99、T君の冒険
ぼくの記憶が始まったのはいつだったか、定かではない。ぼくがいつ生まれたのか、なぜ生まれたのか、どこから来たのか、それはまったくわからなかった。ぼくらは、運命という残酷な掟に支配された隷属する個体にすぎなかった。生まれた時から、ぼくらは死にかけていた。今にも死にそう。なのに、なぜ、ぼくらは生まれたのか。死ぬためにぼくらは生まれたのか。
絶望。ぼくらの中には誕生した歓喜の後、すぐ、死を悟った絶望を感じるのだった。
ぼくが目を覚ましたのは、大きすぎる山の上だった。
大きすぎる山の上は、薄桃色の地面をしていて、頂上に、桃色のモアイがあった。ぼくらは、桃色のモアイをなでて、休憩していた。
大きすぎる山は、時々、大きな地震を起こす。ぼくらは生きているのに、気が気ではなかった。
「いったい、何が起きたのだろう」
隣の男がいった。大きすぎる山から遥か遠くを眺めて毅然としていたが、恐怖で手は震えていた。
大きすぎる山から眺めたところ、大地は薄桃色のまま、ずっと遠くまで広がっている。そして、ずっと遠くで崖になっているようだった。
「謎を、謎を解かなければならない。なぜ、我々が生まれたのか。ここはどこなのか。我々の生きる意味とは何か」
「そんなの決まってるじゃないか」
ぼくは男の疑問に答えた。
「ぼくらが生まれたのは、命を育てるためだよ」
ぼくのことばに、男は大きくうなずいた。この男、かなり賢そうだ。何か知っているのかもしれない。
「しかり。我々は命を育てるために生まれてきた。それはわたしの本能が知っている。しかし、ここはどこだ。今にも死に絶えてしまう死の大地ではないか。なぜ、我々は死の大地で生まれたのか。まるで、運命が我々を殺そうと企んでいるようではないか」
「待ってよ。死ぬために生まれてくるなんて酷いよ。ぼくは絶対に生きのびるんだ」
「ならば、この大きすぎる山で、なんとする。お主はどこに向かって旅に出るつもりだ」
「それは」
ぼくはことばにつまった。
旅。
そうだ。ぼくの本能が叫んでいる。ぼくらは死ぬために生まれてきたんじゃない。旅をするために生まれてきたんだ。
それなら、出発地点となるここはどこだ。桃色のモアイは、いったい何なんだ。
「この世界に、神はいるでしょうか」」
と、ぼくは聞いた。
「わからん。だが、我々を生んだ偉大なる父はいるはずだ」
「父。すると、母は、どこにいるのです」
「何をいっている。母などとくだらないことを。母は、この大きすぎる山ではないのかとわたしは思うよ」
ぼくは考えた。隣の男も考えているようだった。
「わかった。この大きすぎる山の正体が」
「なんだと。教えてくれ。我々が生きのびる手がかりになるかもしれん」
ぼくは叫んだ。
「この大きすぎる山は、おっぱいなんだ!」
なんだとお、という叫び声があちこちで起こった。そうだ、ぼくらはおっぱいの上で生まれたのだ。
「おお、なんということだ。我々はおっぱいの上で死んでいくのか。なんという試練……」
隣の男はもだえ、苦しんでいた。
「わかったのか、いったいこの宇宙に何が起こったのかを」
「わかったよ。この宇宙に何が起こったのかを。ぼくらの秘密を。旅の目的を」
隣の男は驚いていた。ぼくに宇宙の秘密が解けたのが不思議でしょうがないのだ。
「教えてくれ。いったい、この宇宙に何が起こったのだ。我々はどうされたのだ」
ぼくは自信を持って答えた。
「それは、ぼくたちは、外出しされたんだよ」
ぼくたち精子は、本来、膣内に射精されるはずだが、偉大なる父がそれを許さず、おっぱいの上に射精したのだ。
それで、ぼくらは死にかけているのだ。
「ぼくは旅に出るよ。目的地はわかっている」
そして、死の大地を進む旅が始まった。ぼくは、みんなより急いで薄桃色の大地を進んだし、恐怖のスリムな腰首を進むのをためらわなかった。
大勢の仲間たちが、スリムな腰首で死んでいった。しかし、ぼくは頑張った。幾多の敵が旅の行く手をはばんだが、ぼくらは負けなかった。
そして、とうとう、スリムな腰首を越え、幻の秘部へとぼくらは進んだ。
長く、危険な旅だった。
ぼくらは本能から夢を見ていた。ぼくらを呼ぶ女の子の声だった。夢で何度も、ぼくらを呼ぶ女の子の夢を見た。
幻の秘部も、大きすぎる山のように、死の危険をはらんでいるのは同じだった。次々と仲間が死んでいく。
しかし、ぼくは負けなかった。
とうとう、ぼくは、目的地に辿り着いたのだ。
そこには、お姫さまが待っていた。
ぼくが、ぼくがいちばんに辿り着いたのだ。他の男たちはみんな死んだ。一億三千万人が死んだ。
「嬉しい。あなた、男の子なのね」
「そうだよ。男の子だよ」
ぼくらはひとつになった。幸せな、幸せな旅の結末だった。
長く、長く、つらい旅の冒険だった。
ぼくは、生まれてきた使命を乗り越えたのだ。




