105、イソギンチャクからの手紙
「ねえ、わたしって、動物に例えると何だろう」
「イソギンチャクだな」
そんな会話をしていた午後の休憩時間。風音は、頬をふくらました。
しばらく、黙っている風音。
「なんだよ、イソギンチャクじゃ不満なのか」
「わたしがイソギンチャクなら、あなたは何なのよ。調子にのったら、怒る」
どうやら、本気で機嫌を損ねたようだ。
「おれはクラゲだよ。クラゲが好きなんだ」
それから、十ヵ月がたった。大学の試験があったり、未成年なのに飲み会をしたり、一台五万円の自動車を買って乗りまわしたりして、いろいろなことをしていたけど、風音ともちょくちょく会っていた。
もじもじする風音に誘われ、彼女のアパートの部屋を訪れた。緊張して、部屋の中に入ってみたおれは、風音がクラゲを水槽に入れて飼っているのを知ったのだった。
「ねえ、このクラゲ、きれいでしょ」
風音はもじもじしていった。
「うん。かなり、きれいだと思う」
それから、おれは、クラゲがいかに偉大な生物であるかをとうとうと語りはじめたのだった。クラゲはクジラより大きくなることもあり、また、不老不死のクラゲも存在するのだ。
それから、おれは彼女と寝た。彼女は、感激して泣いていた。
「うれしい」
といっていた。
そんな風音とは、それ以来、ぱったり会わなくなり、また十ヵ月がたった。
風音が首を吊って死んだのを知ったのは、大学でのことだった。
「ゲババ、あなたに風音から手紙があるの」
風音の友だちから、死ぬ前に書いたものであろう手紙を受けとり、慌てて開く。そこには、たった一行で遺言が書いてあった。
「わたしは世界にいらないのだとわかりました。イソギンチャクより」
バカやろう。大バカやろう。
おれは拳を握りしめた。結局、彼氏であったはずのおれは、彼女のことを何ひとつわかってなかったのだ。




