98、惑星カポイカポイへの移住案内
みなさんは気体と固体のどちらが好きですか。わたしは気体ですね。形や運動性ももちろん魅力的なんですが、なんといっても気体の手触りがたまりません。あの圧力があるようでないような感触、最高ですね。
気体といってもさまざまな種類がありますが、あなたはどんな気体が好きですか。窒素、酸素、二酸化炭素、水素、ヘリウム、アンモニア、いろいろありますね。元素の数だけ、いや、化合物の数だけ気体の種類はあるといってもいいですから、たいへん迷うところです。なかには空気なんて抽象的な気体もありますが。
わたしがいちばん好きな気体は、ずばり水蒸気です。みなさんも知っていますね。H20の気体の状態が水蒸気です。わたしたちの身近にもたくさんとびまわっています。
水蒸気の色もいいですね。水蒸気の色って分かりますか。透明です。でも、ただの透明じゃなく、透明と白をいったりきたりしている時の頼りない感じの色なんかが特にいいですよね。なんか生活感があってほほえましいですし、ぎりぎりのところで存在感を顕示しているあたりが、いかにも気体っぽくてたまりません。
ですが、水蒸気の最大の魅力は、なんといってもその温度にあります。みなさんも、水蒸気と聞いてまず思い浮かべるのは、沸騰した水のなかからぐつぐつと湧き出してくるあの泡の集団のことでしょう。そうです、わたしは常温の穏やかな水蒸気も好きですが、高温の激しい水蒸気はそれ以上に好きなのです。水蒸気がもっとも水蒸気らしくなるときは、煮えたぎって沸騰して、それでもまだ温度を上げつづけているときだと思います。
蒸気機関を改良したいですね。これは蒸気好きにとっての永遠の夢だといえるでしょう。存在感の希薄な平凡な気体と、高温高圧の暴れまわる爆発力、このふたつの理想的な組み合わせが蒸気機関という文明の利器なのです。ぐわんぐわんと吹き荒れる蒸気を制御し、毎日ごうごうという重低音を聞いて過ごす。たまりません。気圧を下げるためにぷしゅーと吹き出す高熱の蒸気。高速回転をくり返すタービン。外壁のつなぎ目からもれて漂う湯気。爆発寸前のボイラー。焼け爛れた金属と隣り合わせの作業員。そして、そんな蒸気機関によって支えられる日常生活。いいですねえ。我慢できませんねえ。
すっかり蒸気の魅力にとりつかれてしまったというあなた、そんなあなたにお薦めします。ぜひ、惑星カポイカポイに移住してみてはいかがでしょうか。カポイカポイは蒸気好きのあなたにとって夢のような魅力的な惑星です。
惑星カポイカポイは水資源の豊富な惑星で、その量は地球の二百倍にもなります。酸素も窒素も炭素も充分にあり、自給自足によって人間が生活していくことのできる数少ない惑星のひとつです。
ひとつ注意しておきますが、惑星カポイカポイは熱いですよ。そりゃもう、洒落にならないくらい熱いです。一年中、夏です。冷房がなければとても耐えられません。あなたは熱いの好きですか。好きならいいんですけどね、そうじゃないと困りますね。惑星カポイカポイの平均気温は、千二百度もあるんですから。
だから、水なんて当然、沸騰しちゃってます。一滴も残さず蒸発しています。カポイカポイには蒸気惑星という異名がついているぐらいですから、大気圏内は蒸気だらけです。煮えたぎった蒸気が吹き荒れています。まちがっても、居住区から生身で外出してはいけません。安全な魔法瓶である居住区から一歩でも外へ出ようものなら、あっという間に蒸しあがってしまいます。九層もある断熱層が外気の高熱を遮断しているからこそ、居住区のなかは常温を保っていられるのです。
冷房はフル稼働で働き、居住区内に冷機を送り込みつづけています。カポイカポイでは冷房は公共設備です。だれもが平等に冷却された気温を享受できるように、街中に通風口が設置され、それを家のなかへ自由に引き込むことが許されています。もし冷房が止まってしまったら、居住区の気温は数時間で百度を突破し、あなたの体液も沸騰しはじめることでしょう。冷房の不調は居住区が丸ごと全滅することにもなりかねません。そうなったら大変です。だから、優秀な冷房技師たちによって、冷房が二十四時間とどこおりなく運転されるように厳密な点検がされています。
さて、この大量の冷房を動かすエネルギーはいったいどこから来ているのでしょうか。一日二十四時間、休みなく動きつづけているわけですから、その消費エネルギーは膨大な量になります。冷房だけのために、地球の大都市の総使用電力と同じだけのエネルギーが使われているのです。まだ開発されて間もない一植民地に過ぎないカポイカポイのどこにそんな大量のエネルギー資源があるのでしょうか。
もうお気づきですか。そうです。そのエネルギー源とは蒸気なのです。惑星カポイカポイの植民地は蒸気機関によってすべてのエネルギーをまかなっているのです。惑星カポイカポイでは、居住区のまわりを常に巨大な蒸気嵐がうずまいておりまして、居住区はその蒸気圧に押し上げられて空を飛んでいるのです。居住区のまわりに大量に設置されたタービンは、あらゆる角度の蒸気流を効果的にとりこみ、ものすごい力で回転して発電を行います。
惑星カポイカポイの蒸気機関は、半永久機関です。惑星の寿命がつきるまで、無尽蔵にエンルギーをとりだすことが可能です。資源の枯渇など、どこ吹く風、ここでは無縁の話です。惑星そのものが巨大な蒸気機関といってもよく、人間はそのおこぼれを頂戴しているだけなのです。人々のエネルギーの使用料は、わずかな維持費ですみ、人類圏全体の平均に比べれば信じられないぐらい安くなっております。しかも、エネルギーの自給自足が完成しているのです。
この蒸気機関の大成功により、惑星カポイカポイは宇宙植民のひとつのモデルケースとして注目を集めております。これからの時代は蒸気機関の時代です。今、われわれ人類のエンルギー生産は大きな発想の転換を迫られているのです。石油だの原子力だのといった貧弱な燃料をどれだけ開発しても、結局は小規模に限定されたエネルギー基地にしかならず、苦労のわりに報われません。地下熱は発電所の掘削がたいへんですし、水力は川の流れを変えてしまい生態系への悪影響を及ぼします。太陽熱は発電量の限度が低く、生物発電は仕組みがややこしいわりに効果が得られません。これらの発電方法はいったいなぜ失敗に終わったのでしょうか。それは、われわれが穏やかな環境の惑星に住もうとし、そこに発電所をムリヤリ作って生活しようとする植民方針そのものに問題があったのです。
宇宙には、巨大なエネルギーの流れがあふれています。そこでは人間の使用するエネルギーなどささいな量でしかなく、いくらでも無駄使いできるのです。わざわざ運動の停滞した惑星へいく必要はありません。むしろ、できるだけ危険な惑星にこそ植民するべきでしょう。みなさんも、惑星カポイカポイで荒れ狂う蒸気と一緒に生活しませんか。これからの時代は、高温高圧の乱気流とともにあるのです。




