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追放令嬢はただお風呂に入って寝ていたい  作者: 希羽


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第5話:徹夜と過労で一気に老け込む王太子たち

「あああああっ! ファンデーションが! ファンデーションが全く乗らないわ!!」


 王宮の一室で、男爵令嬢アリアの悲痛な叫び声が響き渡った。

 豪華な装飾が施された鏡台の前。彼女は震える手でパフを握りしめ、鏡に映る自分の顔を絶望的な表情で見つめていた。

 建国記念の夜会で、可憐な花のように微笑んでいた彼女の面影は、見る影もない。

 連日の徹夜作業と、理解不能な書類の山による極度のストレス。手っ取り早く糖分を補給しようと甘いお菓子ばかりを過食した結果、彼女の肌は『糖化』を起こし、くすんだ黄色に変色していた。さらに、睡眠不足でターンオーバーは完全に狂い、乾燥した肌の表面は粉を吹き、隠しきれない吹き出物がポツポツと赤く自己主張している。


「どうして……どうしてこんなことに……! 私、まだ18歳なのに、これじゃまるで30代のおばさんじゃない……っ!」

「うるさいぞ、アリア! こっちだって限界なんだ!!」


 執務デスクから顔を上げた王太子もまた、見るに堪えない惨状だった。

 目の下には真っ黒なクマ。頬はげっそりとコケ、ほうれい線がくっきりと影を落としている。ストレスによる血行不良で顔色は土気色になり、イケメン王太子としてもてはやされていた輝きは完全に失われていた。実年齢+10歳の老け顔である。


 エレオノーラを追放してからというもの、二人の生活は地獄へと急転直下していた。

 彼女がいかに一人で何十人分もの高度な実務を回し、各派閥の利害を調整し、国家のシステムを支える『見えないインフラ』であったかを、二人は彼女がいなくなってから初めて思い知らされたのだ。


「クソッ……エレオノーラめ! 辺境の吹きすさぶ風の中で、今頃泣き叫んで後悔しているに違いない……!」


 王太子がギリッと歯ぎしりをした、その時。

 執務室の扉がノックされ、辺境へ放っていた密偵が転がり込んできた。


「で、殿下! 辺境の様子を探ってまいりました!」

「おお、来たか! どうだ、あの女は! ガサガサの肌になって、王都に帰りたいと泣き喚いていたか!?」


 王太子が意地悪な笑みを浮かべて身を乗り出す。

 しかし、密偵はひどく困惑した顔で、一枚の『転写石(写真を撮る魔法具)』をテーブルの上に差し出した。


「そ、それが……こちらをご覧ください」

「なんだこれは……っ!?」


 転写石に映し出されていた映像を見て、王太子とアリアは息を呑んだ。

 そこに映っていたのは、強風吹きすさぶ荒野で震える哀れな女……などでは断じてなかった。

 ガラス張りの巨大な防風ドーム。その中に湧き出る極上の温泉。

 そして、その湯船の縁に優雅に腰掛け、フルーツティーを啜るエレオノーラの姿だった。


「な、なんだこの肌は……っ!?」


 王太子は転写石を両手で掴み、目を剥いた。

 映像越しでもわかる、内側から発光するような瑞々しい白肌。毛穴一つない、ゆで卵のようにツルツルで弾力に満ちた頬。

 王都にいた頃の、疲労で乾燥していた彼女とは完全に別人だ。圧倒的なまでに美しく、若返っている。


「しかも、あの男は……国最強の武力を持つ、レオンハルト辺境伯ではないか! なぜ奴が、エレオノーラに日傘を差しかけ、フルーツを剥いてやっているのだ!?」


 映像の端には、かつて「冷酷無比な戦闘狂」と恐れられていたはずの竜騎士が、デレデレの甘い顔でエレオノーラに甲れ甲れと世話を焼いている姿まで映り込んでいた。


「嘘よ……嘘よ嘘よ嘘よ!!」


 アリアが半狂乱になって叫んだ。

 自分のボロボロの肌と、エレオノーラの完璧な美肌。

 書類の山に埋もれる地獄の執務室と、最強のイケメン騎士に甘やかされる温泉リゾート。

 その絶対的な格差が、彼女のプライドを粉々に打ち砕いた。


「ずるい……私だって、そんなツヤツヤの肌になりたい! あんな風にイケメンに甘やかされて、何もしない生活がしたい!!」

「そうだ……そうだぞアリア! エレオノーラを王都に連れ戻せばいいんだ!」


 王太子は血走った目で立ち上がった。


「あいつを連れ戻して、再び執務をやらせる! そして、その美肌の秘密……いや『若返りの秘薬』を献上させれば、俺たちの肌も元通りだ!」

「名案ですわ、殿下! あんな女、殿下からの温情があれば、尻尾を振って戻ってきますわ!」


 究極の自己中心的な思考で結託した二人は、すぐさま王家専用の高速馬車を手配させた。

 失われた潤いと、実務の代行者を取り戻すために。

 しかし彼らは理解していなかった。

 極上の美容スローライフと、最強竜騎士の過保護な結界に守られたエレオノーラにとって、彼ら二人の存在こそが「最大の肌ストレス(ノイズ)」であるという絶対的な事実を。

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