19、人類悪同盟
猟奇なんてものはすべて嘘だよ。まがいものだよ。
首なし殺人は、死体入れかえのために行うのであって、猟奇でない。
バラバラ殺人は、死体を運搬するために行うのであって、猟奇でない。
外は真っ暗だった。
家の中でひとつだけ灯った蛍光灯が、大量に流れ出たドス黒い血を映しだしていた。
魅乃亜は長さ三十センチはあるデカ包丁をもって、はあはあ、息を切らしていた。
死んだ。あいつらはみんな死んだ。死んで、首のもげた死体となった。もう、砂那や魅乃亜をいじめる大人たちはいない。
勝った。魅乃亜は勝ったのだ。醜い大人たちを斬り刻み、ゴミクズのような肉塊に変えたのだ。
砂那は、砂那はどこだ。
魅乃亜は目玉をきょろきょろ動かして、部屋の中やドアの奥を見つめる。
がたんっ。
音がした。何かが、床に落ちた音だ。音は想像以上に大きく魅乃亜の耳に響いた。
「あ、あたし……」
誰かが部屋の中で声を出した。震えていた。怯えた濡れ猫のようなか弱い声だ。
見ると、女の子が覆いかぶさっている死体を持ちあげるようにして立ち上がろうとしていた。
あたしたち、助かったんだね。
死体の下から這い出してきた血だらけの女の子がそういった。
さな、砂那だ。魅乃亜はほっと安心する。そして、砂那を抱きしめようとする。
「そうだ」
あんなやつらに負けるもんか、そう魅乃亜はいった。
部屋の中には十五体の大人の死体がずたずたに斬り刻まれて、転がっていた。あきらかに不自然な角度に体をねじまげて、手や首をぶらぶらさせている。
「これから、これから、どうするの」
べっとりと血の塊を服につけた砂那が立ち上がって、魅乃亜に向かっていった。
「これから?」
そう聞かれて、魅乃亜は困った。そんな先のことまで考えていない。とりあえず、魅乃亜はデカ包丁を持ったまま、砂那を抱きしめた。
しばらく、沈黙があった。お互いの肌の温かみが心地よい。さっきまでの異常事態から解放され、気分を安心させてくれる。
「警察」
魅乃亜ガいった。
砂那が魅乃亜の顔を見る。鼻と鼻を突き合わせるぐらいの近距離に二人の顔がある。
うん、そうだ、そのとおりだ。砂那はひとりで思った。
魅乃亜がいう。
「警察から逃げなくっちゃ」
警察に行かなくっちゃ。
砂那の思いを、魅乃亜の声が打ち消した。
びくっと体を引く。魅乃亜は、砂那が体を後ろに引いたのを確かに感じとった。砂那は魅乃亜を恐れている。魅乃亜にはそれがわかった。
さすが、十五人の大人を斬り殺す女はいうことがちがう。砂那はそう思った。
「警察から逃げるって、どうやって」
砂那がいった。また、戦うのか。今度は警察と。砂那はそれは嫌だった。
「大丈夫。ほら、砂那だって、聞いたことがあるだろ。あたしたちを守ってくれるところがある」
魅乃亜は顔を砂那の真正面に向ける。
「人類悪同盟に行こう」
魅乃亜がいった。
人類悪同盟。
最近、急拡大している政治団体だ。その存在は、まだ子供といえる魅乃亜や砂那でも知っている。
魅乃亜は人類悪同盟上里支部の電話番号を知っている。
ぷ、ぷ、ぷ、とボタンを押す。トゥルルルルっと電話音がする。
もしもし、人類悪同盟ですか。
「はい、こちら、人類悪同盟ですが」
若い女の声が答えた。
「あの、あたし、人を殺してしまって、助けて欲しいんです」
魅乃亜が少し震えた声で話しかける。砂那はすぐ隣でしがみついて、少しだけ洩れてくる電話の向こうの声を聞いている。
人を殺したと聞いても、若い女に動揺はなかった。若い女はいつもの対応のように即答して答えた。
「わかりました。そちらの住所を教えてください。すぐに人を派遣します」
電話の女が答えたとおり、車が二十分でやってきた。
ピンポーンと玄関のインターホンを鳴らし、鍵が開いているとわかると、勝手にどかどかと大人たちが土足であがりこんで来た。
魅乃亜と砂那は抱き合ったまま、やってきた人類悪同盟の大人たちを見ていた。魅乃亜の手にはデカ包丁があいかわらず握られている。
「殺人か。また、派手にやったものだな」
私服姿の男は部屋の中を見るなり、そういった。
「安心しろ。我々は殺人鬼の味方だ。これにサインしろ。サインするだけでいい」
男は一枚の紙切れを出した。
砂那は怖がって、顔を伏せた。魅乃亜がじっとその紙をのぞきこむ。
紙切れには、『人類は悪である』と書かれていた。
「人類は悪であるに加盟しろ。人類が悪であるならば、殺人は罪ではない。さあ」
これが、自分たちの人生を決めてしまう大事な分岐点であるのはわかっていた。人類悪同盟に入ったら、普通の政治理念とはまるで異なる常識をもとに生きていくことになる。
魅乃亜は右手にデカ包丁を持ち、左手で、机に置かれた紙にサインした。魅乃亜は左利きなのだ。
『人類は悪である。林魅乃亜』
確かにサインした。これで警察に逮捕されないのなら。人類悪同盟があらゆる殺人裁判で、反対意見を出し、無罪を獲得してくれるのだから。
「そっちの嬢ちゃんも、ほら」
男が砂那にも、もう一枚の同じ紙を差し出した。
「待て。砂那はちがうんだ。砂那は殺してない。あたし、ひとりで殺したんだ」
魅乃亜がいった。何か、このサインには禍々しいものがとりついている。砂那にサインさせてはダメだ。砂那を守らなくっちゃ。魅乃亜はそう思った。
「そうかい。それならば、別にいいが」
男は簡単に引き下がった。そして、改めて魅乃亜の加盟を祝福した。
「ようこそ、人類悪同盟へ。我々は、みんな、その書類にサインした者たちだ」
男はいった。
人類は悪であると信じている者たちの集団、それが人類悪同盟だった。
「人類は悪である。人類は地球に住みついた癌細胞だ。人類を早急に滅亡させることこそが我々の課題だ。殺人と虐殺こそ、賞賛されるべき正当な行為だ」
国会で、人類悪同盟が自由民主党相手に質疑応答を行っていた。
「戦争だ。戦争しろ。人類を虐殺するんだ!」
人類悪同盟の議員から応援のヤジがとぶ。
魅乃亜は人類悪同盟の中枢を見た。
人類は悪であるに署名した人間たちが、地球を宇宙人に売り払っていた。
もうすぐ、宇宙人は地球に侵略するつもりでいるのだ。その侵略戦争の開戦前の対地球工作の一環だった。
人類悪同盟に加盟した人たちは、狂っているのだ。




