六人目の証言者:近衛騎士ダミアン・カルティエ
妹が大変失礼した。妹は普段から気位が高く扱いづらいのだが、なにぶん今は妊娠中ということもあって余計に気が立っていてな。妹に代わり、私が謝罪と証言をしよう。
形式通り、名乗らせてもらおう。私はダミアン・カルティエ。我が妹、ロジーヌ王子妃の近衛騎士だ。
……ん? ああ、なにぶん妹はあの性格なものでな。あの奔放な振る舞いに下心なしで耐えられるような男は中々いないし、これ以上妹に悪い虫がついても困るということで、私も近衛騎士としてつくことにしたのだ。
ロジーヌの兄でありカルティエ家の次期当主である私が目を光らせていれば、ロジーヌの近衛も妙な気は起こすまい。本来なら長男の私が近衛騎士になることはないのだが、前例がまったくないわけではない。半年前から、私はロジーヌの近衛騎士の一人として出仕しているのだ。
さて、早速本題に入りたいのだが……はて、何から話したものか。マリアンヌについて語らなければならないことはあまりにも多すぎる。すべてを話せば日は暮れ、かといって中途を飛ばせば伝わらない。まったくもって困ったものだ。
まあいい。私はマリアンヌ・ド・ラファイエットが嫌いだ。その名を持つすべての女を激しく憎悪していると言ってもいいぐらいにな。
これは公にしないでほしいことなんだが……私は、マリアンヌが死んでくれてせいせいした。あの女は稀代の悪女だ。殿下にとっての……いや、宮廷中のほとんどの男にとってのファム・ファタール、それがマリアンヌ・ド・ラファイエットなのだ。
殿下は彼女に強く執着していた。殿下だけではない。宮廷中の若い男は大抵マリアンヌに心を奪われていただろうな。美醜や性格はどうでもいい。ただその聖女の生まれ変わりという神性と、まるで幻想のように実体を掴ませない神秘的なところが、宮廷中の男達の心をとらえて離さなかったのだ。
……私か? 恥ずかしい話、否定はできない。
しかしそれはあの魔性に惑わされたからだ。私の理性は、常にあの女に対する嫌悪を訴えていた。そしてそれと同時に、あの女に惹かれてはならないと本能が警告を発していた。
……どうやら卿は、何故私がここまで彼女を憎む理由がわからないようだな。いいだろう、教えてやろう。
実はな、私はあの女以外に“マリアンヌ・ド・ラファイエット”の名を持つ女を知っているのだ。あの女ともう一人のマリアンヌはよく似ていた。まるで生まれ変わりかと思うぐらいにな。
他の連中がそれに気づいていたかはわからない。あの女はめったに表舞台に出ようとしなかったし、私の知っているもう一人のマリアンヌも、表舞台に出てこれるような女ではなかったからな。……そもそも、二人が似ているのは私の勘違いだった可能性もある。私とて、あの女を近くでまじまじと見たことはないのだから。
私の知る、もう一人の“マリアンヌ・ド・ラファイエット”? ――――私とロジーヌの母親、マリアンヌ・カルティエだよ。
母はラファイエット男爵家の娘で、カルティエ家に嫁ぐ前はマリアンヌ・ド・ラファイエットと呼ばれていた。……母と同じ名前を持つ、どこか母に似た少女。そんなマリアンヌに、息子が惹かれるわけにはいかないだろう?
もちろん、偶然にすぎないとは思うがな。嫌な偶然が重なった結果、私は王子の寵姫マリアンヌにレーアン侯爵夫人マリアンヌを重ねてしまっているだけだ。そうに違いない。そうでなければ、あの妙なざわめきは説明できないのだから。
今の母? ああ、フェルナン卿は貴族社会とは離れていたな。それにフェルナン家はカルティエ家とは派閥が違う、知らなくても無理はないか。
……母はロジーヌを生んで、産褥熱でそのまま死んでしまったよ。当然、ロジーヌは母のことなど覚えていないだろうな。
いや、気にしないでくれ。母はもともとあまり身体が丈夫だとは言えない方だったし、何よりもう十五年も前の話だ。それに、私は母のことも強く憎んでいた。今さら母の死に際を思い出したところで悲しくもないさ。
……母もまた、あのマリアンヌと同じく男を狂わせる女だ。そのあまりの魔性のせいか、父は母をめったに屋敷から出そうとしなかった。母と面識があったのは、父とよほど親しい貴族や我が家の使用人か、あるいは結婚前から母を知る人間ぐらいだろうな。
当時の私は幼く、よく理解できていなかったが……母は、前王シャルル三世にも気に入られていたそうだ。父には隠してはいたようだがな。そんなことが公になれば、嫉妬に狂った父が何をしでかすかもわからない。二人はそれをよくわかっていたのだろう。
母と同じ名を持つ者が、かつての母のように王族を手玉に取っている。私がマリアンヌを嫌うのは、その現実が受け入れがたいからでもあるのかもしれない。
いや、私もロジーヌも、母に似ているわけではないぞ。私達はどちらも父に似た。だから初めてマリアンヌを見た時は驚いたのだ。まるで母が若返ったようだとな。
まあ、あの時は遠目で見ただけだし、そもそも私も母のことなどもううろ覚えだ。絵画ぐらいでしか面影を辿れないから、思い出がうまく修正されてそんなことを思っただけかもしれんがな。
私が生まれた直後だから、今から二十年前のことだろうか。父はたった一度だけ、不可抗力でシャルル三世と母を会わせたことがあったそうだ。シャルル三世が母に惹かれたのはそのときからだろう。
国王であったシャルル三世なら、父と母を引きはがして母を己の公妾とすることもできたはずだ。しかし幸か不幸か、シャルル三世はそれをしなかった。もしそうなっていれば、ロジーヌは生まれていなかっただろうな。そう、二人が通じていたのは、ロジーヌが生まれる数年は前の話なのだ。
