第3話:最強竜騎士様のガサガサ肌を片手間でケアする
私が「がんばらない極上スローライフ」を満喫し始めて一週間が経ったある日の午後。
日陰のテラスで、特製ハーブティーを飲みながら優雅にうたた寝をしていた私の元に、その人物は突然やってきた。
「貴様が、王都から追放されてきたという元公爵令嬢か」
低く、地を這うような恐ろしい声。
目を開けると、そこには大木のように見上げるほど背が高く、漆黒の軍服に身を包んだ男が立っていた。
腰には身の丈ほどもある大剣。鋭い眼光。放たれる圧倒的な威圧感。
彼こそが、この辺境を治める領主にして、国最強の武力と謳われる『竜騎士』レオンハルト辺境伯その人だった。
「ごきげんよう、辺境伯様。私がエレオノーラです」
私はテラスの長椅子から立ち上がり、軽く会釈をした。
「……ほう? 王都を追放されたというから、さぞ絶望して泣き暮らしているか、あるいは癇癪を起こして荒れているかと思ったが。妙に図太い女だな」
レオンハルト様は、値踏みするように私を睨みつけてくる。
普通なら震え上がるような眼飛ばしだろう。
だが、私の視線は彼の鋭い眼光でも、腰の大剣でもなく――彼の『頬』と『口元』に完全に釘付けになっていた。
(……ひ、酷い!!)
私は内心で絶叫した。
辺境の強烈な空っ風と、竜に乗って上空を飛ぶという過酷な環境のせいだろう。
彼の肌は、極度の乾燥によって砂漠のようにガサガサに荒れ果て、口の周りには白い粉まで吹いている。さらに、乾燥から肌を守ろうと過剰分泌された皮脂によって、鼻周りの毛穴は無残にも開ききっていた。
「おい、何をジロジロ見ている。俺の顔に何かついているか?」
「ついています! 絶望的なまでの『乾燥』が!!」
「は……?」
怪訝な顔をする最強の竜騎士に向かって、私はズカズカと歩み寄り、ビシッと彼を指差した。
「辺境伯様、あなたのその肌荒れは重症です! 放置すればバリア機能が完全に崩壊し、シワとたるみの原因になります! というか、今の状態でも実年齢より確実に5歳は老けて見えていますよ!」
「なっ……き、貴様、突然何を言い出す! 俺は辺境の視察のついでに、厄介者の様子を見に……」
「いいえ、そんなことより肌です!」
私は彼を遮り、即座にテラスのテーブルに置いてあった小瓶を手に取った。
そして、彼の分厚い胸板にその小瓶をドンッと押し付けた。
「これは私が温泉の成分と『プルプル草』を配合して作った特製高保湿クリームです。今夜、ぬるま湯――絶対に熱いお湯は駄目です! 32度前後のぬるま湯で優しく洗顔した後、水気を拭き取ってから『3分以内』にこれを顔全体にたっぷりと塗り込んでください!」
「お、おい! 俺の話を……」
「いいですか!? これ以上あなたのそのガサガサの肌を見続けるのは、私の視覚的ストレスになります! 私の美肌を保つためにも、一刻も早くその肌をなんとかしてください。では、私はお昼寝の続きがありますので、お引き取りを!」
私は一気にまくし立てると、呆然とするレオンハルト様をテラスから追い出し、パタンと窓を閉めて鍵をかけた。
ふう、危ない危ない。
あんなカサカサの肌を直視し続けたら、共感性羞恥ならぬ「共感性乾燥」で私の肌の水分まで飛んでいきそうだったわ。
◇
――そして、翌日の午後。
ドンドンドンッ!
「エレオノーラ! いるか!」
屋敷の扉が乱暴に叩かれた。
不機嫌な声。またレオンハルト様だ。昨日の無礼を怒りに来たのだろうか?
面倒くさいと思いながらも扉を開けると、そこには昨日と同じ黒い軍服姿の男が立っていた。
「昨日渡されたあの薬だが……」
彼が口を開いた瞬間、私は息を呑んだ。
「……えっ?」
昨日まで砂漠のようだった彼の頬が。
粉を吹き、毛穴が開いていた彼の顔面が。
まるで磨き上げられた大理石のように、滑らかで潤いに満ちた『うるツヤ肌』に変貌していたのだ。
荒れた肌に隠されていて気づかなかったが、潤いを取り戻した彼の顔立ちは、息を呑むほど整っていた。
スッと通った鼻筋、男らしくも品のある輪郭。乾燥の赤みが引いたことで、本来の透き通るような肌の色が露わになっている。
(……めちゃくちゃ超絶イケメンじゃないの!)
「おい、エレオノーラ。聞いてるのか?」
レオンハルト様は、少し戸惑ったような、興奮を抑えきれないような顔で、昨日の小瓶をぎゅっと握りしめていた。
「あの薬を塗ったら、長年治らなかった顔の痛みが一晩で完全に消えた。しかも、朝起きたら肌が信じられないくらい弾いている。宮廷魔術師の回復魔法でも治らなかったのに……お前、一体どんな『国宝級の秘薬』を俺に渡したんだ!?」
国宝級の秘薬。
ただの『プルプル草の保湿クリーム』なのだが、屈強な騎士たちは「スキンケア」という概念を知らないらしい。
「あの……ただの保湿、ですよ?」
「とぼけるな! これほどの奇跡、只事ではない! エレオノーラ、お前は……お前は、俺の恩人だ!!」
ガシッ!!
レオンハルト様は、私の両手を彼のでかくゴツい手で包み込み、まるで女神でも拝むかのように熱烈な視線を向けてきた。
(あれ……? なんだか凄く、面倒なフラグが立ったような……?)
私はただ、自分の視覚的ストレスを排除したかった(そして早くお昼寝したかった)だけなのに。
ピカピカの美肌を手に入れた最強竜騎士様の瞳には、私に対する異常なほどの『特大の矢印』が点灯し始めていた。




