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23、クラゲたちによって語られる神話

※某大型掲示板で論破されたので書きました。


 知性とは何であろうか。我々の自我を形づくる基盤は、脳を中心とする神経回路にあるのは常識であろう。神経伝達物質と、脳内ホルモンの分泌によって、複雑に張りめぐらされた神経網が感覚神経の入力と運動神経への出力を行うのである。知性と呼ばれるものは、この入力と出力に関係なく、脳内の中で発生し消えていく自己完結回路である。

 それで、おれに与えられたのは、電話線一本の送受信に知性はあるのかという命題であった。これは、神経一本の生命体に知性があるといえるのか、と問いているのと同じであり、また、神経一本が発生しただけの原始腔腸類に知性があるのかという問いでもある。腔腸類とは、イソギンチャクやクラゲの仲間のことであるが、最も原始的な多細胞動物であるカイメン類の次に原始的な動物であり、初めて筋肉と神経をもつにいたった動物である。まだ骨も目もないが、筋肉と神経はあるのである。さらに捕らえた動物を殺すための毒までもっている。おそらく、最も原始的な感情は食欲である。腔腸類は、餌を探すことも、餌に向かって移動することもないが、餌が捕獲の射程距離に入ったら、毒を与え食べてしまうという食欲だけは持っているのである。

 一時期、「最も原始的な感情は恐怖である」などといわれたこともあるが、おれが調べた限りでは、恐怖より食欲のが古そうである。クラゲは、食欲はあるが、逃げるということをしない。恐怖がないのである。ただし、イソギンチャクの中には、敵から逃げ出す種のものもおり、腔腸類の段階ですでに恐怖は芽生えたようである。腔腸類は、まだ雄雌の生殖が発生するばかりの頃のため、原始的な腔腸類には性欲もないと考えられる。

 このようなクラゲやイソギンチャク並の知性、いや、クラゲやイソギンチャクよりも原始的な知性、神経一本による動物というものに知性はあるといえるのか。

 多くのものが反対意見を述べた。知性はないと。もし、神経一本の信号のやりとりに知性を認めてしまったら、投げた石ころが岩に当たることにも、白紙の手紙が郵送され宛先に届くことにも、知性があるということになってしまう。そんなことでは、世の中、知性だらけではないか。川を流れる石と石がぶつかることにも知性があることになり、原子と原子の衝突にも知性があることになり、あらゆる素粒子と素粒子の衝突にも知性が発生することになる。そんなことではいけないと、ある論客は述べた。壁についたただの染みと文字の区別を付けよと。ただの染みは知性ではなく、文字は知性的な文明であると。

 おれはそれに反論することができずに論破されてしまった。その論争において、おれは負けであった。壁の染みを知性であると主張することができず、染みと文字の明確な違いを認識してしまうため、明らかにおれがまちがっているのだと思い知らされたのであった。

 ああ、すると、一本の神経しか持たない動物は知性のないものとして迫害される運命にあるのであろうか。クラゲやイソギンチャクは、将来、知性をもたない動物として迫害される運命にあるのだろうか。おれにはそれは耐えられない。いつか将来、知性の秘密が解明され、動物たちが知性を持つものと知性を持たないものとに分類される時、知性を持たないとされた動物たちが低い待遇を与えられるのは自明のことのように思われ、おれはその差別社会が到来することに耐えられそうにない。

 これはとても重要なことなのだ。何か高度な知的作業ができなければ知性体でないと主張されると、万が一、地球外知的生命体が見つかった時、その神経の一本しか持たない宇宙人が動物としての権利を与えられず、迫害されるところが目に浮かぶようである。そんなことではいけない。クラゲに知性を認めよ。前に進むこともできず、ただ上下運動をくり返し海を漂うだけのクラゲにも知性を認めよ。それでなければ、我々は将来、膨大な数の地球外知性体を死に追いやってしまうであろう。

 文字とは、ある主体から別の主体へ信号を伝達する媒体である。ただの染みにその真似はできない。ああ、もし楽観的にこの宇宙を眺めることができれば、あらゆる染みは何らかの知性体の主体から主体への信号であると断言することもできよう。しかし、それもおれにはできない。おれは石ころよりもクラゲを愛する。これは隣に眠っているのが石ころが良いか、クラゲが良いかの問題ではない。もし、そんな問題であれば、クラゲを隣にはべらかすのはいささか気持ち悪い。隣に寝るのは石ころのが良い。

 だが、願わくば、この宇宙のすべての物質に情報が貼りついているように、この宇宙のすべての物質の衝突をコンピュータに変えることができるように、この宇宙のすべての物質に知性と呼べる信号の存在を認めよ。文明を手にしたクラゲが宇宙を眺めて、そのあまりにも生命に満ち溢れた宇宙に歓喜しますように。


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