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幻想の淑女マリアンヌ  作者: ほねのあるくらげ


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七人目の証言者:ランヴェイ公爵夫人ポーリーヌ・ヴァーレン

 ロジーヌ王子妃殿下の女官長、ポーリーヌ・ヴァーレンでございます。わたくしがこの場に呼ばれるに至った理由は、わたくしも承知しておりますわ。こうして司法院に呼ばれたからには、真実を告げることをお約束いたします。……それがたとえ妃殿下の不利になることであったとしても、わたくしはすべてを包み隠さず申し上げましょう。


 マリアンヌ様が殺された日、ロジーヌ妃殿下は朝からたいそう機嫌がよろしいご様子でした。妃殿下は繊細な方。些細なことですぐにご気分を悪くされるのですが、珍しいこともあるものだと侍女達が囁いていたのをよく覚えております。

 その本当の理由を、わたくしは存じ上げておりました。その前の晩、妃殿下が懇意にしている黒魔術師が妃殿下の望むものを献上したからでございます。申し上げるのも汚らわしいものでございますので、それについては割愛させていただきますが……それを何に用いたかはお伝えしなければなりません。堕胎剤でございます。()殿()()()()()()()ヴァ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの晩届けられたのは、今まで妃殿下がお買い求めになっていた堕胎剤よりも強力な……子だけではなく母体すらも死に至らしめる猛毒でした。


 もちろんわたくしは黒魔術にも魔女にも関与しておりません。妃殿下にお仕えする身として知ってしまっただけでございます。

 何度も妃殿下をお止めいたしましたが、すでに魔女の虜囚になられてしまわれたのか、わたくしの言葉など届いていないご様子でした。「これ以上口うるさくするならあなたの首を刎ねて、あなたの実家もヴァーレン家も潰してあげるわ」と言われては、わたくしも引き下がるほかなかったのでございます。


 ラ・ヴァードレッドは残酷な魔女でございます。あの女の魔術は、世間を知らないご令嬢が戯れに手を出すようなままごとの黒魔術とは違うのです。

 正真正銘のおぞましい魔術の使い手、それがラ・ヴァードレッドなのです。そのような女が妃殿下の信頼を得ていたなど、わたくしはもう恐ろしくて……。

 わたくしは妃殿下にお仕えする身として今までこの秘密を隠しておりましたが、もう限界でございます。おそらくもう妃殿下は悪魔と契りを交わしてしまわれたのでございましょう。あの方の御子は殿下との御子などではございません。呪われた悪魔との子供なのです。


 妃殿下はマリアンヌ様をことのほか嫌っておいででした。取り寄せた毒薬や堕胎剤はすべてマリアンヌ姫に使うためのものでございます。

 プティ・サフィール宮殿には妃殿下に忠実な侍女が何人もいて、その者達がマリアンヌ様の食事やドレスに薬をひそませていたのです。マリアンヌ様のご懐妊を妃殿下にお伝えしたのも彼女達でございました。しかしマリアンヌ様は聖女の力か神の加護か、妃殿下から向けられた悪意など一向に届いていないご様子。もっとも、それもあの日までの話でございますが……。


 妃殿下はマリアンヌ様を手にかけたのでございます。マリアンヌ様が命を落とされたとき、確かに妃殿下はわたくしとお茶会をしておりました。

 その間、妃殿下が席をお立ちになったことはございません。ですが、それがなんだというのでしょう。妃殿下はすでに悪魔と交わった魔女でございます。人智の及ばぬ手段でマリアンヌ様を殺害することなど、妃殿下にとってはたやすいことでございましょう――――毒を用いれば、その場にいなくても人を殺すことは可能でございます。


 ああ、ああ、おそろしいロジーヌ妃殿下。神に背き、王を欺き、人の道を外れてしまったお可哀想なお方。殿下の愛を拒み、悪魔との情事にふけった愚かなお方。それがわたくしの主人でございます。

