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幻想の淑女マリアンヌ  作者: ほねのあるくらげ


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10/18

情報の整理

「二人の“マリアンヌ”か。……気になるな」


 王子妃の近衛騎士ダミアンの退室を見届けてから、アルフォンスは小さな声で呟いた。ジェルマンを連れて応接室を出たアルフォンスに、傍らのジェルマンが声をかける。


「レーアン侯爵夫人とマリアンヌ姫には、何か関係があるということですか?」

「かもしれない。他人の空似という可能性もあるし、なにより侯爵夫人が存命だった時はダミアンもまだほんの子供だったはずだ。その記憶がどこまで当てになるかはわからないが……運がよければ、マリアンヌの出自に辿り着けるかもしれないぞ。ジェルマン、あとで調べておいてくれ」


 前王の遺書と印章を持ち、貴族達を黙らせて異国から来た新たな王を認めさせることができた本当の理由も。そう言って、アルフォンスは静かに微笑んだ。

 ロジーヌとダミアンを新たな証言者として召喚できたのは、アルフォンスがプティ・サフィール宮殿での現場検証を終えた日の翌々日の午前のことだ。ロジーヌに代わる形でダミアンの事情聴取も行ったため、少し手続きの時間を取られてしまったが、まだ十分陽は高い。執務室に戻ったアルフォンスは、早速昨日のうちにジェルマンがまとめていた資料に目を通した。


「これによると、ロジーヌが黒魔術に傾倒していたというのは本当のようだな」


 それは宮廷で黒魔術に凝っている者達の名簿だ。まずは噂話で大まかな目星をつけ、次にそういったものを取り扱う怪しげな店で顧客名簿を調べた。王都近郊にある有名な店のぶん、それも顧客の名前ぐらいしかないが、資料としては十分だ。

 どの店の主人も顧客の情報を流すのには渋ったが、ありもしない罪で摘発されてはたまらないと最終的には捜査に協力している。ジェルマンとしては詐欺やらなんやらで彼らのことも訴えたい思いでいっぱいだが、それはまた別の捜査を必要とする。そもそも、そういうものの取り締まりはアルフォンスの担当とするところではない。それに、合法のものを良心的な価格で売っていたり、黒魔術というおどろおどろしい単語とはかけ離れた可愛らしいおまじないのものしか取り扱っていないところも案外あるようなので、ひとまとめにしてつつくのはやめておいたほうがよさそうだ。ひとまず問題のありそうな店を後日担当検察官に教えておくべきだろうが。

 明日はロジーヌの女官長であるランヴェイ公爵夫人ポーリーヌを呼んで話を聞くことになっている。彼女はロジーヌが主催したというお茶会の招待客だ。ロジーヌの名が黒魔術師の顧客名簿に挙がっている以上、女官長である彼女も何か知っているかもしれない。

 

「アルフォンス様、まさか本当にマリアンヌ様はロジーヌ様派の人間に呪い殺されたんですか?」

「まさか。私はただ、エルヴェの話が気になるだけだ」


 エルヴェは言っていた。黒魔術に凝っていた人物に濡れ衣を着せたかったり、犯人は黒魔術を使える魔女だったことにして真相をうやむやにしたかったり、あるいは黒魔術を信じる狂人の仕業だったり。そういった目的のために、わざわざ黒魔術の儀式に使うナイフを凶器にしたのだ、と。

 アルフォンスは彼の言葉に可能性を感じた。確かに、普通のナイフではなくわざわざ『大罪の呪刃』などというたいそうな名前のついたナイフを凶器としたところには意味があるような気がする。だからこそ、アルフォンスは黒魔術とかかわりがあった人物を調べた。

 だが、問題は凶器が現場から発見されなかったことだ――――本当にそのナイフがマリアンヌの命を奪ったものなのか、アルフォンスはまだ確証が持てていなかった。


*


 アルフォンスがプティ・サフィール宮殿で発見した隠し通路の調査結果が出たのは、その日の午後のことだった。

 隠し通路の存在は、王室も知らなかったようだ。だが、それも仕方のないことだろう。現在の王族は前王朝が断絶したことで他国から招かれたのだ、彼らに歴代の王族だけが抱えられる秘密を教えてくれる存在はいない。

