117、おれの思う最もキリスト教的な場面
若奥さんはおじさんに相談していった。
「わたしは罪を犯してしまいました」
おじさんは答えた。
「気にするな。神さまはすべてをお知りになった上で、我々をお許しになっておられる。だが、神さまがお許しになる罪にも限度がある。どんな罪か申してみよ」
若奥さんは怖気づきながらも答えた。
「はい。実は、わたしは夫以外の男性と」
「おお、なんということだ。人の心に沸く誘惑の罠は、時として淑女の心すらたぶらかしてまうものだ」
「神さまはお許しになられるでしょうか」
「安心するといい。神はおまえが亭主を思って尽くしてきた日々を忘れはしない」
「しかし、その後、不安になって、浮気相手の男性の頭を石で叩き割ってしまいました」
「なんということだ。天に召されたか弱い魂に神のお導きあれ。安心するがいい。おまえは三千人の病人の命を救った医者ではないか。神はおまえの罪を現世では罰しても、死後、お許しになるであろう」
「しかし、わたしは毎日、隠れて悪魔を祭る遊びをしていたのでした」
「おお、なんということだ。忌まわしき心に惑わされし子羊にお導きあれ。だが、安心するがよい。おまえは教会で毎年、恵まれない人にパンを配っているではないか。きっと、死後、天へ召されるであろう」
「でも、わたし、毎年、配っていたパンに毒を入れていたのでした」
「おお、なんということだ。なんということだ。神はおまえを救いたがっておられるというのに、その機会を逃し、罪を重ねてきたとは。信じられない。おお、神よ、我らの罪をすべてお知りになった上で、お許しになられますように」




