覚悟
「シノ、あなた、禁忌を犯しましたのね。」
カノンとシノはお互いに剣を向けながら、挙動を見据える。
シノはカノンの言葉を聞いてかすかに剣先を揺らがせるが、一呼吸ついて再び剣先を相対する者に真っ直ぐ向ける。
「眷属が主神のように新たな眷属を生み出すのは理に反しますわ。あなたもそのぐらいのことを知っているはずですわよ?」
「あぁ、知っているさ。だが、こうする他にコータをここまで連れてくることは出来ないと思ったんだ。他に良案はあるかい?」
悪びれる様子もなくシノは言い返す。カノンはその様子を見てシノの態度に憤りを募らせる。
何故なら────
「最悪あなたの存在が消えるほどのリスクを背負うぐらいにあの人間に価値があると言いますの?それに、その様子じゃあなたの力もほとんど使ったみたいじゃないですの。」
主神のように十分な力を持っていない眷属が自身の力を用いて新たな眷属としての存在を生み出すということは、自身の持つ力を上回るほどの力を使うため、自身の存在を確立する神格が消え去る危険がある。
お供え物の分だけで賄えたのはひとえにコータのたゆまぬ参り続けた信仰心によるものであろう。
また、本来神や神に仕える眷属は人間を親しく思う反面、圧倒的力の格差により下に見ていることが多い。
それ故に、カノンにはたかだか一人の人間のために自身の存在を賭けるまでのことをするというのは正気の沙汰とは思えなかった。
お互いに睨み合っていると、来た道の方角、カノン後方から地鳴りが聞こえる。
恐らく烏天狗たちが追い付いたのだろう。
今頃コータは私を置いて異世界に行ってしまったのだろうか、シノは寂しそうに笑みを浮かべ、自ら囮となったことを後悔するが、自分を置いてもう異世界に行ったことを願う。
コータは頭が良いからここに戻ってくることはしないだろうな、とシノは愛しの人を想う。
コータが助かれば自分はどうなっても構わない、そんな覚悟はもうとっくに決まったはずだ。だが、何処かでコータが助けに来てくれるという幻想を捨てきれない。
そんな自分を自嘲するかのように一息ついて、カノンを筆頭とする大群に自分の後ろの道にただでは行かせまいと自身の有する威圧の限りをぶつける。
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「何やってんだよ、あのバ神様……!」
コータは女からシノがしたことの重大さを聞いた後に、疾風の如く部屋から飛び出し、来た道を引き返す。
コータは何となくシノが囮役を買って出たときから嫌な予感はしていたものの、そんなはずはないか、と考えていた自身の考えの甘さに腹をたてる。
自身の足がほつれそうになりながらも全力で走る。脇に立ちながら見せ物でも見るように無邪気な笑いを浮かべた神の前を何柱も通りすぎた頃。
遠くに絹のような艶やかな長い黒髪の女性の後ろ姿が見え、そして、
「シノ様ぁああ!!何やっているんですかっ!早く行きますよぉおおおおおっ!?」
と叫んでいる途中にシノを挟んで向こう側に大勢の烏天狗の姿に気付く。
完全に窮地であるものの、ここを打開しなければ先はない。
どうにかして乗り越えようと思案する。
そして、シノの方をちらりと見やる。
せっかくの整った顔が驚きによって崩れる。
……本当に何やってんだこの神は。
さて、俺の力を使ってどうにか出来ないものか。
手をかざし力を込め、状況を打開するためのヒントを示させる。
すると、青い燐光はふよふよと麻袋の周辺に漂う。
……ちょっと訳がわからない。
このお菓子しか入ってない麻袋の何が役に立つと言うんだ。まさか俺の力がここまで頼りにならないとはおもわなんだ。
幸い、力を使った動作で烏天狗たちは警戒しているのか中々前に出ようとはしなかった。
ため息を漏らし、頼るものがなにもない状況であることを改めて認識したコータはただ双眸を閉じた。
(まさか、まさかコータが戻ってくるなんて!)
囮としての役目を結果として全う出来ていないという嘆かわしい状況であるのに、不謹慎にも喜んでしまっている自分にシノは気付きながらも喜びを抑えきれない。
シノは絶対にこの状況を打開すると、胸を熱くさせ、顔を引き締める。
「なぁ、コータ。コータの力でどうにか打開策を示せないか?」
と言うと、コータは目を開きシノを一瞥し、再度目閉じて口を開く。
「あのお菓子しか入ってない麻袋を示すだけです。あんなもので何が出来ると言うんですかね。」
言い終わるとコータは再びため息をつく。
だが、コータの言葉にシノは一つの解決策を見出だす。
「コータ、一か八かの賭け、乗ってみないか?」
コータは目を見開き、シノを見つめニッと笑う。
今更どんなギャンブルでも乗るしか無いじゃないか。