 結局アルフォンスに隠し通路の存在を提示された司法院は、「国防と王族の命にかかわることかもしれないので、その調査結果を公にしない」、そして「事件に明確なかかわりがなければ調査結果を記録に残さず、司法院に提出された記録についても破棄する」という条件で調査を行うことにした。王室もそれで異議はなかったようだ。

 慎重に行われた調査は、アルフォンスにある一つの事実をもたらした。あの隠し通路は、ウェルシアル宮殿に続いていたのだ。アルフォンスが見た限りでは多くの道があったが、ウェルシアル宮殿に続く一本以外はどれも行き止まりで、追っ手を撒くための偽物らしい。正しい道を間違えずに選ぶことができれば十分とかからず宮殿にいけるというが、他の道は迷路のようになっているので足止めには十分だろう。

 隠し通路の全容については、プティ・サフィール宮殿内のもの以外について調べることを許されなかったので不明だが、あくまでもこの通路の意味としてはあちこちに張り巡らされた脱出用の通路の一つという程度のものに違いない。宮殿から離宮に逃げるのか、あるいは離宮から宮殿に逃げるのか。籠城していると見せかけて密かに別の宮殿に逃げれば、襲撃者の目をくらませることはできる。逃げ延びた先で改めて敷地外に出るのだろう。

 もっとも、今はそんな通路の本来の意味などどうでもいい。重要なのは、あの隠し通路を使えば誰にも見られずに宮殿に向かえるということだ。

 プティ・サフィール宮殿の隠し通路から辿り着いたのは、宮殿の一階にある客間の一つだった。そこは普段使われることのない場所で、客間と言ってもめったに人も来ないという。その理由は何代も前にその場所で非業の死を遂げた貴族令嬢の幽霊が出るからという荒唐無稽なものではあったが、恐らく隠し通路の存在を隠すために時の王がこぞってその噂の信ぴょう性を高めようとしたのだろう。宮廷では誰もが耳にしたことのある有名な話だった。


「隠し部屋で着替えてから宮殿に行けば……」


 アルフォンスが見た、マリアンヌの部屋の下にあった隠し部屋。あそこには何もなかった。当然、死体の痕跡も見つかっていない。隠し通路を捜索させると同時にあの部屋も調べさせたのだから、断言はできる。だが、あの隠し部屋と隠し通路の捜査が始まる前にすべての証拠を隠滅することは可能だ。

 窓から侵入した犯人はマリアンヌを殺して、すぐに衣装部屋に隠れた。そしてその遺体をフェリックスたちに目撃させた後、死体を隠し部屋に引きずり込んだ。自分は隠し部屋で着替えてから宮殿に向かい、ほとぼりが冷めた後で死体を片付け――――いや、無理だ。この計画を実行に移すには、捜査官が詰めかけているプティ・サフィール宮殿か、あるいは常に人の目があるウェルシアル宮殿を死体とともにうろつく必要がある。人気(ひとけ)がないのは隠し通路の出入り口がある客間の周辺だけだ。客間を出て少し歩けば、役人やら貴族やらの目から逃げることはできないだろう。なにより犯人が隠し部屋と隠し通路のことを知っていなければならない。理論上は可能でも、それを可能にできる人間はごく限られてくる。


「……マリアンヌ・ド・ラファイエット」


 知らず知らずのうちにアルフォンスは呟いていた。すべてを可能にできる人物の名を。

 隠し通路の存在を知る者はいなかった。だが、それは本当だろうか。隠し部屋はマリアンヌの部屋の下にあった。そこから続くウェルシアル宮殿までの隠し通路を、マリアンヌが気づいていても不思議ではないのでは?

