血で染まっている。

 気弱な看護役の使用人が、凄惨な傷口を見て顔を背けた。


「見てはいけません、手を動かして!」


クラリッサは、ためらうことなく自らのドレスの裾を裂き、止血帯として差し出した。

 

「怪我人を死なせない。それが今の私たちの戦いです。アシュレイ様が外で壁になっている間に、私たちが内側から崩れてどうするのですか!……さあ、次の患者をこちらへ!」


彼女の指先は、寒さと緊張で凍えていた。けれど、その瞳だけはアシュレイと同じ、鋭く澄んだ輝きを放っている。

 ベルノー家で孤独の世界で戦い続けてきた彼女にとって、今の状況は確かに過酷だが、初めて味わう「誰かと共に戦う」という実感に満ちていた。


 窓の外、雪の壁の向こうで、アシュレイの振るう剣が青白い火花を散らす。

 城の内側、暖炉の前で、クラリッサの采配が人々に希望を灯し続ける。


氷の地を統べる二人の魂が、この極寒の夜の中で、初めて一つの炎となって燃え上がろうとしていた。

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