03.忍者、香住蓮
警察に犯罪者を引き渡すまでの数時間。キルトは、寝る事も余所見する事も出来ず、全神経をロイドの見張りに注ぐ羽目になっていた。異能者じゃないからと言って、侮る事なかれ。縄に縛られながらも、幾度となく逃亡をはかり、その都度キルトはロイドと乱闘騒ぎを起こしている。
シノがリオを守る時に使った防御術――あれを使えば流石のロイドも諦めただろう。しかし、「これ以上手を貸す気はない」とキッパリ言われてしまったキルトには、暗殺者と根比べする道しか残されていなかった。
キルトとシノは、利害の一致で一時的に手を組んだだけに過ぎない。試験会場に着けば敵同士。友達でも仲間でもないのだから、シノの言い分は尤もだろう。……しかし、頭でわかっていながらも、キルトは無意識に不満げな視線をシノに向けていた。
(薄情者。あの後、本当に熟睡する奴があるか)
往生際の悪いロイドを引きずるようにして列車から降りると、キルトは小説片手に付いてくるシノにため息をもらす。魔術師試験に挑む立場でありながら、尋常ではない落ち着きっぷりを彼は発揮していた。
「あのさ――」
「何見てるんですかぁ?」
呆れ眼でシノを見つめるキルトに、リオから疑問の声が投げかけられる。目的地が同じとはいえ、当然のように行動を共にする彼女にも、キルトは驚きを隠せなかった。
彼女は列車で遭遇したライバルの1人。シノにも言える事だが、もう少し警戒してもいいのでは……と思わずにはいられない。
「彼女の言う通りだ。何、私を見ている? 文句なら受け付ける気はない」
「っ、べ……別に」
「不満げに言われても説得力がないな。もう1度言うが、文句なら受け付ける気は――」
「2度も言うな、2度も! ……アンタさぁ、乗りかかった船って言葉、知らないわけ?」
「はあ?」
もういいよ、と体の向きを元に戻しながら、キルトは再び歩き始めた。後ろから本を閉じる音が聞こえる。
「全く……愚問だな。お前が知っていて、私が知らないはずがないだろう?」
「……は?」
「乗りかかった船とは、物事を始めたり関わったりした以上は、船が出航したら目的地に着くまで下船出来ないのと同じように、たとえ途中で事情が変わってもやめる事は出来ないという意味だ。乗り掛けた船、乗り出した船ともいうな」
とても失礼な事をさらりと言ってのけるシノにキルトは呆気にとられた。後ろから「博識ですねー」というリオの声が聞こえる。
「ど、どういう育ち方をしたんだ……アンタ」
「……」
完全に戦意を失い、気の抜けた声で質問すると、シノは珍しく口元に笑みを浮かべた。
「さあな。そんな事より、キルト。警察署に行く前にその旅行鞄コインロッカーにでも預けたらどうだ? 試験の邪魔になるだろう?」
「へ? あ、ああ……」
張り付けたような笑顔で、あからさまに話を変えてくるシノに、キルトは黙って頷くしか出来なかった。まるで、“私の過去に触れるな”と、線を引かれたような気がしたから。




