03.忍者、香住蓮-3
軍部内をしばらく歩いた後、男性はある場所で足を止めた。周りを見渡し、壁についた黒シミを見つけるとそこに力を加える。
一見普通に見える廊下に隠された秘密の通路。鈍い音を立てながら回転してく壁を見て、キルトは驚いたように瞬きを繰り返した。冷たい空気が壁の向こうから流れてくる。
「一直線に続く長い階段を下って行くと電車があります。この電車は10時、後30分ほどで発車します」
「えっ! ここで試験するんじゃないんですかぁ?」
はい、と男性は笑った。
「魔術師見習いは国中から集まります。各ゼウスタワーから本拠地に向かってもらうのですよ。サンディゴシティからは近いので電車ですが、場所によっては軍用機ですね」
「そうなんだ……なんかわくわくしてきますね! キルトさん! シノさん!」
同意を求めるかのように振り向いたリオだったが、2人は忽然と姿を消していた。いや、男性の話を聞き終わった瞬間に階段を下り始めたと言った方が正解か。
既に、2人の姿は小さくなっている。
「え、ちょ、酷っ! ま、待ってくださいよ~」
情けない声を出しながら、小走りで階段を下りるリオの背中を見て、男性は口元に笑みを浮かべた。
地下3階くらいの深さだろうか。ようやく階段を下り終わった3人は、男性の言っていた電車を見つけた。
一両しかない古びた電車。赤いメッキがところどころ剥がれ落ち、窓ガラスは黒く塗りつぶされている。中に入るとボックス式のクロスシートが並び、数人の魔術師見習いが既に乗車していた。互いに警戒しているのか、離れた椅子に座っている。
心地良い殺気、張り詰めた空気。3人の間に僅かな距離感が生まれたが、シノはさして気にもせず一番端の席に腰を掛けた。その前にキルト、シノの横にリオが腰掛ける。
「今年の受験は厳しいかもしれないな」
鞄の中から文庫を取り出しながら、シノはそう言った。目は文章を追っている為、キルト達と目線が合う事はない。
「知ってる奴でもいるの?」
「いや、顔を把握してるのは1人くらいだ。乗車している4人中2人が白の星だからそう思ったのだよ」
「白い星ってこのピンバッジの事ですか?」
「他にあるまい」
見てみろと言われ、2人は椅子から顔半分を出しライバル達を盗み見た。確かに、大鎌を担いた仮面の男性と、褐色肌のタオルを首に巻いた男性が、白い星を襟元に付けている。
(……で?)
確認は出来たが、いまいちその凄さがわからない。
答えを求めて斜めを見ると、リオは考えようともしておらず「怖い顔ー」と素直な感想を述べていた。
「……魔術師試験は」
シノは呆れたように2人を見比べる。
「いつも5段階評価で点数をつけられるのは知っているな?」
常識だぞ、と続けるシノにキルトは勿論と答えた。
真っ直ぐに見てくるシノの瞳には、嘘も偽りも通用しないように思えて、キルトは思わず“知ったかぶり”である事を白状してしまいそうになる。
「知ってる。けど、一応……キカセテクダサイ」
「……。はあ……。魔術師試験の5段階評価は、数字ではなく色を使っている。上から黒、白、黄、赤、青。今回もらった星の色は、これに当てはめた評価だろう」
「なら、白はシノの上って事か?」
「そうだ。白星は、SS級の犯罪者を捕まえるか、A級の犯罪者を複数人捕まえているという事になるな」
おそらく後者だろうがそれでも凄い、とシノはボヤいた。
「黒星なんて無理ですよねぇ。本試験で黒星は無理ゲーって話を聞きましたよ、私」
今まで黙っていたリオが話に加わる。
シノはそうだなと頷きながら「まず不可能だろう」と発言をした。
全ての分野で満点を出さなければ、黒の評価を得る事は出来ない。歴代の魔術師見習いの中にも、そんな化け物存在しないに等しい。
シノは電子手帳を開きながら、口を尖らせた。
「……だが、いない事もない」
「マジで?」
「うっそ!」
シノの言葉にキルトとリオの声が重なり、他の受験者の視線が注がれる。だが、シノは気にも止めずに話し続けた。
「前回の魔術師試験合格者だな。当時14歳、1度目の試験で満点合格……現在SSS級の賞金首みたいだが」
「当時14、現在は18で……犯罪者!?」
犯罪者という言葉にキルトの瞳が狼狽える。
「男か? 名前はっ?」
その様子に驚きを隠せず、シノは慌てたように電子手帳に目を向けた。
「アイズ。男性だ……が」
「そいつの事、他に何か知らないか……?」
アイズという名前を聞いた瞬間、キルトから強い殺気が溢れ出る。乗車している受験者は全員身構え、いつ乱闘が始まってもおかしくない空気が流れ始めた。
シノは電子手帳を閉じながら、平然を装って「知らない」と答える。が、一向に収まらない殺気を前に、彼のポーカーフェイスは僅かに歪んでいた。
「キルト……。アイズと、何か、因縁が……?」
「……っ!」
「っ、まさか――」
はた、と何かに気づいたように、シノはキルトの腕に掴みかかる。――その時だった。
発車時刻を知らせるアナウンスを打ち消すかのような、騒々しい足音が鳴り響いたのは。
階段を降りているというより、まるで落ちているかのような早さに、ピリピリした殺気はいつの間にか消えている。
「まっ、待って! 今乗るからーっ!」
扉が閉まるその刹那。身体をねじ込み、車内に滑り込んできた1人の青年に、全員の視線が注がれた。
1つに束ねた茶色の髪。大きく見開かれた同色の瞳。眼帯が着けられた右眼は前髪で隠され、袖がない着物の下には網目の半袖が着用されていた。
道具ポーチは腰に括りつけ、足元にはベルトのような脚絆。東に位置する島国の忍装束に似ているが、この場においてその格好は目立ちすぎると、キルト思った。
「あれ? 3人連れなんて珍しい」
電車が動き出し男は少しよろけながら、なんの躊躇いもなくキルトの横に座る。キルトとリオは驚いたような表情を浮かべたが、シノにいたっては興味なさげに小説を開いていた。
「俺の名前は香住 蓮。よろしくね」
「キルトだ、よろしく」
「私はリオ=クルスク! よろしくお願いしますねっ」
「こちらこそ。それにしても、こんな可愛い女の子2人と一緒に試験会場行けるとは思わなかったから嬉しいな」
生粋の女好きなのか目の前に座る2人に握手を求める。どうやら蓮はシノの中性的な容姿を女と捉えたようだった。
どんな反応をするのだろう、キルトとリオの好奇な視線がシノに注がれる。
「男か女かを外見から判断するものではないぞ」
差し出された右手を握りながらシノは続けた。
「私の名はシノ。生物学的に男だ」
そう言った瞬間、蓮はシノから手を離し両手でリオの手を握りしめた。
「失礼な奴だな」
行き場をなくした手をぷらぷらさせながら、ボソッとつぶやくのを聞いて、あんたが言うなと内心思うキルトだった。