 隠し部屋に、使用者の痕跡を感じさせるような物は残されていなかった。だが、あの部屋は長年放置されていたにしては空気のよどみや汚れなどが見当たらなかった。マリアンヌはあの部屋に出入りし、手入れをしていたはずだ。仮にそれがマリアンヌの仕業でなかったとしても、部屋に引きこもりがちなマリアンヌの目を盗んで隠し部屋に入れるわけがない。隠し部屋の掃除について、マリアンヌが認可しているのは違いないだろう。もしマリアンヌ以外が隠し部屋の手入れをしていたのなら、それはやはりマリアンヌが最も信頼していたらしいナタリーに任されていたのだろうか。

 だが、ナタリーはマリアンヌの死体が見つかってすぐにエルヴェとともに部屋の外に出ている。エルヴェと別れてからも彼女は三人の侍女達に付き添われていたので、殺人はともかく死体の消失についてナタリーがかかわるのは困難だ。ナタリーが犯人と共犯関係にあったのなら話は変わってくるが。

 考えられるのは、やはりマリアンヌの死が狂言だった可能性だろうか。第一発見者である四人の証言では、“マリアンヌの死体を直接確認したのはフェリックス一人”だった。他の三人はマリアンヌの胸に凶器のナイフが刺さっているのを見たに過ぎない。いくらでもごまかしようはある。四人のうち、マリアンヌに息があったかどうかを断言できるのは、彼女に駆け寄りその身体に触れたフェリックスだけだ。そしてそのフェリックスがマリアンヌの死を保証したのなら――――その証言自体が、嘘だった?


(……宰相は取り乱した王子を止めることに精いっぱいで、死体を注視していても直接触れて検死しようとはしていない。それに、王子と宰相はほとんど同時にマリアンヌの部屋を出ている。宰相を騙すのは簡単なはずだ)


 気になるのはボリスが言っていた奇妙な金の粉と金の蝶のことだが、本人も言っていたように幻覚か、あるいは見間違いに過ぎないだろう。どこから話が漏れたのか、噂の出所はわからないが、彼の目撃証言はよりマリアンヌの聖女伝説を加速させているらしかった。もしかするとボリス自身が誰かにそれを言ったことで広まったのかもしれない。それか、誰かが面白おかしく広めた与太話がたまたまボリスの勘違いと合致してしまったか。いずれにしろ彼の見たものは聖女伝説以外に事件との関連性を見いだせない。気になることは気になるが、ひとまず無視してもよさそうだ。


(王子と宰相が部屋を出たのを見計らってマリアンヌは死んだふりをやめ、隠し部屋に入る。隠し通路を使ってウェルシアル宮殿にいけば、プティ・サフィール宮殿にいる者に気づかれずに姿を隠すことは可能なはずだ)


 だが、プティ・サフィール宮殿から逃げたマリアンヌはどこにいるのだろう。この計画にはフェリックスの協力が必須だ。フェリックスの手引きでウェルシアル宮殿からも脱走したなら、もはや彼女の足取りは掴めない。

 いや、そもそもマリアンヌとフェリックスは何のためにこの狂言殺人を実行した? 寵姫マリアンヌ・ド・ラファイエットを殺すことで、二人に何の意味がある?


(……待てよ。“寵姫マリアンヌ・ド・ラファイエット”が死ねば、今生きているマリアンヌ・ド・ラファイエットはなんになる?) 


 聖女の生まれ変わり、王子の寵姫マリアンヌ・ド・ラファイエットは殺された。仮に彼女が本当は生きていたとしても、今の彼女はなんの地位も身分もない、一人の少女に過ぎない。その行方は誰も知らないし、聖女でも寵姫でもない彼女の動向に注意を払うものなどいないだろう。

 姿を消したマリアンヌ。継承権を放棄すると言っていたフェリックス。ボリスは言っていた。フェリックスはロジーヌと離縁し、故郷である帝国に帰ってマリアンヌを妻にする気だと。

 一つにつながった証言はアルフォンスにある考えをひらめかせる。フェリックスとマリアンヌが“マリアンヌ・ド・ラファイエット”を殺した、その意味を。


「なんの後腐れもなく、帝国にマリアンヌを連れていくためだった……?」

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