103、千年戦争
宇宙人が月を盗んでいった頃、おれは風音と一緒に近所の滝にいた。風音は、とても、感度の敏感な子で、世界の異変が起こるたびに苦悶の表情を見せた。
「ねえ、風音、これはいってはいけないことなのかもしれないけど、もう人類は滅亡するんじゃないかな」
ぼくの重いひとことに対して、風音はやはり苦痛を受けた顔をして答えた。
「ゲババは、宇宙人に殺されるつもりなの? あのひよわな宇宙人と戦っても勝てない?」
風音のことばに、ぼくは大きく尊厳を傷つけられて答えた。
「宇宙人にだって、負けはしないさ。ぼくをあまくみるなよ」
そして、二人は黙って滝の音を聞いた。どどどどどど、と心地よい音がする。
次に、声を出したのは、ぼくの方だった。
「もし、本当に宇宙人がいるのならね。存在するものに弱点のないものは存在しないよ」
「でも、月は持ち去られたのよ。あれから、毒素の入った雨が降るでしょ。あなた、それなのに、まだ宇宙人の存在を疑ってるの?」
「だって、見たことないもの」
「そう。そうなんだ」
風音は、とても悲しい顔をしていた。ぼくは風音のために何かをしてあげたくて、しかたない気持ちになった。風音が愛おしい。
「ねえ、もし、わたしが実は宇宙人と戦ってる志願兵の一人で、いつ死ぬかもわからないのだとしたらどうする?」
ぼくは、緊張して、呼吸ができなくなった。
「もし、わたしがもうすぐ、月を盗んだ宇宙人を追いかける遠征に出るのだとしたら、どうする?」
嘘だろ。それとも、本当か? 風音が世界の異変を苦痛として感じるのは、志願兵として情報を集める手術を受けたからなのだろうか。
ぼくに、そんなぼくに彼女に何をしてあげられるだろう。
何も知らない男女の時間がむなしくすぎた。
ぼくは、風音に、地球での思い出に、一晩、抱いてあげることにした。
「ねえ、これって恋愛?」
風音は行為の最中に聞いてきたけれど、
「宇宙的な恋愛さ」
などと、嘘をぼくはついた。
空には月はない。傷だらけの彼女が帰ってきたのは、それから七百十七年も後のことだ。