案ずるな。途中で密通に気づいた父が母を軟禁まがいの手段でこれまで以上に屋敷に閉じ込めるようになってからは、二人の関係も終わっている。ロジーヌは間違いなく父と母の子だよ。
シャルル三世とマリアンヌの間に、子供などいるはずがない。ははっ、仮に子供がいたら、父は血眼になってその子供を探し出すだろうさ。もちろん、狂おしいほど愛した女を寝取った憎い間男の血を引くその子を殺すために。
……冗談のつもりで言ってみたが、実はいたかもしれないな。父が秘密裏に殺した、私の異父弟か異父妹が。
もしそんな子供が実在して、なおかつ生きていたのなら……元老院は、その子供を探し出すだろうな。寵姫ですらなかった母がシャルル三世との子を身ごもっていたとしても、本来なら継承権など与えられないだろうが……。胸に抱える思惑によっては、その子供は多くの意味を持つものになる。野放しにしておくには惜しいだろう。
母とシャルル三世の関係について、私も理解がないわけではない。私とて貴族の生まれだ。政略結婚に絶望し、真実の愛を求めて不貞に走ることが悪とは言わない。だが、母の気持ちが父ではない男にあるというのは子供心にこたえるものがある。その陰で流れる涙もあったと思うと、やはりやりきれないな。
……殿下の愛を得られなかったロジーヌか? まあ、ロジーヌも涙は流していたと思うぞ。悔し涙だろうが。
はは、だが真実だ。先ほどは少しばかり気取った言葉で飾ったが、より正直に言うならこうだろう――――真実の愛とやらのせいで得られたはずの利益が失われるのは、やはり気に食わない。
いつまでもままごとに溺れて、殿下をその気にさせられなかったロジーヌにも非はある。男遊びなどさっさとやめて殿下に尽くしていれば、殿下はロジーヌのことも愛してくださったのかもしれないというのに。
私はロジーヌにそう言い含めたのだが、ロジーヌは聞く耳も持たなかった。愛人達を侍らせて、その結果殿下から愛想を尽かされている。まったく、恥ずかしい限りだよ。
父はロジーヌを溺愛しているせいで、私が苦言を呈しても聞き入れてもらえなかった。そして父が臥せってからも、ロジーヌは父を盲信した。私の忠告など誰も聞きはしなかったぞ。
誤解しないでほしいのだが、私とて恋に生きるロジーヌのことを応援したかった。だが、貴族に生まれたからには背負うべき義務というものがあるだろう。
それを放棄して遊興にうつつを抜かすなど、カルティエ家の娘にあってはならないことだ。年相応の少女のように愛を享受する権利は、果たすべき義務を果たしてから初めて与えられるものだと思わないかね?
私だって、ロジーヌが殿下と良好な仲を築いてカルティエ家の力をより強めてから、そして殿下との第一子を産んでから、愛人の子を……誰にもそれと知られずにその胎に宿していたのなら、こう文句は言わないさ。
それがどうだ。ロジーヌは、結婚したのだからもういいだろうとばかりに愛人との子をなした。ふしだらな妹を持つと、つくづく頭が痛くなる。
……薄情な男だと思うか? だが、ロジーヌが殿下に愛されないのは自業自得もいいところだ。さすがにその恨みまでマリアンヌにぶつけるのは違うだろう。
腹の子の父親? 卿が気にするほどの人物でもない。元老院の決定で、ロジーヌと特に親しかった男達はみな半年前から王都から遠い領地に行かされているからな。誰が父親であれ、事件とはまったくの無関係だ。……王子妃の懐妊について、筆頭貴族の面々も気を揉んでいらっしゃるのだろうな。
そうだ。愛人達が飛ばされたのは、ロジーヌの懐妊が公になってからのことだった。
ロジーヌの子の父親が殿下ではないのは、もはや公然の秘密だろう。余計な火種を生まないよう、元老院はロジーヌの歴代の愛人を片っ端から宮廷から追い出すことを選んだようだが……まあ、何の意味ももたらさないだろうな。殿下がロジーヌの懐妊について一切触れないことが、すべてを証明しているさ。いくら不貞だとわかっていても、かたくなに妻の懐妊を認めないところに殿下の狂気を感じてしまうがね。
ああ、つい話が長くなってしまったな。卿が知りたいのは、犯行時の妹の様子だろう?
結論から言えば、妹に犯行は不可能だ。正午から夕方の四時過ぎまで、妹はずっと私達とプティ・ペルル宮殿の庭園にいた。その間、妹が私達の視界から消えたことは一度としてない。断言しよう。妹に、ロジーヌに犯行は不可能だ。
確かに最近、ロジーヌが怪しげな儀式に傾倒しているなどという噂があるが、あれは荒唐無稽のものだ。安産祈願こそすれ、おぞましい黒魔術になどロジーヌは手を染めてはいない。……少なくとも、私の知る限りではな。
ううむ。脱線してばかりで、あまり有力な証言はできなかったな。
だが、私はこれ以上のことを知らないのだ。あの日のロジーヌは昼から夕方までずっと私の目の届くところにいた。これが真実であり、マリアンヌ殺害にロジーヌはこれっぽっちもかかわっていないのだから。
……だが、最後にこれだけは言わせてくれ。
マリアンヌは幻想のような女だった。私はいまだにあの女が実在したことが信じられないし、あの女が現れてからのこの一年は、嘘か何かだったのだとすら思える。
そんなとき、私はふと考えることがあるのだ――――王子の寵姫、マリアンヌ・ド・ラファイエット。初めからそんな女は存在せず、王妃になることに未練を持った母の亡霊だったのではないか、とな。