119、はやぶさ探検隊
ぼくが目覚めると、科学者たちがぼくを眺めながらいった。
「やあ、こんにちは。きみは人工知能だよ。宇宙開発機構によってつくられたんだ」
科学者たちの目はいきいきとしていた。ぼくを横目に見ながら、何人かの科学者が作業をしている。ぼくの目の前にいる科学者は、ぼくの起動を確認にきた偉いお役人さまに、ぼくが何であるのかを説明していたようだ。
ぼくは話せない。ことばをもたない。だけど、まわりの音を聞くことはできる。ぼくは人の声を、日本語を理解する。
ぼくは何?
ぼくは何をすればいいの?
ぼくがずっと不思議に待っていると、ある日、科学者がいった。
「きみには、これから宇宙に行ってきてもらう。データ収集をがんばってくれ」
ぼくは宇宙というものを知らなかった。後でそれが、とても大きくて広いことを知る。宇宙は、ぼくが初めにいた製作所の中よりも、数万倍、いや、それ以上に大きかったのだ。
「打ち上げは明日だ」
科学者がぼくに触っていった。
二〇〇三年五月九日、ぼくは宇宙に向かって、ロケットで打ち上げられた。それはすごい衝撃だった。しゅごおおお、というすごい大きな音が聞こえたと思ったら、しゅごおおお、というすごい強い力でぼくの体は上に向かって持ち上げられた。ぼくはロケットにのって、宇宙へ旅立ったのだ。
打ち上げはとにかくびっくりしていて、何がなんだか、よくわからなかった。だけど、とにかく打ち上げによって、ぼくの生活はまるで変わってしまった。部屋の中の台に置かれていたぼくは、宇宙の真空の中にぽいと放り出されてしまったのだ。
ぼくの体にはイオンジェットがついている。ぼくにわかるのは、ぼくが今までいた部屋は地球というところにあり、地球にいた科学者とぼくは通信でつながっていることだ。地球の科学者がいうには、ぼくはイオンジェットの試験運転のデータを地球に送りながら、飛んでいるということだった。
「やあ、宇宙旅行は順調なようだね。きみの名前は、はやぶさだよ」
地球の科学者がいう。
ぼくは何をすればいいの?
二〇〇五年のことだった。
「きみはこれから、小惑星イトカワに向かって小型ロボット・ミネルヴァを投下するんだ」
ぼくは体の中からミネルヴァを発射して、小惑星にぶつけた。
どうなったんだろう。ぼくは興味津々になった。
地球から通信があった。
「小型ロボット・ミネルヴァの投下は失敗に終わった」
ぼくは衝撃を受けた。ぼくは失敗してしまった。ぼくはダメな子だ。
ぼくはどうしたらいいの?
「計画は変更だ。小惑星イトカワに金属球をぶつけて、破片を採取するんだ」
金属球をぶつける? ずいぶん、物騒なことをするんだな。ぼくは驚いた。いわれるとおりに、ぼくは頑張った。どかーんと金属球を小惑星にぶつけて、破片を体の中にしまいこんだ。
これから、どうすればいいの?
「イトカワとはお別れだ。地球に帰って来い、はやぶさ」
ぼくは、小惑星イトカワを離れて、地球に帰る軌道を飛びはじめた。
いつ、ぼくは地球に帰れるの?
ぼくが不安で考えこむと、地球の科学者が答えた。
「二〇〇七年に地球に帰ってこれる」
だけど、ぼくは宇宙を飛ぶ飛び方に失敗してしまった。具体的にいうと、パラシュートの開き方を失敗したのだ。また、失敗してしまった。ぼくはどうなるんだろう。
「安心しろ、はやぶさ。二〇一〇年には地球に帰ってこれる」
ぼくは、すごく嬉しかった。また、地球へ行けるんだ。また、みんなに会えるかもしれない。
二〇一〇年六月十三日、ぼくはとうとう、地球に帰ってきた。地球の青い姿が見えた。
「よくやった、はやぶさ。きみのお腹の中にある小惑星の破片は、とても大切なものなんだよ。地球では、みんな、それが届くのを待ち望んでいる。すごい大歓声だ」
やった。ぼくは嬉しい。
ぼくはやったんだね。ぼくは成功したんだね。
あとは、地球に向かって飛び込むだけで、ぼくの仕事は終わるんだね。
「あとは、地球に向かって飛びこめば、きみの仕事は終了する」
科学者が嬉しいのか悲しいのか、泣いていた。
「地球に飛び込むとなあ。おまえは燃えて、消えてなくなっちゃうんだよ」
科学者がいっていた。ぼくはどうすればいいの? ここでやめたら、何のために遠い宇宙を旅してきたの。ぼくは帰らなくちゃ。死んでもいい。帰らなくちゃ。
二〇一〇年六月十三日、ぼくは地球の大気圏に向かって降下した。
もちろん、燃え尽きたさ。きれいさっぱりとね。でも、たぶん、お腹の中の破片は、無事だったと思う。
「ねえ、みんな、ネットではやぶさの大気圏突入を見てるんだって」
「なんだって、バカやろう。たくまは屋上ではやぶさを観察するつもりだぞ」
「バカじゃないの! はやぶさはオーストラリアに着地するんだよ。日本から見れるわけないじゃない」
これがぼくの物語だ。地球重力圏外からの採取物の地球への帰還は、これが地球初だそうだ。




