04.一次試験開始-1
棺桶のような電車から下りると、そこには暗闇の中で揺らぐ1つの洋灯があった。ぼんやりとした仄暗い灯りが、上へと続く長い階段を照らし、まるでこちらこちらと誘っているように見える。
不気味だと思った。霊的なものが好みそうな、じめついた空気が漂っていた。しかしながら、ここで引き返すわけにもいかず、キルトは腹を括ったように、狭く急な階段へと足を向ける。
洞窟内のようなしんと沈んだ空気、背中を吹き付ける湿気を含んだ風。カビの臭いが鼻につく闇の空間は、ストレス以外の何物でもなく、キルトは一言も発さずに黙々と歩き続けた。死刑台のような階段を、一刻も早く上り終えたい、その一心で。
しかし、ようやく辿り着いた頂上に、扉らしきものはなく、彼らの目に飛び込んできたものは、異様なまでに白いコンクリートの壁だった。「なんだよこれ」と頼りない声をもらすキルトの後ろで、シノは無機質な瞳をキョロキョロと彷徨わせる。
「ちょっとした意地悪だろう。キルト、その壁、ちょっと押してみろ」
「は?」
「おそらく、ゼウスタワーでの仕掛けと同じだ」
「……っ、あ……回転するのか」
ゼウスタワーの受付がやってみせたように、キルトは冷たい壁に身体を預け力を込めた。瞬間、ギギギという鈍い音を奏でながら壁は回り、キルトは飛び出すようにして魔術師試験の会場へ足を踏み入れる。大勢の熱気が、2人を包み込んだ。
「これは――」
ドーム球場を思い出させるグランド。されど、グランドを囲う壁は高く、視聴席はスタンド席しか存在していない。
異能者が闘うように設計された作り。外の世界と隔離されたような空間。ここで闘うのかと思うだけで、不安と歓喜に手が震えた。
同じ電車に乗車していた受験者も強者揃いだったが、数が増えた分威圧感が違う。ざっと数えて200人くらいだが、その誰もが魔術に頼りきっていない実力者のように思えた。
「……やはり」
キルトを押しのけて会場を見渡すと、シノは独り言のように続けた。
「名が通った実力者は全員予選通過」
「へ、へえ……。じゃあさ、1番強ぇ奴は?」
何がそんなに嬉しいのか。興奮気味のキルトに冷ややかな視線を送ると、シノは仕方ないとばかりに指を差した。しかし、キルトがその人物を確認しようとした――その時。金色の眼に映し出されたのは、横から飛び出してきた、見覚えのある茶髪。
「……蓮」
あからさまに嫌そうな顔をしたキルトの横では、行き場をなくした右手を、ぷらぷらさせるシノがいた。
「うわっ、何その嫌そうな顔!」
「タイミング悪すぎて。……って、リオはどうしたんだよ?」
「んー……会場の中を歩き回ってると思うよ? 怖いもの知らずだよね。そこが良さ、なんだけど」
「怖いもの知らず?」
わざとらしく肩を竦めると、蓮は受験者がいる方向に顎を突き出した。
張り詰めた空気の中、警戒心むき出しでいる魔術師候補たち。他人の動きをチェックし、チェックされ、とても動き回れる状況になかった。「おっかないな」と呟いた蓮の独り言に、シノは頷く。
「……確かに、おっかない。ブサイクゴリラが沢山だ」
「顔じゃないよ!?」
さらりと失礼な事を言ってのけるシノに、キルトはギョッと声を荒らげる。
「って、話脱線しすぎ! どいつ? 要注意人物って!」
「ん。ああ、そうだったな。……個人的に、1番の要注意人物は、死神との異名を持つキル=ファントムかな」
言うが早いか、再度指差した方向には、胸元に白星を着けている仮面の男性がいた。同じ電車に乗っていた、大鎌を担いだあの人である。
「確かに危なそうだけど……変態ぽくて」
幼女誘拐とかしそう、なんて思っていると、シノから静かな指摘が入った。
「そっちじゃなくて。……ファントムは人を殺める事に躊躇いがないのだよ。危険度A級以上――生死問わずのターゲット相手に、殺しを楽しんでいる異端者だ。……知名度は決して高くはないが、力量に関しては底知れない。あとは」
「あとは?」
「クロノスから一目置かれてる知名度No.1の正統派実力者、イズミ=ヒルベルト。そして……剣の、天才……シ――」
電子手帳を左手に、シノは、指差す方向を変える。だが、キルトと蓮が“剣の天才”とやらを確認しようとした――その時。会場は暗転し、天井から吊るされた大きなモニターに、軍服を着込んだ男が映し出された。
モニター越しでもわかる威圧感に、会場は静寂に包まれる。
『皆さん、こんにちは。今回の魔術師試験を担当する事になりました。クロノス議事議会本部、大佐、マルコ=レクターです。これより、第11回・魔術師試験の一次試験を開始いたします』