 あの方に仕えたわたくしも、きっととても愚かな女なのでございましょう。ですがわたくしは、いつまでもこの重き十字架を背負えるほど厚顔ではないのです。

 わたくしは妃殿下の犯したすべての罪を告白いたしましょう。わたくしが見て見ぬふりをし続けた、あのお方の過ちを。それこそが、わたくしが傍観を続けたあまりに失われた命に対する贖罪でございます。


 すべての始まりは、妃殿下と殿下が出逢ってしまわれたことでしょうか。

 あのころはわたくしもまだ幼い、十の子供でございました。殿下と同い年だったわたくしも、一度は殿下の婚約者候補に名前を挙げていただいたものでございます。結局、殿下の婚約者にはロジーヌ妃殿下が選ばれたのですが、それがレーアン侯爵の働きかけであることは申し上げるまでもございません。

 そうやって王子殿下の婚約者になられた妃殿下ですが、妃殿下は殿下を手ひどく拒みました。無知な子供だからこそ許されるような……いえ、愚かな子供といえど許されざるような暴言を殿下に吐き、殿下の差し伸べた手を払いのけました。

 そして、妃殿下はまるで殿下へのあてつけのように、見目のいい少年達を「友達」として侍らせるようになりました。……妃殿下と少年達のじゃれあいが、ただの子供の戯れで済めばよかったのですが。


 当然、殿下は妃殿下を厭うようになりました。当時すでにお二人は許嫁でありながら、ひどく冷え切った仲だったのでございます。殿下はこの国に長らく滞在しておりましたが、許嫁の存在が理由でないことは明白でした。定期的な長期滞在の理由はわたくしにもわかりませんが……。

 

 それでも何事もなかったかのように殿下と妃殿下はご成婚なされました。それが今から二年前のことでございます。

 ですがその年月も、殿下と妃殿下の間にある溝を埋めることは叶いませんでした。

 妃殿下は美しい寵臣達を侍らせるだけでは飽き足らず、ご自分の寝所にまで招くようになりました。日ごとに違う者が現れるのは当たり前でございます。時には複数現れることもあり、わたくしも思わず我が目を疑ってしまいました。

 殿下もそんな妃殿下には関心を寄せず、ずっとお一人で過ごされていました。一度も使われない主寝室を素通りし、ご自身の寝所にまっすぐ向かうお背中のなんとおいたわしいことか。


 ですが、そんな妃殿下もただ一つだけ殿下を愛している点がありました。そう、殿下のご身分でございます。

 妃殿下は、まだ殿下の婚約者でいらした時分から、将来の王子妃という自分の身分を守るために様々なことをしておりました。いいえ、自分を磨いていたのではございません。自分の敵になりそうな少女達を、苛め抜いていたのでございます。


 ……ええ、わたくしもその中の一人でございました。妃殿下にとっては取るに足らない些細なこと、もう覚えてなどいらっしゃらないでしょう。わたくしも幼い日の戯れとして水に流しておりますので、お仕えするのに不自由はございません。


 ……殿下への愛ではなく、王子妃という身分のために嫉妬に狂う。それがどれほど醜いことか、おわかりになりますでしょうか。

 妃殿下は、愛する人のためではなく、己の欲望のために他人を蹴落とし続けてきたのでございます。そんな心根の醜い方を、どうして好きになる人が現れるでしょうか。妃殿下が侍らせていた寵臣達も、内心では妃殿下に辟易していたに決まっております。


 そんな妃殿下ですが、みごと王子妃の身分を手に入れてから一年後に予想もしていなかった敵が現れました。そう、マリアンヌ様でございます。

 素性の知れぬ、どこの馬の骨ともわからない娘。魅了の術でも使ったのか、マリアンヌ様はたちどころに宮廷を掌握しました。ほとんどの者はそのお姿を見たことがないでしょう。それでもあの方は、名前だけで宮廷人を虜にしたのでございます。

