第4話:過保護な溺愛包囲網
私の開発した『ただの保湿クリーム』を国宝級の秘薬だと勘違いした竜騎士様は、あの日を境に、人が変わったように私の山荘へ通い詰めるようになった。
「エレオノーラ。今日は『黄金コッコ』という魔物の肉を持ってきたぞ。お前が以前『コラーゲンとタンパク質は肌の弾力を作る基礎だ』と言っていたからな。朝一番で狩ってきた」
「まぁ、ありがとうございます。でも、辺境伯様ご自身で狩りを?」
「当然だ。鮮度が落ちれば栄養価も下がる。俺の飛竜の最高速度で運んできたから、まだ温かいぞ」
爽やかな朝の光の中、うるツヤ肌の超絶イケメンが、エプロン姿で魔物の肉を差し出してくる。
なんという無駄遣い。国最強の武力と機動力を、ただの『美肌食材のウーバー◯ーツ』として活用しているのだ。
しかも、彼の過保護はこれだけに留まらなかった。
「それから、裏庭の温泉だが。入浴中に辺境の風を浴びるのは乾燥に繋がると聞いたので、一晩で防風林を植え、さらに魔法石で温度を一定に保つドーム型の結界を張っておいた」
「結界……!? 温泉に!?」
「ああ。これでお前は、一切の気候ストレスを感じることなく、24時間完璧な環境で湯船に浸かれる」
レオンハルト様は、胸を張ってドヤ顔を決めた。
肌荒れという長年の苦痛から解放された彼は、私を完全に『神』か『教祖』のように崇め奉っている。そして私の「美容と平穏を愛する」という基本理念を完璧に学習し、私が指一本動かさずに済むよう、すべての環境を整え始めたのだ。
薪割りから水汲み、屋敷の清掃に至るまで、彼が精鋭の騎士団を派遣して(訓練と称して)完璧にこなしていく。侍女のマリーですら「お嬢様、私、もう仕事がありません……」と困惑するレベルの完全自動化である。
「あの、レオンハルト様。お気遣いは嬉しいのですが、辺境の領主としてのお仕事は大丈夫なのですか? 最近、東の森で魔獣が騒がしいと聞きましたが……」
私が特製のビタミンCたっぷりフルーツティーを啜りながら尋ねると、彼はふっと優しく微笑んだ。
「気にするな。魔獣の鳴き声はお前の『質の高い睡眠(夜22時就寝)』を妨げるノイズになる。昨夜のうちに、俺が単騎で群れごと殲滅しておいた」
「せ、殲滅……」
「お前の美肌を脅かすストレス要因は、俺がこの剣で物理的にすべて排除する。だからお前は、安心して美しくいることだけを考えていればいい」
彼は真剣な眼差しで、私の手を取り、その甲にそっと口付けを落とした。
麗しい騎士の跪いての誓い。乙女ゲームなら最高の胸キュンスチルになるところだが、理由が「私の美肌を守るため」というのがあまりにも実用的すぎる。
(……でも、これって最高に合理的じゃない?)
私は心の中でガッツポーズをした。
王宮で次期王妃として働いていた時は、私が必死にシステムを構築して、ようやく仕事が回っていた。
しかし今は違う。私が『ただ温泉に浸かって美容液を塗るだけ』で、最強の竜騎士が自律型AIのように先回りして、領地の安全から毎日の食事までを完璧に最適化してくれるのだ。
一切の労力をかけず、最大の利益(快適な生活と圧倒的な美肌)を得る。
投資対効果で言えば、控えめに言って無限大である。
「ふふっ。ではお言葉に甘えて、今日も温泉に入ってからお昼寝させていただきますわ」
「ああ、ゆっくり休め。俺は、お前が寝ている間に強すぎる日差しを遮るための日除けを設置しておく」
完璧なインフラだわ。
私はレオンハルト様に優しく微笑みかけながら、スキップするような足取りで裏庭の温泉へと向かった。
ストレスフリーの極致。
私の肌は今、人生で最も輝いている。
◇
その頃。
私が優雅な美容スローライフを満喫しているのとは対照的に、遠く離れた王宮では、地獄のような光景が繰り広げられていた。
「どういうことだ! なぜ魔法省の予算案がまだ上がってこない! 隣国との通商条約の更新期限も明日までだろうが!!」
王太子の執務室。
書類の山に埋もれた殿下は、血走った目で文官たちを怒鳴り散らしていた。
「も、申し訳ございません殿下! これらはすべて、以前はエレオノーラ様が『朝のお茶会の前』に終わらせていた業務でして……我々だけではとても……!」
「ええい、言い訳はいい! アリア! アリアはどこだ! 次期王妃なのだから少しは手伝えと……」
「殿下ぁ……もう無理ですぅ……」
執務室のソファで、男爵令嬢アリアが死んだような魚の目をして倒れていた。
連日の徹夜。膨大な計算。そして終わりの見えないプレッシャー。
エレオノーラという『見えない要』を失った王宮のシステムは、たった数週間で完全に崩壊していたのだ。
「クソッ……! 俺の、俺の肌が……!」
ふと鏡を見た王太子は、絶望の悲鳴を上げた。
目の下には真っ黒なクマが鎮座し、頬はコケ、ほうれい線がくっきりと刻まれている。ストレスによるホルモンバランスの乱れで、おでこには無数の吹き出物まで。
もはや、華やかな建国記念の夜会でドヤ顔をしていた若き王太子の面影はない。
そこには、過労で10歳は老け込んだ、哀れな男の姿しかなかった。




