雪解け
翌日、私たちは馬車に揺られて隣村へと向かっていた。
道中、窓の外には銀世界が広がっている。時折、馬車の車輪が雪に深く沈み、ガタりと大きく揺れる。
「……すまないな。お前にわざわざ過酷な移動を強いてしまった」
アシュレイが少し申し訳なさそうに言った。彼にしては珍しい気遣いだった。私は首を振る。
「いえ、これも領地を知るための大切な経験ですから。それに、あなたと二人で出かけるなんて、結婚してから初めてのことですし……少し遠足のような気分です」
私の言葉に、彼はふっと息を抜いて笑った。
「遠足か。悪くない表現だな」
村に着くと、村長が出迎えてくれた。
アシュレイに対する村民の態度は、敬意と、それ以上に深い畏怖が混ざっているようだった。彼が領民を守っていることは伝わっているが、彼自身が口数が少なく表情も険しいため、村人たちもどう接していいか戸惑っているのだ。
私は彼らの様子を見て、すぐにあることに気づいた。
「アシュレイ様、少しだけ私が先に話してもよろしいですか?」
アシュレイは不思議そうな顔をしたが、「ああ」と頷いて一歩下がった。
私は村長に近づき、柔らかな笑みを浮かべて挨拶をした。
ベルノー家での苦しい社交や、家計管理で培った交渉術は、こんな場所でも役に立つ。村の長老を敬い、子供たちに声をかけ、冷え込む冬の備蓄状況を世間話の中に混ぜて聞き出した。
村人たちの顔から、緊張が消えていく。
「奥方様は、本当に話しやすい方ですな。……辺境伯様も、あんなに柔らかい表情をされるとは驚きました」
そんな村長の声が聞こえ、振り返ると、アシュレイは少し離れた場所で、私の様子を静かに見ていた。
私が彼と視線を合わせると、彼は軽く頷いた。その目には、「助かった」という感謝と、私の手腕に対する純粋な敬意が宿っていた。
視察を終え、帰りの馬車の中。
張り詰めた空気が解け、車内には静かな時間が戻った。
「……お前のやり方は、俺とは違うな」
アシュレイがぽつりと呟いた。
「俺は力で守ることはできても、心を通わせるのは苦手でな。……さっきのやり取り、見ていて勉強になった」
「そんなことありません。皆、あなたがどれほどこの領地を大切にしているか、分かっていますよ。ただ、少し不器用なだけです」
私は、彼の厚い手の甲に、そっと自分の手を重ねた。
彼は少し驚いたように私の手を見つめ、それからゆっくりと私の手を自分の大きな掌で包み込んだ。
「……お前が隣にいると、この領地はもっと良い場所になる気がする」
彼はそう言って、視線を窓の外へ戻した。
耳まで少し赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
氷の辺境伯の心に、少しずつ春が近づいている。そんな気がして、私も窓の外の雪景色を嬉しく眺めていた。




