114、さえずらない宇宙
量子的歴史観測所では、研究員は歴史の観測に全力を傾けていた。量子的歴史観測所は、世界で唯一の量子的に歴史を観測できる研究所なのだ。日々、歴史の真実を探るため、観測に余念がない。
「どうやら、第二次世界大戦に日本は勝っていたらしい」
研究員が観測の結果、そのような報告を行った。
「バカか。ワシはその時はまだ生きとったわい。日本は勝ってない。見事にアメリカに敗北しておる」
所長が怒鳴って研究員をしかりつけた。
真実の歴史を知るために設立されたこの量子的歴史観測所においても、なかなか、真実の歴史というやつははっきりしない。研究員の素っ頓狂な報告に、所長はめまいがするようだった。
第二次世界大戦に日本が勝っていたという事実は、なぜ、観測されたのだろうか。それは、量子力学を知るものなら誰でも承知のように、不確定原理のためである。観測される対象物は、観測されることによって、初めてその形を現すのであり、観測されるまでは、歴史的事実は不確定なあいまいなものとして存在しているのである。そして、観測された歴史は、具現化する時にどのように形をとるのかはっきりしない。
「1862年、坂本竜馬は勝海舟を暗殺しているようです」
研究員が新しい観測の結果を報告してきた。
バカな。坂本竜馬が勝海舟を暗殺したのなら、いったい歴史はどうなるんだ。
「勝海舟を暗殺して後、坂本竜馬は攘夷志士として名を馳せ、みごと、江戸幕府によるアメリカ船撲滅に成功。以後、日本は欧米と戦争に入りますが、見事敗北し、征服され、アメリカの植民地になります。アメリカ合衆国の植民地として、極貧のまま、二流国にあまんじたようですねえ」
と研究員は調査した歴史を報告した。
「それが現在までつづいていると、なるほど、そういうわけですねえ。いやあ、わたしは日本は独立国かと勘ちがいしていましたが、しっかりと歴史を検証してみれば、なんのことはない。俗に言われる日本はアメリカの植民地だとは本当のことだったようです」
「アホが。もっとしっかり、研究しないか」
所長は研究員を叱りつけ、小一時間説教したあげくに、研究員に自分の仕事をもう一度、よく見直すように忠告を与えた。
坂本竜馬が日本亡国の黒幕だったなどという歴史を、歴史研究所として発表するわけにはいかない。
「一世紀、イエスは七十歳まで生きて、幸せに余生を全うしたようです」
と新たな報告が届いた。
なんだと。それは驚きの大発見ではないか。世界が驚愕する新事実だ。
「詳しく報告してくれたまえ」
「はい。イエスは十字架にかけられることなく、ローマ帝国市民として一生を終えます。なにやら、説法のようなことはしていたようですが、キリスト教が成立することはなかったようです。それで、ローマ帝国は万神廟を主宰神として、万神廟に征服した土地の神を全部集めました。そのまま、中華、インド、とは別の進歩をとげた地中海は、イスラム教が誕生することもなく、万神廟が至高の存在として君臨しつづけました。万神廟を主宰するローマ皇帝こそが最も偉いという考え方です。そして、ヨーロッパでルネサンスと産業革命が起こり、市民革命も起こり、世界を大征服する植民地時代へと突入します。キリスト教がないため、ヨーロッパには十字架がありませんが、他はたいしてちがいありません」
「バカものが。量子的観測をしておいて、その不確実さを疑わないのか!」
「といっても、これは観測された事実なんですよ、所長。所長こそ、観測による事実より、まちがった先入観を信じられるのですか?」
「なっとらん」
また、研究員を叱り飛ばし、小一時間説教した後、所長は休憩に入った。
まったく、ここはせっかくの世界唯一の量子的歴史観測所だというのに、目立った成果がない。
「わかりました。十四世紀、モンゴル帝国はヨーロッパを征服しています」
と新しい研究員は報告した。
「わかった、わかった。報告を聞こう。しかし、こんなことで歴史の研究が進展するのかね」
「当然です、所長。ここは世界最先端の歴史観測所ですよ」
研究員は自信満々に答えた。
「それで、調査した歴史は?」
「はい。十四世紀、モンゴル帝国はヨーロッパを征服しています」
所長は、研究員全員に呼びかけた。
「全員、一度、歴史観測の途中経過を報告してくれたまえ」
研究員が順番に進み出た。
「紀元前五世紀にインドで宇宙旅行が成功していたようです。ブッダのいう悟りとは、宇宙飛行と関係あるようです」
「古代日本では、小野妹子が天皇だったようです」
「地球は、紀元前2500年頃に宇宙人に征服されているようです。やはり、ピラミッドは宇宙人が作ったようです」
所長は報告を聞いていて、頭がくらくらしてきた。
しかし、最後の報告はいちばん頭に来るものだった。
「屋久島の縄文杉は西暦1500年頃に切り倒されているようです」
「バッカモーン。今でもあるっちゅうに」
所長は怒りつかれてしまった。
「いやいや、こう考えてはいかがかな。所長の歴史認識の仕方の方に問題があるのだと。我々はまちがいなく正しく量子的に歴史観測をしています」
「なら、貴様ら、ワシの昨日の晩飯を当ててみろ」
「カツ丼でしょ」
「味噌汁ですよ」
「刺身ですね」
「炒飯ですよ」
誰一人、正解である中華飯を当てたものはいなかった。
「これが量子的歴史観測というものか」
所長はため息をついた。
「そうですよ。所長の昨日の晩飯は、それらすべてであったのですよ。宇宙は脈動しているのです」
らしい。
※第一回創元SF短編賞大森望賞「さえずる宇宙」のパロディ。わたしがこの作品があるべき形だと思う姿。この第一回創元SF短編賞にわたしは人生を賭けていた。