 殿下に否定的だった貴族達に手のひらを返させ、殿下のお立場を盤石にさせたあの方に、殿下はたちどころにお心を許しました。何故あの方だったのか。何故あの方にそんなことができたのか。それはわたくしにはわかりかねることでございます。重要なのは、殿下がマリアンヌ様を寵愛したという一点に尽きるのですから、今それを論じる必要もないでしょう。


 ……マリアンヌ様が寵姫に任じられた時から、ロジーヌ妃殿下の淪落ははじまりました。マリアンヌ様を蹴落とすため、妃殿下はいっそう狂ってしまわれました。

 己の立場を危うくさせるマリアンヌ様。マリアンヌ様が元老院を動かしたということは、その影響力はカルティエ家をしのぐということに他なりません。伝え聞く美貌とそのお名前から聖女の生まれ変わりと目されるあの方は、宮廷はおろか市井からの人気も高いとうかがっております。そのような方が相手では、いつ王子妃の地位を奪われるか、妃殿下も気が気でなかったのでしょう。


 広まるのはお名前ばかりで実体のない、虚像のようなマリアンヌ様。殿下に与えられた離宮から出ることもないマリアンヌ様は、よく言えば控えめ、悪く言えば怠惰な方でございます。いやしくも王子妃ともあろうお方が、公の場にお姿を現すことすらなさらないようなマリアンヌ様に劣るなど、まことにおいたわしいことではございますが……。


 今まで気にも留めていなかった殿下のお心を動かすため、妃殿下は様々な手練手管で殿下を篭絡しようといたしました。

 ですが殿下はその程度で妃殿下に気を許すほど、妃殿下に情があるわけではないご様子でした。もはやお二人の仲は修復できないところまでいっていたのです。もちろん、マリアンヌ様という存在がそれほど大きかったのかもしれませんが。


 業を煮やした妃殿下が媚薬を用いたこともございました。けれど、そんな試みが功を奏したという話は存じ上げません。媚薬というのは判断力を蕩けさせて人の気を高ぶらせるもの。特定の相手を慕うように仕向けるものではございません。

 仮に妃殿下が媚薬を盛っても、殿下はプティ・サフィール宮殿に向かうだけでしょうね。持て余した熱などマリアンヌ様で慰めればいいだけなのです。妃殿下がご自分の矜持を傷つけてまで手を出した媚薬も、殿下にとってはマリアンヌ様との刺激にしかならないでしょう。


 その後すぐに妃殿下のご懐妊が明らかになったこともあり、妃殿下は殿下を虜にすることを諦めました。もともと好きでもない男なのですから、その機嫌を取ることも馬鹿らしくなったのでしょう。

 そしてその代わりに、妃殿下は怪しげなものに手を出しました。もちろんマリアンヌ様を害するためでございます。殿下が思い通りにならないのなら、脅威のほうを取り除いてしまえばいい……妃殿下らしいお考えでございます。


 先ほども申しました通り、妃殿下によるマリアンヌ様を害する恐ろしい計画はことごとく失敗いたしました。

 ほどなくしてマリアンヌ様のご懐妊の噂が流れてきたころには、もう妃殿下は冷静な判断力を失っているご様子でした。なんとかマリアンヌ様を堕胎させようと黒魔術に縋り、黒ミサにも何度も出席なさっておいででした。そしてついにあの日、前日の晩に手に入れた堕胎剤をマリアンヌ様に飲ませることに成功したのです。


 あの日のお茶会は、急に催されたものでした。本来は予定になかったものなのです。恐らくあれは現場不在証明として自分への疑いを晴らすために催したものか……あるいは、邪魔な女狐を殺せたことに対する祝杯だったのでしょう。


 わたくしはロジーヌ妃殿下が罪を重ねていくさまを間近で目撃しておりました。我が身可愛さに、妃殿下をお止めすることができませんでした。

 ですが、もうそれも終わりにいたしましょう。いかなる者であっても、犯した罪は償わなければなりません。


 わたくしは告発をいたします。ロジーヌ妃殿下……いいえ。ロジーヌ・カルティエこそがマリアンヌ姫を殺した大罪人なのだと。

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