40、過去改変装置
本日、わたしは人類史上最も危険な装置を開発することに成功しました。この装置の恐ろしさたるや、いかなる殺戮兵器も及ぶところではなく、これは生みの親であるわたしすらも滅ぼしかねない狂気の産物であります。いや、いっかいの人間にすぎないわたしの滅亡などものの数ではなく、この装置の力たるや、人類そのものを、地球そのものを、宇宙そのものをすら滅ぼしかねないほど壮大なものであります。この装置のもたらすところ、すなわちすべての虚偽と真実の逆転であり、いかなる権威をもってしてもこれを防ぐことはかないません。
正直いって、この装置の開発に三十五年の歳月を捧げてきたわたしをもってしても、この装置を使用するのはまことに恐ろしいのであります。決してこの装置をみだりに使用してはならないことだけは確信をもって断言できるのですが、しかしこの装置を使用する誘惑に凡人の意志が反抗することは容易ではなく、本日、わたしは身勝手ながらもこの装置を使用することを決意いたしました。これもすべて研究者の逆らいがたき性質のもたらすものであり、この結果がどのような惨事を引き起こすことになろうと、大衆の寛大な理解を期待するしかないのであります。
その気になれば、この装置を使用することによって個人の嗜好のおもむくままに世界を好きなようにつくりかえることも可能なのです。ですが、どうせ装置を使うのであれば、わたしはただ純粋な研究心だけをもってこれを行うこととしたい。その効力を最大限発揮することができるように、いかなる個人的利害やいかなる一時的道徳にも拘束されないこととしたい。偏った視点、偏った価値観、その他それに類似するものは、常に真実の探求者の目をくらますものであり、この実験をそのような低俗なものに振り回されることは決して許されない愚行だとしか思われないからであります。この実験はあらゆる歴史における最も重大な事件なのです。
みなさん、注目されたい。今、この瞬間をよく記憶にとどめておくことです。いや、偽りの情報と思い込みに満ちた人間の記憶など、この装置の前では何の役にも立ちません。それでもしかし、みなさん、今、この瞬間を思う存分満喫しておくことです。諸君にできることはただそれだけしかなく、諸君が味わっておられるこの歴史が存在するのは、あともうほんの少しの間だけでしかないのですから。
いいですか。あと少しで、この世界の虚偽と真実が逆転するのです。あなたたちが人間でいられるのは今のうちだけです。あなたたちが正気でいられるのも今のうちだけなのです。いいですか。準備はできましたか。もう、現在の世界に未練はありませんか。
それでは、とうとうやってまいりました。人類の歴史における最も偉大な瞬間です。人類が初めて洞窟に壁画を描いた瞬間よりも、トーマス・エジソンの蓄音機によって音の保存が始まったときよりも、IBM社がハードディスクを開発しコンピュータに二進法で情報を保存し始めた瞬間よりも、いかなる瞬間よりも偉大な瞬間です。宇宙を創造した無からの一撃に匹敵する偉大な瞬間なのです。
今、まさに、今……
ちょっと過ぎ去ってしまった三秒ばかり前……
今ではもう十秒ほど過去のこと……
その一瞬です。その一瞬において、我々の歴史は変更されたのです!
「……教授、教授、西嶋教授」
「んー、何かな、君。あの偉大な一瞬に対しての感想を聞かせてくれたまえ。どうだね、過去が書きかえられてしまった気分は。悲しいかね。寂しいかね。それとも、興奮に打ち震えているかね」
「いや、狐につままれた気分ですよ。別に何も変わらなかったじゃないですか」
「あれは過去を改変する装置だ。現代は何も変わらんよ」




